北の国クローク
空気の澄んだ北の大地。
シラカンバの森に囲まれた美しい国を、幼い頃からハリーは大好きだった。
海にも面していたが、冬場は漁に出られない。特に目立つ産業もなく、短い夏と長い冬。
収穫物が少なく国民に十分な食料は行き渡らなかった。
それでも皆逞しく生き抜いてきた。
どうにかしたいと父王に相談するが、昔からのこと、仕方ないと動かない。
その年、大きな山火事があり鎮火したものの被害は甚大だった。
周辺国はもちろん、レイのフェリシティ国からも救援物資は届いた。
ありがたいが、物資の代わりにクローク軍を貸し出せなどという国があった。軍を貸し出せばその隙にクロークが落とされる。
そんなことは容認できるわけがない。
なら、先に攻め込むまでだ。
父王に無断で兵を動かした。
最初に狙いを定めたのは、弱体化されたハロルドの国。勝利すれば誰もクロークへ無理に攻め込まないだろう。
あと少しで攻め落とせるときに欲をかいて、フェリシティとの国境まで攻め込んだのだが、ウィステリア騎士団によって痛手を負うことになる。
あれを味方に引き入れたい。
ウィステリアの領主は一騎当千と名高い白銀の一閃。存在だけでも抑止力になる。他国を攻め込むにも有利だ。
ハロルドから白銀の一閃に溺愛する幼子がいると聞いて利用することにした。
弟の婚約者にして連れてきてしまえば、白銀の一閃も手が出せないだろう。
たとえ来ても自分なら返り討ちにできると信じて疑わなかった。
「強かったな……」
フェリシティ城の地下牢で一人痛みに呻きながらハリーはつぶやく。
「気分はどう?」
レイがエリオット、ヴィンを引き連れてやった来た。
「良いわけないでしょ。早く終わらせたい。国王の前に引きずり出したりはしないわけ?」
「君に逃げ出す機会は与えないよ」
「本当に君は用心深いね」
「挨拶はこれくらいにしよう。君の手の者は大方捕縛したから助けはこないだろうね」
「死刑にでもなんでもしなよ」
「口が減らないね。兄上がクローク国を調べ上げたけど、君の目的を君の口から直接聞きたい」
「俺はただ国民を飢え死にさせたくないだけだよ」
「だからって他国から奪おうって、安易すぎないか?」
「富める国にはわからないさ。資源もなく貧しい国には取引してくれる国がない」
「資源がない? 母上はクロークの保温性に優れた布地もその服も、機能美があると褒めていた」
「そんなものだけで腹は満たされない」
「兄上が軽く調べただけで、もったいないと悔しがっていた。シラカンバの樹液は相当役立つそうだね」
「民間療法だろ」
「先人の知恵を馬鹿にするけど、馬鹿は君だと思うよ。それに長い冬に備えて保存食の技術もあるだろう?」
「魚の瓶詰ならとっくに交渉しにまわったが、相手にされなかったさ」
「あの塩辛くて生臭いやつね。料理長が手を加えていたよ。あれもっと工夫できない? 売り込みたい国の好む味くらいは調べたの?」
「……」
「それに塩だって採れるでしょ」
「量が採れない」
「少ないからこそ稀少価値を付ける。商売の基本だよ。君は兵を動かす前に、知恵と工夫、足を使うべきだった」
ハリーは押し黙る。
「君は国へ帰って、改めて我が国に交渉にくるといい」
「放つの? 俺じゃ君の相手にならないって事かな。また狙うかもよ」
「二度目はない」
レイが鉄格子の隙間からナイフを投げ入れると、ハリーの頭上をかすっていった。
ハリーの背筋に冷たいものが走る。
殺さず自分を生け捕るために、白銀の一閃が本気ではなかったと理解した。
「君、こんな説教を説く割にその髪は何?」
ハリーは負けを認めると、なんだかおかしくなって軽口を聞いてきた。
「これ? 小さな淑女二人の練習台になってね。かわいいでしょう」
レイの髪は両サイドをみつ編みにされ、それぞれ水色とピンクのリボンで結ばれていた。
エリオットもヴィンもこれで地下牢に行くのかと止めたがレイは気にしない。
「おかしな男だね」
「男ならとか余計なこと考えるなよ。なんでも決めつけずに物事は柔軟にね」
「次は友人として会えたら嬉しいな」
「君次第だね」
「今度はちゃんと準備してくるよ」
鉄格子越しにハリーが握手を求めて来た。
レイはその手を払う。
「君に一言。アナベルはどこにも嫁には出さない!!」
やっぱりすごく怒ってる。絶対言うと思った。エリオットもヴィンも苦笑いしか出なかった。
「あれだけ怒っていたのに、なぜ急に返す気になったんだ?」
「なぜだろうね。話してみて面白そうな奴だとは思ったけど」
地下牢から戻り、私室でレイとヴィンは愛剣の手入れをしていた。
やり方にはもちろん怒っている。
だがクロークが貧しく、大火事でさらに窮地に陥り、なんとかしたいと焦った気持ちは分からなくもない。
同じ立場なら……。
ハリーは祖国を心から愛している。
やはりどこか自分と似ているのかも知れない。
「クロークは魅力的だと兄様たちが言っていたし、貸しを作っておくさ」
「抜け目ないな。ちょっと外で剣振ってくる」
「待って。僕も行く」
あいつは、本当に強かった。
ハリーともう一度剣を交えてみたい。
そんな淡い期待も一緒に、レイは磨かれた剣を鞘に納めた。




