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白銀の一閃

「今日は薬草を採りに、山へ入ります!」


 レイが朝から1人分にしてはかなり多めの弁当を鞄に押し込んでいた。帯剣もしている。


「剣なんてその細腕で使えんかよ。何日山へこもる気だ」

「日帰りですよ。夕方には戻ります。剣はお守りです。熊でたら怖いし。ヴィンも一緒に行きますか?」

「熊でたら追っ払ってやるよ」

「それは心強い。子どもたちが一緒なのでよろしくお願いします」

「子どもって。はぁ、またかよ」

「教会に住む子どもたちに、薬草採りを手伝ってもらっています。アンナおばあさんから新しい薬草教えてもらったし。いつか薬草士になる子がいたらいいですよね」


 医者はもともと少ない。こんな僻地ならなおさらだろう。そんな時身近にいて役立つのが薬草士。ちょっとした腹痛、熱、ケガはこれで何とかなる。庶民の強い味方だ。各家庭で独自に使う薬草もあり、レイは年寄りから教えてもらった薬草と効能を書き留めているのだ。


「遠くへ行ってはいけません。必ず2人1組で僕が見えるところで採ってください。今日は傭兵のヴィンもいます。何かあれば大声でだして知らせてください」


 レイの掛け声に子どもたちは、「は~い」と返事をして籠を手にそれぞれ探しに行った。


「ヴィンは川のほうへ子どもたちが行かないように。僕は山奥に行かないよう見ています」


 2人もそれぞれの場所へ移動した。


 蝶がいれば追いかける。飽きたら遊びだす。川に落ちやしないか目が離せない。


 昼にはレイの持ってきた弁当を皆で食べ、あと少し採取して日の高いうちに帰ろうと散った後、上から大物の猪が突っ走ってきた。異変に気付いたヴィンが子どもらに木の陰に身をひそめるよう声をかけ、剣を抜きながら猪に向かって走った。


「おい退け! 俺にまかせ…ろ」


 言い終わる前に、目の前でどさっと猪が倒れた。


 何が起きた? 顔を上げると剣を鞘に納めているレイがいた。


 ヴィンにはレイが剣を抜いたところも、振りぬいたところも見えなかった。一瞬で仕留めたのか。


 あれは…そうだ1度だけ遠くから見たことがある。白銀の一閃だ。


 レイが半身だけ振り返り、ヴィンをじっと見つめ一言。


「熊じゃなくて猪でしたね」

「えっーーそこかよ!!」

「猪鍋かな。香草と一緒に焼くのもいいですね。ごちそうです。ヴィンは運ぶのお願いします」


 思いがけない獲物にレイが、子どもらとハイタッチしている。


 帰りは歌ったりきのこをとったり、レイが毒草を見つけると子どもらに教えながら山を下った。


 のんきなものだ。めちゃクソ重い猪を担ぎ、ヴィンはレイの後ろ姿を見ていた。


 白銀の一閃。国の騎士団の中でもとりわけ異質な強者の二つ名だった。戦場で白銀をみたら即撤退せよと噂になるほどのもの。まだ少年ともいえる頃から戦場に立ち、後ろに束ねた長い白銀の髪をなびかせ、舞うように敵を戦闘不能にする。力任せな太刀筋ではなく、薄く研ぎ澄まされ、一瞬斬られたことすら気づかないほど。


 3年前の国境での戦いは、白銀の一閃の活躍で最速で終結し、その後隣国と和平が結ばれた。


「帰ったら説明しろ」

「処理に時間かかるから、その後でいいかな」


 のほほんとレイは答える。

 ヴィンは脱力した。

 教会につくと大きな猪に、シスターたちが腰を抜かした。


 片付けを終え、夜遅く帰宅すると食卓に座り、レイが語り始めた。


 治める領主は叔父にあたる公爵。普段関りはないが、父から様子を見てこいと言われ、1年前に仕方なく訪れた。


 街に入るまでの悪路に苦労し、街に入ればどことなく空気が重い。人気のない中央広場には、周りとは不釣り合いな金ピカの領主の像が建っていた。


 馬を引きながら高台に建つ領主館に向かう途中に、丈が合わない窮屈そうなボロ服を着た子どもらに出会った。


「騎士様どこへ行くの? 迷子なら俺たちが連れていってあげる」

「領主館までお願いしようかな」


 子どもらはワイワイと喋りながらレイの横を歩く。


「騎士様なんて初めてみた。格好いいね。その剣は本物? 悪党をやっつけに来たの?」

「さあ、どうかな」


 領主館の前まで来たところで、豪華な馬車から派手な服装の男が下りるのが見えた。


「叔父上、ご無沙汰しております。突然の訪問失礼いたします」


 声をかけられた男はレイをみて頭を下げた。


「これはこれは先の戦いの功労者ではないか。お噂は聞いております。歓迎いたしますよ」


 レイは子どもらにお礼をいい駄賃を渡した。


「おい! お前たち何をしている!」


 叔父が怒気のはらんだ声で子どもらを叱りとばす。


「薄汚い子どもに施しなどせずともよいのです。お前たちもさっさと帰れ!」

「叔父上そのようことを。私がこの子どもらに道案内を頼んだのです。対価は必要でしょう」


 レイは子どもらに「気を付けてお帰り」と声をかけそっと背をおした。


「甘いことを。どれ、私が下民への接し方をお教えしよう」


 レイは黙って叔父の後に続き領主館に入った。


 滞在して10日。叔父の長い話にレイはうんざりしていた。


 父に報告するにも何か物証を持ち帰りたいと領主館内を探り、街にも降りてみた。先日案内してくれた子どもらをみかけ、声をかけた。


「また頼んでいいかな」


 子どもらは戸惑った様子で相談している。


「領主様にばれないかな。この前も怖かったし、捕まって牢屋に入れられちゃうよ」

「まさか」

「本当だよ。フケイ? とかソソウ? とかで捕まっちゃうんだって」

「この間も目の悪いお爺ちゃんが、領主様の馬車に気づかなくて鞭で叩かれた」

「従妹のお姉ちゃんは下働きに行ったまま帰ってこない。捕まっちゃったんだよ」

「父ちゃん達がもう我慢できねえ、みんなで直談判に行くって朝言ってたから、騎士様に止めてほしい! 父ちゃんたちまで捕まっちゃうよ」


 レイは嫌な予感がして、早速行こうかと子どもらに案内を頼んだ。


 一足遅かった。宿屋の主人、教会の司祭たち幾人かが領主館に行った後だった。


 領主館に戻ると叔父はサロンでくつろいでいた。


「どこに行ってらしたのか。面白い見世物があったのに、見逃しましたのう」


 タバコを咥えニタニタと笑っていた。


「ここへ街のものが数名来たはずですが、彼らはどこへ」

「あれね。税が払えない、女どもを返せとか騒ぎおったわ。身の程を知らずは地下牢につないでいますよ。見学されますかな?」

「では案内を」


 地下牢には声も出せないほど痛めつけられた男達がいた。奥の方からは女のすすり泣く声もする。


「この間のガキどもも躾直しましょうかの。鞭のひとつでもあてれば、2度と貴族にたからないでしょう」

「これは許されない」

「そうです。高貴なものに逆らうなど許されませんよ」


 風を切るような音がしたと同時に、どさっと目の前の男が倒れる。命を落としたことにも気づかずに。


「叔父上。あなたが許されない」


 幼い頃から剣の才があり自らも鍛錬した。前線で戦い、それで国を民を守っていると思っていた。あまり街に降りることもなかったため、民の声を直に聞いたことがない。父からそれでは視野が狭くなる。国中見て回れといわれ、最初の訪問先がこの地だった。


 地下牢にいた人々を開放し、叔父の私室から二重帳簿をみつけ王都へ戻り報告。願いでてすぐにこの地に戻り領主となった。


 だが統治の経験がなく途方にくれた。その時ふらっと街にでて食堂に入り耳を傾ける。


「領主変わったらしいぞ。今度は王都からきた若造だそうだ」

「また税あがんのかな。払えねえよな」

「金とんなら橋くらい直せよっ」

「戦が終わって、傭兵が街にあぶれてる。仕事とられたら大変だ」

「荒くれどもめ。嫁さん子どもだけじゃ、危なくて外出せねえな」

「せめて字くらい読めりゃ、俺らにも仕事あんのかな」

「そりゃ無理だ。前の領主が俺らにはいらねーって本を全部焼きやがった」

「剣は使えなくても、力比べなら負けねーのにな」


 王都に居た頃の叔父は、実兄の陰に隠れ目立たずひたすら凡庸であった。高位であるがゆえ使いどころもなく、ちょうど領主が亡くなり交代してこの地に赴いた。妻子はこんな僻地は嫌とついてこなかった。自分以上の高位のいない地で彼は変わってしまった。権力をふりかざすように。王都からの監査人を脅し、買収して虚偽の報告をさせていたのだった。


 手始めに、ありったけの予算をつかい街の整備にあてた。森から木材、山から石を切り出させ、工事人を集め仕事を与えた。もともといた警備団を再編成し、足りない人員は仕事にあぶれた傭兵をあてた。1から育てるより効率よく、街の治安も良くなった。もちろん税金も妥当なところまで下げた。


 次に人々の暮らしを同じ目線でみてみようと街に通い詰めた。


 彼らと同じ木綿の服が気に入って、子どもらと遊ぶのが楽しくて、食堂の安い定食が美味しくて、つい街中に住み着いてしまった。


 若い男の1人暮らしは、ご近所に世話を焼かれ戸惑うことだらけだったが、居心地がよかった。


 茶飲み話を聞いているうちに店を始めていた。医者にかかれない者のために薬を調合し、女たちに仕事を与え、子どもらにも手伝いをさせ、駄賃を与えた上に、簡単な文字や計算を教えた。


 レイが無償で何か与えることはない。人々は施しではなく、仕事と対価を求めていると知ったから。


「で、少しはましになったかよ」

「それは君が見たまま感じたままです。まだまだですよ」

「でも1年前とは違うだろ。街にでりゃ暗い顔の奴なんていない」

「そう言ってもらえるなら光栄です」

「おま…前領主は公爵だったな。それを叔父と気安く呼べる身分。たしか第3王子の名がレイモンド殿下」


 俺より3つ下の21歳。同じ3男なのに出来が違うと比較されたが、会ったこともない王子のことなんて気にしたことがなかった。


「レイでいいですよ」


 否定もなく笑うから、まぁそうなのだろう。


「これからは協力してもらいますね」

「面倒くさ」

「頼りにしてます」


 レイは嬉しそうにに目を細めて笑った。

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― 新着の感想 ―
本当にヴィンを当てにしているのか、はレイの強さからして微妙ですが、何かをして対価を、という基本的な発想に忠実な本人の考え方による行動なんですかね。人々の幸せというのは、為政者からしたら、正解のない問題…
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