火種
レイは父王に大至急だと王宮に呼び出された。今回双子は留守番をさせている。
「困った事になった。アナベルと婚約させたいと申し出がきた」
「馬鹿な! アナはまだ5歳にもなっていないというのに!」
レイは怒り心頭だ。相手は最近勢いの増した北方のクローク国の第2王子8歳。年齢的には離れてはいないが、国交のない国からなぜ急にアナベルに話がきたのか。
「たぶんアナベルを人質に、白銀の一閃を味方につけたいんだろう」
兄アルバートが珍しく怒っている。
「白銀の一閃がいれば、他の国を攻め込むのがたやすいと考えているんだと思う」
次兄レオンも眉間にしわを寄せている。
「ふざけるな! 和平のためでなくアナを利用して戦争をしかけるって狂ってる」
「クローク国は第1王子が先導して、あちらこちらに火種を撒いている。隣国ももうすぐ落ちるだろう」
「父上断ってください。アナをクロークになんて絶対行かせませんよ」
「もうすでに何度も断っているが、一度だけ会わせてくれとこちらにもう向かっている。3日後だ」
「3日後? 急ぎ戻ります」
レイは挨拶もそこそこに王宮を後にした。
「今日はエリオット叔父様がお泊りなのね」
「そうだよ。お父様がお出かけでも寂しくないようにね」
「嬉しいな。また馬のお話きかせて。ヴィンセント様」
「ヴィンでいいんですよ」
「名前は正しくお呼びしませんとね」
ソフィアに言われてヴィンは背筋を伸ばす。
王の急な呼び出しを不審に思い、レイは今回護衛3人だけをつれ王都へ向かった。
屋敷周りの警備を増やし、エリオットとヴィンが双子の部屋の前で見張る。深夜ガチャンとガラスの割れる音がした。
「あれ? 連れて行かなかったんだ。ずいぶんと用心深い王子だね。そういうの嫌いじゃないけど」
一目で高貴な者とわかる若い男が窓の側に立っていた。双子のメイドは世話だけでなく腕も立つものばかり。双子を背に隠しナイフを男に向けている。
「クローク国の第1王子ハリー様がなぜここに? レイモンド様は出かけていますよ」
エリオットが今にも射殺さんばかりにハリーを睨みつける。
「君が王子の懐刀にして弓の名手エリオット・オルレアンか。先ぶれもなく失礼しているよ」
メイドが双子を抱え部屋から連れ出す。
「この間の国境では派手に暴れまわっていたね。バーデット辺境伯」
ヴィンが剣を抜いて身構える。
「優秀な子たちだったのに酷いことしたよね。代わりに君が僕につく?」
「馬鹿を言うな。狙いは双子か」
「半分あたり。お姫様が欲しいのさ」
「渡さない」
ヴィンが飛び出す。エリオットは扉の前で奥へ行かせないよう剣を構える。ヴィンの一撃はハリーが後ろに飛び退り、躱す。
「君たち2人同時に相手は分が悪いな。今日は大人しく下がってあげる。王子によろしく言っておいて」
投げつけられた袋が破け刺激臭がした。目がしみて一瞬目を瞑ってしまい、目を開けた時にはハリーの姿は消えていた。
王都から馬を何度も乗り継ぎ、休みもせず、夜通し駆けてレイは朝方に領に戻った。土埃のついた服を着替えもせず、汗をぬぐいながらエリオット達の報告を聞く。
「双子が無事でよかった。君たちを置いて行って正解だったな」
「レイ様の勘は当たるからな。警戒していてよかったよ」
「さてどう料理するかな。煮ても焼いても腹の虫がおさまらない気がするけど」
レイはアナベルを王都に連れていくことにした。第2王子が来ようが待たせればいい。会わずに向こうが帰ろうがこちらは構わない。むしろ帰れ。
貴族用の大型馬車を先に出し、次に小型の足の速い馬車、さらにメイドたちが乗る馬車。大型馬車は無人。移動の速い小型馬車にレイに化けたリアンが乗り込む。腕には大事そうに布でおおわれたものを抱えて。
王都に入れば近衛も騎士団もいて安全性は格段に上がるが、移動中は狙われやすい。
レイは自分の馬にアナベルを乗せて駆け抜けようとしたが、アナが異様な雰囲気に怖がって乗ってくれなかった。
王都までの街道が整備され以前より快適に早く移動ができるようになった。見通しがよく護衛しやすいが、敵にも見つけやすくなっている。
前のほうで馬がいななく。想定通り待ち伏せされていた。
「お父様がここを開けるまで、声を出しても、泣いてもいけないよ」
レイが椅子の下に声をかける。
「はい、お父様」
それから椅子の下から物音はしなくなった。レイは同乗するメイドたちへ目配せする。
外から剣戟の音がする。レイは馬車の扉を開けず音だけを拾っていた。扉の近くに気配を感じレイが剣を抜く。
「ここだ!!」
突然扉が開かれた。
「銀のすみれ姫にお目にかかれるとは。あの変態王子が見たら垂涎ものだね。自慢してやろう」
こいつハロルドともつながってるのか。車中にはメイドに扮したレイがいた。
「姫は座席の下かな。甘い匂いがする」
ソフィアが持たせた菓子の匂い。鼻まで利くのか。レイが舌打ちする。
「1台目は普通に目くらまし、2台目は他の者なら騙せたかもね。遅れてやってきた4台目も違う、君と思考が似ているのかな、3台目ってわかったよ」
「似ているとか少しも嬉しくないね」
服の腰ひもを引くと簡単にメイド服が取り払われ、騎士服を身に付けたレイが思い切りハリーの腹を蹴とばす。
「痛いな。表に出なよ」
レイが馬車からおりてハリーの前に立つ。その顔はひどく美しく、冷酷な笑みを浮かべていた。
「初めましての挨拶にしては荒々しいね。アナベルの求婚相手は第2王子ではなかったかな」
「あれは私と違いとても良い子でね。言いつけどおり王都へ向かっているよ」
「先に貴殿が来たわけは?」
「だって君、娘を渡さないでしょう。なら迎えに来た方が早いかなって」
ハリーが先に剣を振り下ろしてきた。レイが剣を受けるが、体格のよいハリーの剣は重く、力だけでは押し戻せない。
ヒュンと風を切る音がした。
「危ないな。あの距離から狙うの? すごいね」
エリオットの矢はギリギリ躱された。
「よそ見するなよ」
レイが鋭い一閃を放つが躱される。
「これは確かに惚れるね」
2人はこれでもかと剣を交えるが、どちらも倒れない。あまりの速さにヴィンも手出しができない。
女の子の悲鳴がしたが、レイは剣を振るい続ける。
「へえ、騙されないか」
「娘の声ならわかるよ」
「実娘じゃなきゃ助けないのかな」
「アイラちゃん!!」
今度はアナの声だ。メイドによって外へ出されたアナにはリアンがついている。
「貴様、許さない!!」
また剣を交えるが拮抗し、徐々にレイが応戦一方になっていく。
「もうスタミナ切れ? もらった!!」
ハリーが両腕で剣を大きく振り上げたその時、左の袖に隠し持っていたレイの短剣がハリーの横腹に突き刺さる。
「…これはやられたね…」
横腹を押さえたハリーが前に倒れこむ。
「致命傷じゃない。王都でじっくり話を聞かせてもらうよ」
アイラはトーマスたちによって助け出されていた。アナベルはアイラを抱きしめ、怖い思いをさせてごめんねと泣いていた。
「大丈夫か!!」
エリオットとヴィンが駆け寄りレイに怪我がないか確かめている。
「こんな強いやつ初めて。危なかった」
大粒の汗を流しながらレイは肩で息をし、鞘に収めた剣を地面につきたて、どうにか立っていた。