王太子の結婚式
休暇を楽しんでレイ達は領へ戻った。
双子の冒険談に、エリオットは次は自分も付いて行くと言い出した。
「護衛の数を倍にしましょう。いや、それぞれに小隊は最低必要ですね」
鈴は外していいと言われたが、双子は気に入って外へ出かける時はつけていた。
最近すっかり春めいたアランが、手紙を携えて来た。
「王宮からです」
「もうすぐアル兄様の結婚式。早めに王宮に戻れって」
すでに書類上は婚姻しているが、王太子の結婚式ともなるとそれなりの準備と時間がかかる上、エリザベスが懐妊したことで、ドレスの作り直しと安定期に入るのを待っていた。
レイは双子を連れて王都へ向かった。
「見て! お父様、人がたくさんいるよ」
「建物が高いね」
「あれは何?」
見るもの聞くもの、すべてに興味津々の双子たち。
「さあ、おじい様たちにご挨拶しよう」
王宮に着くとレイに手を引かれた双子が大広間へ通された。
「こくおうへいか。おめにかかれてうれしいです」
ルーカスが先に挨拶をのべた。
「こくおうへいか。おまねきありがとうございます」
アナベルがソフィア仕込みのお辞儀をする。
「おじい様と呼んでおくれ」
双子が駆け寄る。すごくかわいい。
「おばあ様、会いたかった」
「私も会いたかったわ。ルー、アナ」
国王は妻と孫を見てがっくりした。
だが、オルレアン侯爵が抱き上げようとした時、『お馬になってあげよう』と双子たちの気を引くことに成功。喜んで馬になった。
「アルバート兄様、エリザベス様。おめでとうございます」
「レイモンド、来てくれたんだね。嬉しいよ。双子たちもしばらく会わないうちに大きくなったね」
「とてもお行儀がいいのね」
エリザベスがお腹をなでながら、双子を隣に座らせた。
「ここに赤ちゃんがいるの?」
「ええ、産まれたら会いに来てくださいね」
「男の子かな? 女の子かな?」
「たくさん遊んであげるね」
結婚式は厳かに行われた。
お披露目のためバルコニーに姿を見せた王太子夫妻は、広場が埋まるほどの国民に祝福された。
「エリザベス様。すごくきれいだった」
胸の前で手をあわせたアナがうっとりとした表情を見せる。小さくても夢見る乙女だ。
淡いシャンパンゴールドの花嫁衣装は、エリザベスをいつも以上に輝かせていた。
「アル伯父様もかっこよかったね」
ルーが真似をすると、レイの顔が緩む。
いつもはエリザベスの後ろに隠れる兄も、今日は完璧なエスコートをして見せた。
さすが自慢の兄。やる時はやるのだ。
式が終わると双子はレイの私室で休んでいた。
「わたしもあんなすてきなドレス着たいな」
「アナにはまだ早いよ」
その時がきたら、きっとレイは嫁に出さないとごねそうだ。
「そろそろ祝宴が始まる。ルーもアナもこの部屋から出ないようにね」
「おやくそくします」
「おとうさま、いってらっしゃいませ」
「行ってきます」
レイは双子の頬にキスして会場へ向かった。
レイはいつもより装飾をおさえた衣装。今日の主役はなんといってもエリザベス。
シンプルな服がかえってレイの美貌を引き出してしまったが、これは仕方ない。
会場は花と多くの客に埋め尽くされていた。新郎新婦がフロアの中心で踊っている。
「本当にお似合いだね」
レオンとレイが兄アルバートとエリザベスを見つめながら、ワインをかたむけていた。
「レオン兄様はいつ頃式をあげるの?」
「来年の春を予定している。ブリジットもエリザベスの懐妊に自分も欲しくなったんだって」
「ブリジットにはものすごく感謝しているよ。双子の出産時も、流行り風邪の時も来てくれた。本当は王都にいるべきなのに」
医師とはいえ第二王子の婚約者が、未知の病のために出向くことなどありえない。大事な弟夫婦のためにレオンが周りを説き伏せたのだ。
「ブリジットが行かせなきゃ『婚約破棄する』なんて言い出したからね」
「レオン兄様もありがとう」
レオンはレイの背をポンポンと叩く。
「レイモンド様はこちらにいらしたのね」
友好国の王女が声をかけてきた。
ふわふわの美しい金髪に青い大きな目。とても可愛いらしい容姿をしている。
「アイリス姫、遠方からご参列ありがとうございます」
レイがアイリスの手をとり、指先に唇を寄せた。
「レイモンド様、ダンスのお相手をお願いできるかしら」
「喜んで」
さすがに友好国の姫を相手に、ダンスの順番があるとは言わない。
レオンの元にもブリジットがやってきてダンスの輪に入っていった。
「レイモンド様はとても踊りやすいわ」
「アイリス姫がお上手だからですよ」
二人のダンスは羽が生えたかのように軽やかで優美だった。
「こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
レイがウェイターの持つトレイから果実水をとり、アイリスに渡した。
「あら、私はもう子どもではないわ」
アイリスは十七歳。背伸びしたいお年頃だ。
「失礼いたしました。でもほら、私も同じものですよ」
先ほどワインを飲んでいたのをエリオットに見つかり睨まれた。次にワイングラスを持ったら即連れ出される。今夜は敬愛する兄の祝宴。二人が退出するまで残りたい。
「乾杯いたしましょう」
「明日、王都を案内いただけないかしら」
「午後お部屋までお迎えに伺いますね」
アイリスは満足したのか、笑みを浮かべレイから離れていった。
「おい、いいのかよ」
「友好国の姫です。まあ少しだけなら付き合いますよ」
ヴィンはまた面倒な事になったと心配そうだが、レイは仕事と割り切っている。
翌日、アイリスの滞在する客室を訪ねると、可愛らしいオレンジのデイドレスでレイを待っていた。
「姫、では参りましょう」
アイリスの手をとり馬車へ乗り込む。
美術館、工芸館を案内し、王都で一番人気のティーサロンへ入った。
「ここのおすすめは小さくカットされたケーキが三種類のったプレートだそうですよ」
ソフィアの菓子店でもこれは受けそうだと、レイはじっくりとメニューを見ていた。
「それでは同じものをお願いします」
プレートが運ばれるとアイリスは小さな口で上品に食べる。
「美味しい。レイモンド様がご一緒だと、ことさら美味しく感じます」
「それは良かった」
ルーとアナにはお土産にしようとレイは店員を呼びつけた。
「今だけは私以外の誰かのことは考えないでくださいませ」
「すみません。子ども達が留守番しているので、ついね」
「私、子どもは好きですよ。きっと良い母になれると思うのです」
「はっ?」
「ですから、レイモンド様の奥様になります」
レイはお茶を吹き出しそうになった。
「女性にそんなことを言わせるなんて、紳士失格ですね」
「レイモンド様は紳士です。明日もお付き合いくださいませ」
新手の困ったさんだった。
アイリスは連日レイに時間をとらせたが、双子の昼寝時間に合わせてほんの三時間ほど。
芝居は一幕だけで抜け出し、お茶をする。
双子に毎回お土産の菓子まで用意する気の遣いようだ。
「ただの甘いもの好きの、お子様じゃないのか」
ヴィンがとうとう切れた。
「どうしようね。あんな純真な目を向けられたら、僕がすごい悪い大人になった気がする」
レイも対応に困っていた。
その日も音楽会を途中で抜けて、今ではお気に入りのティーサロンに入った。
「父には何人もの側室がいて、私は四番目の側室の子。王妃様ふくめ、側室同志は姉妹のように仲が良いのですが、私には耐えられませんわ。一途に亡き奥様を大事にされているレイモンド様のお話を聞き、運命を感じたのです」
芸術祭以降、レイは熱烈な愛妻家として噂されていた。
友好国も平和ぼけというか、何人もの側室を抱えた上、王宮内に争いがないのは王妃が大変できた方なのだろう。
我が国に側室はいない。直系の王子三人も産めば十二分に王妃の役目は果たせている。
そこへ最近レイが友好国の王女と繁茂にデートしていると聞きつけたイザベルが突撃してきた。
「失礼を承知で王女様に申し上げます」
「突然何かしら」
レイは何が始まるかと面白そうに黙って見ていた。
「レイモンド様には恋人がいらっしゃるのです」
「まさか。嘘を言わないでくださいませ」
「いいえ、こちらにいるヴィンセント様こそ恋人なのです」
えっ!! 俺!?
後ろに控えていたヴィンが名指しされて驚く。
聞き間違えたか?
「本当ですよ。隠していてすみません」
レイがばれたかと悪びれずに肯定する。
イザベルの話に乗っかった。
「証拠がありませんわ」
「証拠なら……私の知っているヴィンの秘密を言いましょうか」
「お前、なっ、何を!!」
「ほらね。様付けじゃないし。いつもはレイって呼んでくれます」
イザベルが目を輝かす。
「雷が鳴るとびくっとして、一歩だけ私に寄ってきて、気づくと真横にいるんです。かわいいでしょう」
幼少期に悪さして外に出された時、近くに雷が落ちて以来、トラウマになっていた。
「食事は好きなものから先に食べるんです」
そりゃ三人兄弟にとって、食事は取るか取られるかの戦争だ。
「こっそり私の寝顔を見に来るし」
この間レイが熱出した一度だけだろう!
「他には……」
「やめてくれ」
ヴィンの気力がごっそり削られた。
「そしてここが一番弱い、ト・コ・ロ」
ふっーとレイがヴィンの耳もとに息を吹きかける。
「〇×△!!」
ヴィンの気力はゼロになった。
「破廉恥ですわ」
アイリスはもうレイの顔を見ない。
「お姫様も大人の階段上ります?」
妖しい笑みを浮かべたレイが、アイリスをじっと見つめる。
「私、急用を思い出したので帰りますわ」
「姫、送りましょうか?」
「いいえ、レイモンド様はお忙しいでしょうから結構です」
アイリスは振り向かず、何もなかったかのように侍女を引き連れ帰っていった。
あの様子ではあれこれと口外はしないだろう。
「あー、最高に面白かった」
レイは喜劇でも観た後のように満足げだ。
どこからか現れたセオとトーマスが、もう今日は使い物にならないヴィンを回収していく。
「イザベル。今回は君に助けられたね。結婚はできないけど友達にはなれそうだ」
「レイ様に褒められました」
イザベルは照れてモジモジしている。一言も褒めてはいない。
「ここにお座りよ。今までのお詫びと今日のお礼に、君の好きなものをご馳走させて」
「ではレイ様プレートをお願いします」
いつからメニュー名が変わったのか。それでも通じた。
「今度うちの領に遊びにおいでよ」
「ぜひ取材に伺いますわ」
その後、温泉街を舞台にした逃避行シリーズが書かれた。




