ヴィンの家出
王都から戻り、ヴィンは雑貨屋と領主館を行き来していた。
「ヴィン、オムレツ作って」
朝からレイがねだる。
「まだまだ見切れてないね」
鍛錬だといってレイがいきなり斬りつけてくる。
「アリアンに何かあったら容赦しないよ」
厩舎でアリアンの具合を見ながら真顔のレイが脅す。
そして……。
「あーんして」
グレースの言いつけどおり、ソフィアの菓子店にお忍びでやってきたレイが、ケーキをヴィンの口元に差し出してくる。
やけになったヴィンは大人しく口を開けた。嫌だといえばまた何かしてくるのは経験済。
雑貨屋の掃除をしていた時。
「そろそろ教会の子ども達も計算できるようになってきたし、店番をさせて、薬草士の勉強をしたい子は一緒に住まわせてもいいな」
レイがもう決まったことのように言う。
ヴィンはカチンときた。教会の子ども達が嫌だとかそんなことではない。
俺以外の誰かが一緒に住む?
別にレイとは主従の関係なわけだし、主の意向なら従うまでだ。
でもだ。
先に一言くらいあってもいいだろ。
レイは大抵のことは自分でしているが、ヴィンが手伝うことも多い。下働きを置くのも嫌がって、自分に頼って甘えてくるくせに。
子どもたちは今までどおり、通ってくればいい。
双子たちならもちろん否は言わない。一緒に住めなくなって残念にも思う。
今更他人をいれるなんて、考えてもいなかった。
あれ、他人は嫌って。
じゃぁ、俺はなんなんだよ。
週末をソフィアの屋敷で双子と過ごしたレイが雑貨屋に戻るとヴィンがいない。
「ヴィンさんなら騎士団に行くって朝でかけたよ」
最近店番を頼んでいる子どもが教えてくれた。
「店番頑張ってね。何かあれば呼んで」
レイは薬を作りに奥へ入っていった。
その夜も、次の日もヴィンは戻ってこなかった。
「ヴィンセント様、今日も手合わせお願いします!」
若い騎士たちが目を輝かせヴィンの前に並ぶ。
なんとなく雑貨屋を飛び出したヴィンは、騎士団に寝泊まりしていた。
大所帯になった騎士団はリアンが団長になり統率しているが、若い騎士の面倒まで手がまわらなかった。
たまにヴィンが稽古をつけに来ていたが、連日相手をしてくれるので、若い騎士以外も手合わせを願おうと練習場に顔を見せていた。
ベテラン騎士カーターがやってきた。
「レイモンド様の側を離れて、今度はリアン団長付にでもなりましたか」
大柄な、いかにも強者ですといった感じのカーターが挑発するが、ヴィンは無視する。
「席が空くなら、志願したいものですね」
「選ぶのはレイモンド様だよ」
ヴィンは一言だけで、若い騎士たちの元へ向かった。その背をカーターがじっと見ていた。
数日が過ぎてもヴィンはまだ雑貨屋に戻れないでいた。
帰りづらい。
帰る?
ヴィンは自分の立ち位置がわからなくなっていた。
領主館にいたレイの元にリアンが報告に訪れた。ハロルドの国が弱体化し、そこを狙った周辺国の兵がどさくさに紛れ、国境を越えて来た。火の粉がこちらにまで飛んできたのだ。
「直ちに追い払ってきてくれるかな」
レイによって騎士団派遣が言い渡される。
リアンは「いい加減に帰れよ」と言いながらヴィンも国境への編成に加えた。
久しぶりの遠征にヴィンは気が紛れたのか、本来の力を発揮していた。
勘を働かせ敵を見つけだし、剣をふるった。
さすがヴィンセント様と羨望の目で見られ、身の回りのことからオニキスの世話まで、若い騎士たちが率先してやってくれる。
オニキスの世話は自分でしたかったが、戦場では休めるときは休むことも仕事のうち。
騎士見習いの仕事をとっても仕方ないと任せることにした。寝る前に一度様子を見に行けばいい。
国境線ギリギリのところで、多勢の敵と交戦したその帰路でのこと。
残兵を見つけた。
「追うぞ。何人かついて来い」
ヴィンの掛け声にカーターも続いた。
「偵察隊の残りか」
ヴィンが剣を抜くと、横からカーターが割り込んできた。
避けようとしたヴィンが、オニキスから落ちそうになるのをこらえる。
「手柄の独り占めはさせませんよ」
カーターが剣を抜くが、なかなか決着がつかない。ヴィンがカーターを避け、敵を屠る。
オニキスから降りたヴィンはカーターの横っ面を殴りつけた。
「ふざけんな。周りをみろ」
カーターは詫びもせず去っていった。
カーターの父は王宮近衛騎士団員で自分も入りたかったが、試験に落ち、ウィステリアにやってきた。
第三王子の目にとまるために。
辺境伯だろうが田舎騎士より、自分のほうが上だとヴィンを邪魔に思っていた。
領に戻ることになった団員たちの中に油断が生じ、誰かがやるだろうと確認がもれた。
オニキスの鞍に傷がつけられたことに誰も気づかない。
もうすぐ領に入る手前で、ヴィンにカーターが話しかけてきた。
「このまま騎士団にいてはいかがですか」
「何度も言わせるな。レイモンド様がお決めになることだ」
「戻れなくすればいいのか」
カーターが急にオニキスの前に出る。
驚いたオニキスが立ち上がり、ヴィンは落馬した。
耐えようとしたが、鞍が切れては踏ん張れなかった。
誰かが大声で叫んでいる。
『オニキスに怪我はないか……』
ヴィンは気を失った。
誰かの背にゆられる夢を見た。
目の前に白銀の髪が見えた気がする。
いい匂いまでしてきた。
レイが好む精油の匂い。
ヴィンが目を覚ますと雑貨屋の自分の部屋にいた。
左側が温かい。
そこに頭をのせて寝ているレイがいた。
「おい」
「うん? 目が覚めた?」
「どうしてここに」
「お帰りヴィン。無断外泊はいけませんね。次はないよ」
「痛っ」
ヴィンが左腕を押さえる。
「オニキスが避けてくれたようだけど、かすったね」
「お前のその青あざは?」
「君、すごく重いんだもの。運ぶ途中によろけて壁にぶつけた」
ほら、とあざになったおでこを見せるレイ。
「スープと特製オムレツはいかがかな?」
レイは笑いながら食事を取りに行った。
騎士団本部で帰りを待っていたレイの元に、ヴィンが怪我をしたと報告があった。
すぐさま門に向かうと、丁度荷車に寝かされたヴィンが引かれて来た。
「何があった」
レイはリアンより報告を受けるとすぐに雑貨屋へ運ぶよう命じた。
ヴィンを店の中へ運ぼうとした騎士たちを断り、レイ自ら背負ってベッドまで運んだ。
重い。
レイは何度も転びそうになりながら、どうにか運び入れた。
「さて、勘違いを正しに行かないとね」
起き上がれるようになったヴィンを伴い、騎士団にレイが訪れた。
「先の遠征ご苦労さま。皆の働きで戦争にならずにすみそうだ」
騎士団全員に労いの言葉をかけた。
「今回の褒美として、私との手合わせもつけるよ」
わっと騎士から歓声が上がる。願っても叶わなかった白銀の一閃との手合わせは、騎士にとって何よりの褒美だ。
「まとめて来てもいいよ」
剣を抜いたレイが、立ち並ぶ騎士へ切っ先を突き付ける。
何人が囲もうとレイに剣が届かない。
受ける剣はあまりに速く避けるだけで精一杯だ。
「ヴィンなら必ず受けてくれるのに」
笑いながらレイの剣がヒュンヒュンとうなる。
「君は僕の直属になりたいんだって? 遠慮はいらないよ」
カーターの番になった。
「私の全力をお見せします!」
カーターが剣を何度ふるっても、レイにたやすく避けられ、次にものすごい速さで剣が迫ってくる。徐々に目で追うのもできなくなる。
「参りました」カーターは膝をついた。
「勘違いしているようだから教えてあげる。剣が強い者ならヴィンの他にもいるし、君も鍛錬を積めばまだまだ強くはなれる。でも私がヴィンを選んだ。ヴィンも私を選んだ。それだけだよ」
なぜ、どうしてレイが自分などを選んだのかわからない。
前にエリオットが言っていた。
『王子なんて心許せるものがどれだけいると思う? あれほどひとり暮らしにこだわったレイが、同居人を置くなんて言うから耳を疑ったよ。あれでも警戒心が強い男だから、よほど君を気にいったんだろうね』
俺がいるから、子どもたちを住まわることにしたんじゃないか?
勝手に自惚れてもいいだろうか。
「俺も混ぜろ」
レイとヴィンを相手に騎士たちは何度も挑んだ。
「何の話? ここは僕と双子、ヴィンの家だよ」
呆れ顔のレイが笑う。
雑貨屋増築に伴い、裏庭の薬草畑がご近所に移された。そこに小さな家を建て、薬草士志望の子どもたちに薬草の世話と、薬草学の勉強をさせようということらしかった。
「ヴィンにいつまでも、水やりと雑草抜きさせられないでしょ」
まさか自分のためでもあったとは。
早合点にヴィンはうなだれる。
結果としては悪くなかったが、騎士団から帰ったあと腕が痛い、足が痛いとレイに文句をいわれ、全身マッサージをせがまれた。
さらに温泉村に行きたいと駄々をこねられ、仕方なく湯をはった木桶に薬草を入れて足湯をさせた。
週末あたりに、双子も連れて温泉村へ行けるようエリオットに頼みこもう。
だが、温泉に行くことはできなかった。




