呼び込み大作戦
「子どもたち。来ましたよ」
「おおきいおばあちゃまだ」
「寂しかったよ」
「おじいちゃま、高い高いしてー」
急にレイが子どもらを引き取ることになり、祖母のソフィアとオルレアン侯爵が新しい街道を使い様子を見にやって来た。孫溺愛の義父に、オリビアとの婚姻を渋ったくせにとレイは内心呆れる。
「ヴィンセントのおかげで腰が痛くなる前に到着できたわ」
「それはようございました」
ソフィアの前でだけは行儀のよいヴィン。
「レイモンド様にしては、ずいぶんと手加減されたようですな」
エリオットに芸術祭での一件を聞いたのだろう。画家を生かしたままにしたのがお気に召さないらしい。
「あれは死んだも同然ですから」
「子どもたちの前で怖い話はおよしなさい」
レイが納得しているなら、おしまいにしなさいとソフィアがたしなめる。
「おじいちゃま見て見て。この熊さん、おとしゃまがシャキーンってやっつけたの」
「ほう、これは大物だな」
「僕、こわくても泣かなかったよ」
「まさか目の前で?」
敷物となった熊を見て、オルレアン侯爵の眉がぴくりと動く。
「山に連れて行ったら、たまたま近くに出まして…」
怒られる流れかなとレイはひやひやだ。
「滞在中、私も山に入ろうか」
「お連れしますよ」
レイがにっこり笑う。トーマスがいい具合に熊をみつけてくれるだろう。
「レイちゃんは大人になってもやんちゃすぎるわ。ルーカスまで真似したらどうするのかしら」
まさに今、ルーがおもちゃの木剣を熊の敷物にエイっとあてている。トーマスの作った木剣の先は、当たると引っ込む幼児に優しい仕様。熊殺しまでがやんちゃで済まされているっておかしくないか? ヴィンには到底そうは思えない。
***
「この街には面白みがないの」
夕食の席でソフィアがこぼした。
「すれ違うのは騎士か傭兵ばかり。見るものないし、商店も少ないし、2日で飽きちゃうわね」
「今その対策を考え中です」
レイが申し訳なさそうに答える。
「さすがのレイちゃんも女心まではわからないのね。グレースを呼びましょう」
気安く王妃を呼び出せるのは、さすが実母だ。
***
「あら実家にいるみたいね」
数日後。母、兄、甥のエリオット、息子と孫が勢ぞろいした領主館に、グレースが大荷物とともにやって来た。
「ルー、アナ。顔を見せてちょうだい」
久々に会った孫に王妃も眉が下がりっぱなし。次々とトランクから出した服を2人にあてている。
次の日、レイはグレースを案内した。
「お母様の言う通り、女性の喜ぶお店がないなんて、誰も寄り付かないわよ」
街道や領内の補修工事と食料調達が先になり、女性の住みやすさまでは気がまわらなかった。
「でもこれはチャンスよ。他の領にないものを取り入れましょう」
雑貨屋の棚を物珍しそうに見ていたグレースが手にとったのは、木の器に入ったクリーム。蓋には馬が彫ってある。
「これは何かしら?」
「それは馬の油をつかった、手荒れ用のクリームですよ」
繕い物をしている女性たちが手荒れに困っていると聞き、ヴィンが実家の母たちが使っている馬の油がいいと、取り寄せてくれたものだ。
「いい香りがするわ」
「匂いがきつくて、試しに柑橘系の精油を足してみたらいい感じになりました。今では売れ筋商品になってます」
「女はこういうものが欲しいの! こんな小さな店の棚に置くだけじゃもったないわ。オルレアンからも、ミツロウ入りのクリームやリップを取り寄せましょう。見比べて自分に合うものを探し当てるのが楽しいのよ」
だから女の買い物は長いのかと納得したヴィン。
カランカラン。
いつも刺繍を頼んでいるお針子たちがきた。
「レイ様。納品に来ました」
「あなた方ね。とても腕がよくて王都に呼びたいくらいよ」
「母上、引き抜きはダメです」
針子たちが、目の前の高貴な空気をまとう美しい女性の正体を知り固まる。
「ここにドレスショップの支店をだすわ。それならいいでしょう?」
それを聞いたソフィアが、またとんでもない言い出した。
「私も前からお店を開きたいと思っていたの。甘くて美味しいお菓子屋さん。私は毎日作れないけど人を雇えばいいわ」
オムレツだけでなくお菓子作りも趣味の祖母。レイもオリビアも幼い頃ねだって作ってもらった。
ステキ! とグレースが手を叩く。
「母上、お年を考えてくださいよ。グレースも止めなさい」
オルレアン侯爵が待ったをかけたが、レイは珍しくまったく口をはさめないでいる。
「もう隠居の身ですよ。好きにさせてもらいます」
「そうね。沢山お店を増やしましょう。皆を歓迎してこそウィステリアよ」
そして意外な人物が、女性呼び込みの一役になっていた。