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風変わりな雑貨屋

「ここは、どこだ……」


 見覚えのない天井。薬草の匂い。


 額には冷たい感触。まだ頭はぼんやりとしている。


「気がつきましたか」


 声の主を探すと、不意に若い男が顔をのぞき込んできた。


「……すみれ……」


 吸い込まれそうな、すみれの花のような青紫の瞳。肩で切り揃えられた、白銀の髪。


 驚くほど容姿の整った男だった。


「どうぞ。これをゆっくり飲んで」


「苦っ」


「薬湯です。良く効きますよ」


「ここは?」


「店の前で倒れていて。運ぶの大変でした」


「なんかスースーするな」


「ミント水でタオルを浸したから。気持ちいいでしょう」


 そういえば、さわやかな香りがする。


「丸一日寝ていました。さすがに心配しましたよ」


「助かった」


「ご家族に連絡をとりましょうか」


「家族はいない」


「わかりました。少し食べた方がいいです」


 ふうーと息をつく。


  熱は微熱程度に下がり、傷の手当てもしてあった。


 熱を押して酒場に出たが、乱闘になり、体は限界を迎えた。


 しばらくすると、盆にスープとパンと果物をのせ、男が戻ってきた。


「自分で食べられますか?」


 どうにか体を起こすと、背にいくつもクッションを置いてくれた。


「世話になる」


「温かいうちにどうぞ」


「うまい」


 よく煮込まれたスープに体が温まる。


「それは良かった」


「医者か、薬草士なのか?」


「薬草士です。僕はレイ。ここで雑貨屋をやっています」


「俺は傭兵のヴィン。迷惑かけたな。金を払うよ」


「お金はいいですよ。困ったときはお互い様ですから」


「人が良すぎるだろ。金とらないんなら、何かないか? 礼がしたい」


「……そうだな。厄介なお客が来た時に、ヴィンさんに顔出してもらおうかな」


「ヴィンでいい。用心棒か。お安いご用だ」


「そんな物騒な話ではないですよ」


「来たら声かけてくれ」


「ありがとうございます」


 レイがくすりと笑った。



 翌日。起き上がれるようになったヴィンは店をのぞいた。


 薬の他に、着古した子ども服。


 本は売り物かと思ったら、貸し出しているという。


 街の中心地から離れているのは、新品を売る店への配慮だそうだ。


 商売にそんなものいらないだろう。


 カランカラン。


 元気いっぱいの子どもたちが入ってきた。


「卵を持ってきたよ」


「ありがとう。今日は四個ですね。嬉しいです。ヴィン、大きなオムレツが食べられますよ」


「それはいいな」


「……レイさん、その人……誰?」


 睨んでもいないのに、子どもたちはレイの後ろに隠れる。


 見上げるほどの大きな体に、仏頂面。その上、腰には大剣。怖がるのも無理はない。


「こちらは傭兵のヴィンさん。店の前で倒れていたから、休んでもらっています」


 子どもたちも納得したようだった。


「はい、今日の卵代です。一個が二ギル。では、四個でいくらでしょうか?」


 子どもたちは指を使って数え始め、口をそろえて答える。


「八ギル!」


「大正解。明日もよろしくお願いしますね」


 レイは小さな手のひらに硬貨をのせた。


 子どもたちが帰ると、朝食の準備の間、ヴィンは店番を頼まれた。


 カランカラン。


 今度は老婆だ。


「おはようさん。レイちゃんはいないのかい?」


「奥にいる。用なら呼ぶが」


「いつもの薬が欲しいんだがね」


 いつもの、と言われてもヴィンにはわからない。レイを呼んだ。


「アンナさん、おはようございます。咳止めですね。こちらをどうぞ」


「ありがとうね、助かるよ。これを受け取っておくれ」


「今日は薬のお渡しだけですね。またよろしくお願いします」


 渡された布袋の中身をのぞいたレイは嬉しそうだった。


 アンナが帰ると、ヴィンは呆れて聞いた。


「薬代、とらないのか?」


「お代の代わりに新しい薬草を教えてもらいました。おばあちゃんの知恵袋ってすごいですよね」


 それで商売になっているのか? 変な店だ。


 朝食は少し焦げついたオムレツ。スープとパンは近所の定食屋から届けてもらうそうだ。


 出された薬草茶を黙ってすすっていると、レイから提案があった。


「しばらくここにいませんか? 店番をお願いできたら助かるし」


「宿代代わりに、店番くらいならいいぜ」


 飯は宿よりもここの方が良さそうだ。


「良かった。ヴィンはこの街にはいつから?」


「ひと月前にきた。領主が変わってから、仕事にあぶれなくなったらしいな」


 レイはヴィンの話にうなずきながら、にこにこしている。


「そういうお前さんは?」


「僕は一年です。親戚を訪ねてきたら、ここは空気も美味しいし、静かだし、気に入って住み着きました」


 国境に近いこの地は、豊かな森に囲まれてはいるが、隣の領地までの道のりが悪く、陸の孤島と呼ばれていた。


「今夜は人が来ます。騒がしいと思いますが、気にしないでくださいね」


「酒売ってるわけでもねえのに、うるさいのか?」


「にぎやかってことです」


 カランカラン。


 ぞろぞろと、十人ほどの女が入ってきた。赤子連れもいる。


「こんばんはー」


「あら、いい男いる! お兄さん、独身かしら?」


 ヴィンは思わずレイの後ろに隠れた。好き勝手にかしましく話す女たちは苦手。


 だがレイより頭ひとつ大きい体は隠せなかった。


 レイが女たちに渡した箱から、古着と端切れ、平民が滅多に手にできない絹が見えた気がする。


「今日のお話は何かしら?」


「やっぱり、あれよね」


 レイの周りに座った女たちは、静かに縫い物を始めた。


「何すんだ?」


「ここで仕立て直しをお願いしてます。その間に僕が本を読みます。ヴィンに赤ちゃんの世話をお願いできますか?」


「えっ?」


 断る前に寝ている赤子を背中からおろした母親が、よろしくとヴィンに渡す。


 ……無理だ。絶対泣かれる。


 レイは棚から一冊とりだした。


「それでは始めましょうか」


 ゆっくりと優しく、物語が紡がれる。


「泣けたー。〈騎士様わたしをさらって〉シリーズは最高ね」


 女たちのおしゃべりも針を持つ手も止まらない。


 目を覚ました赤子に最初こそ大泣きされたが、高い高いが気に入ったのか、またすやすやとヴィンの腕の中で眠っている。


「ヴィンさん、子守ありがとうね」

「また来週!」


 女たちが帰ると、やっと静かになった。


「手間賃渡して繕わせるのはわかるが、どんな集まりだよ」


「どうしても女性は男性より稼ぎが少ないでしょう。そこで空いてる時間に、繕い物を頼んだんです。来るたびに本棚をチラッとみるのでお貸しようかと聞いたら、読みたくても字が読めないと。ならここでってことになりました」


 なるほどね。


「他にも刺繍や染め物をしてもらっています。珍しい染め色らしく、高値で取り引きされてるんですよ」


「朝、ガキどもに金を数えさせていただろ。あれは?」


「はい。計算ができるようになれば、仕事の幅が増えます。鶏を数羽預けて、世話もしてもらっています。毎朝、卵を届けてくれて大助かりですよ」


 レイは笑顔で答える。


 そんなお人よしがいるだろうか。


 世の中悪人ばかりではない。

 それはわかっているが、驚くより先に、呆れてしまう。


 出会ったばかりだが、悪い奴に騙されないか心配になった。



 雨の季節となった。


 大雨が続き、川が氾濫。とうとう隣の領地へ続く橋が壊れたらしい。


「少し出かけてきます」


 レイは土砂降りの中、どこへ行くとも告げず、帰ってきたのは三日後の朝。


「お前、少しって言ってたろう!」


「心配かけてすみません。寝ます。すごく眠いです。起きたらご飯食べます」


 靴も脱がずベッドに倒れこんだ。


 目の下にくまをつくって一体何をしていたのか。


 寝顔がちょっと幼く見える。


 ヴィンは呆れつつも靴を脱がせ、毛布をかけてやった。


 眠っているレイを見下ろした。


「……お前、本当は何者なんだ」


 ただの雑貨屋店主とは、とても思えなかった。


 太陽が顔をだすと、壊れた橋は早急に修復され、止まっていた商人の荷が動き出した。


 交易が途絶えてしまっては、本当に陸の孤島になってしまうところだった。

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― 新着の感想 ―
レイさんも雑貨屋も優しい雰囲気で素敵です(๑>◡<๑) 雑貨屋のある町の人達にとってこの店は、安らぎと生きる手段を与えてくれる大切な場所だろうと思います レイさんは言わずもがなお人好しですが、そんな…
凄く気の良いレイとそれが心配になってきてしまったヴィンの描写が丁寧で読み物としてとても面白かったです。レイが雑貨屋で仕事の幅が広い分、書くのが大変そうな作品だなぁとも思えました。とても楽しい、心温まる…
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