兄と弟
王宮の一画に国王一家のプライベートエリアがある。
その数ある部屋の中に、現国王一家の肖像画を集めた部屋があり、王太子夫妻の肖像画が新しく加わった。
レイとオリビアの肖像画もある。
ここにあるのはテイアラをつけたオリビア。
「エリーとこうして結婚できてよかった。式の間も頼りっぱなしだったけど、私ももうすぐ父親だ。レイを見習って頑張るよ」
「そうですね。でも私はアル様が本当に頼りがいのある方だと存じていますよ」
「そんなこと言うのは、弟たちと君だけだよ」
身体が弱く、いつも部屋で寝かされていた。ひどい人見知りで、母や乳母の陰に隠れ口を閉ざしていた。
母たちの後ろから聞いた人の声音や表情から、『この人は大丈夫、この人はお世辞ばかりだ』と観察しているうちに、人の機微に聡くなっていった。
ふたつ下の弟レオンは心配性の父母があまり外に出さず、本ばかり読んでいた。
人見知りではないが読書が最優先。幼いながら知識欲がすごく教育係も舌を巻くほどだった。あまりレオンと一緒に過ごした記憶はない。
いつつ下のレイモンドが産まれた時、こんな小さな赤ん坊が自分よりも大声で泣いていることに驚いた。でもすごくかわいい。妹ができたと言われても信じただろう。
レオンも可愛かったが、おとなしい子だなと思った。
レイモンドはとにかく活発だった。
上二人が大人しすぎるので、一人くらい元気があっていいだろうと、両親は自由にさせていたせいもある。
廊下を走り回り、どこでも登るし飛び降りる。メイドでは追いつけず、体力自慢の騎士たちが目を光らせていた。
外へ行けば何かしら拾ってくる。そしてそれを見せに来るのだ。
「アル兄さま。見て見て、縞模様の石だよ」
「レオ兄さま。これは何?」
虫だけは絶対に部屋に入れさせなかった。
兄さまにどうしても見せたいと泣いてもダメ。
来客があれば大人しくしてるし、勉強だってきちんとこなしているから、ただ体を動かすのが好きなのだろう。
叱られてはアルバートの部屋に逃げ込む。夜一人が嫌だとベッドに潜り込む。
自分より少し高い体温が気持ちよく、アルバートは朝までぐっすり眠った。
いつの間にかレオンもレイに巻き込まれて、訪れるようになる。
そうして三人はいつもアルバートの部屋にいた。
ボードゲームで遊んだり、本を読んだり、誰に気遣うこともなく過ごせる。
三人が一緒に寝ていて、朝起こしに来たメイドに驚かれるが、それも日常になっていく。
「レイはお日様の匂いがするね」
クンクンとアルバートはレイの頭を嗅ぐ。
「兄様からは、いい匂いがする」
たぶん汗をぬぐった時のハーブ水の匂いだろう。
「あとでたくさん葉っぱ摘んでくるね」
本当に兄思いの優しい弟だ。
レイはアルバートのことをよく見ていて、薬にも何がはいっているか、しきりに聞いてくる。いつの間にか薬草学の本を好んで読んでいた。
あれはアルバートが十歳の時、婚約者候補を集めたお茶会のときだった。
おしゃべりで、ゴタゴタ飾り立てた令嬢達がなんだか怖くてうまく言葉が出ない。
一緒にいたレオンに耳打ちして、代弁をしてもらっていた。
「外国語はいくつ習得しているの? 私は口下手だから賓客の相手ができる方がいい」
ひとつふたつではだめらしい。
「私と一緒に政務や外交に関わってくれる方がいいのだけど」
これから行われる途方もない王妃教育以上のものを要求された。
未来の王妃になりたいだけではだめ。
「なら私になさいませ」
あまり使われない遠方の言葉で、アルバートに話しかけてきた令嬢がいた。
「私は父のもとで領地経営も学び始めておりますし、外国語は五つ学び終えました。人前に出るのは苦じゃありませんから、殿下のお役に立てると思いますわ」
清楚なドレス、知性を感じさせる瞳。
何より笑顔がとても可愛らしい。
「あなたは?」
アルバートが口を開く。生まれて初めて女の子に話しかけた。
「アスキン伯爵の令嬢でエリザベスよ。同じ年でとても優秀なの」
エリザベスは少し下がり、深くお辞儀をする。
母がレイを連れてやってきたのだ。
「アルバートもどんなご令嬢なら伴侶にふさわしいか、きちんと考えていてくれて嬉しいわ」
「母上、見ていたなら助けてください」
「ダメよ。自身で見つけなさい。一生のことよ」
候補は選ぶが最終決断は自分でしなさいということ。
だがこの令嬢が母の一押しなのだろう。
「えっと求婚には何が必要かな」
このご令嬢を逃したらだめだ。自分でもわからないが、どうしても譲れないものがあると知った。
王妃候補への興味はさほどないが、エリザベスにとって寡黙だが浮ついたところのない、思慮深そうな王太子は、他の貴族子息より断然好ましい。勇気を振り絞って声をかけて良かった。
「きゅうこん? エリザベス様はチューリップなの?」
幼いレイがきゅうこんを取り違えている。
それがおかしくて、アルバートもエリザベスも笑った。緊張のほぐれた二人は改めて自己紹介から始めた。
「そんなこともありましたね。レイ様があんまり可愛くていらっしゃるから、ライバル登場かと思いましたわ」
あの時もレイは母の作ったドレスのような服を着せられていた。
「それが今では二児の父親だよ。先を越されてしまったよね」
「後押しなさったのは兄殿下たちでしょう」
おかしそうにエリザベスが笑う。
暑さの厳しかった夏を涼しい母の実家で過ごした時のことだ。
久しぶりに会う従妹オリビアに、弟は恋に落ちたのだ。
傍からみていても微笑ましい二人に、兄としては少々やきもちを感じつつ、応援すると決めた。
ところが伯父はレイがいくら頼んでも婚約を認めてくれず、あろうことかレイに他家の令嬢と婚約させた。
その伯爵家は古い家柄で王宮内の評判は悪くもなく、宰相の口添えもあり話は勧められた。
国王も父としてはレイの希望をかなえたいが、病弱でしかも従妹と聞けばオリビアとの婚約は諦めさせざるを得ない。
アルバートとレオンは弟のために伯爵家を調べつくし、未納の税があったことを突き止め婚約を破棄させた。管財人の計算違いではあったのだが、未納は未納。
レイは伯父に認められるため、それまで以上に腕を磨き、戦では最前線に立った。王族として騎士をまとめ上げ、勝利を収めてくる。
英雄と語られるが、兄たちは知っている。
見た目には怪我のひとつもせず堂々としているが、王宮に戻ればアルバートのベッドに沈むのだ。心は傷だらけ。人なんて斬りたくない。交渉が決裂すれば武力が行使される。
幼子にするように、頭まで毛布をかぶる弟を優しくなでる。
「行きたくもない戦場に一人で行かせてごめんね」
アルバートもレオンも可愛い弟を行かせたくはない。
「兄様たちだって剣をもたなくとも戦っているじゃない。たまたま僕が武力担当ってだけ。舌戦なら兄様たちに敵うものなどいないでしょ」
兄たちは弟のため、戦いに赴く全騎士のため、全ての民のために知恵を絞るのであった。
従兄のエリオットはアルバートの側近候補だったが弓の名手。
兄弟たちも信頼を寄せているエリオットにレイの側にいて欲しいと、アルバートが願い出た。
そしてレイの一途な思いが起こした奇跡なのか、戦いは終わりを迎え、和平が結ばれた。
帰還したレイはアルバートのベッドの上で、喜びに飛び上がらんばかりに兄たちに報告する。実際ベッドの上を飛び跳ねた。
「父上に願いを聞いてもらえたから、明日オルレアンに行ってくるよ」
「実はね。父上には内緒で準備を進めていたんだ」
レイが父王に願いをひとつ叶えて欲しいといった時からすでに兄たちは動き始めていた。
母王妃とオルレアン夫人に助力を乞い、離宮の改築も始めた。
すべて兄たちの私費から出したので父王にも文句は言わせない。
「兄様! 大好き!!」
レイは二人に飛びついた。
その夜は朝まで三人で式の段取りを話し合った。




