ウィステリア領
レイの婚姻を公にしたことで、ウィステリア公爵が叙せられ、領も名称を変えた。
「前のスローン領のままでと言われたら、父上と縁を切るとこでした」
国王にたった一言で要望をかなえさせたくせに、何言ってんだ。
雑貨屋に戻ったレイモンド・ウィステリア公爵は、お気に入りの木綿の服を着ていた。双子にも棚に並んだ服を着せた。
「おリボンかわいいね」
「ここみて! お馬さんがついてるよ。かっこいい!」
あつらえたように似合うのはなんでだろ。あれか? 王妃の寄越す端切れ効果か。
まだ女手が必要な子どもらは、夜はレイとともに領主館、日中は雑貨屋で過ごしていた。それも雑貨屋の増築が終わるまでのこと。
カランカラン。
「いらっちゃいませ」
「きょうは、なにがごいり…いりようですか?」
薬草を買いに来た客は、双子お勧めのハーブティを一緒に包んでもらう。
服を買いに来た客は、双子の服と似たものを買ってしまう。
「売上倍増! うちの子、商才があるかもしれません」
卵を持ってくる子どもたちは、双子に石ころや花を持ってくる。
だが、アナベルに花を渡した男の子は、必ずリアンに頭をごつんとされていた。
突然子ども二人を連れ帰った日。
店関係の者に身分を明かした。
「領主様って最初から知ってましたよ」
定食屋の女将は、初めてレイが食堂に来た時にナイフはないか聞かれて、貴族のお忍びと即ばれ。
直後若い領主に変わったと聞けば、この間の貴族様だと合点がいく。
雑貨屋に毎朝運ばれるスープは、店に出されるものより具が小さめに切られていた。
「私たちだって店入る前に、埃落として、服のしわを直してましたよ」
繕い物を頼んでいる女性たちにも、いろいろ気遣われていたらしい。
「こんなイケメンのお貴族様が、独身なんてありえないですよ」
高位貴族であれば早くに結婚をする者も多い。子どもくらいいてもおかしくないのだ。
「妻が亡くなってからずっと実家に預けてました」
聞いた女将たち女性陣は号泣していた。
のほほんと女子どもの相手をしているが、この男は最強なんだよな。
「お前、いつ鍛えてんだ?」
ここにヴィンが住み込んでから、レイの素振りすら見たことがない。
「護衛の誰かが相手してくれてますよ。不意打ちなんで、ヴィンが気づかないだけじゃないかな?」
「そんな馬鹿な。剣はそこの箒と一緒に置きっぱなしじゃないか」
「いつでも剣頼みって。敵は待ってなんてくれませんよ」
やれやれとレイはヴィンを見る。
剣以外もいけるのか。
最強の男は、鍛え方が違うらしい。
「お前ってば細腕のくせに、とんでもない馬鹿力だよな」
ヴィンは悔し紛れに腕相撲をレイに挑んだ。
「受けて立ちます」
「おとしゃま、負けないでー」
非常にやりにくい。
勝ったらごめんと先に双子に謝るヴィン。
「始め!」
リアンの合図で、両者の手に力が入る。
「ヴィン、子どもたちの前で、強く手を握られたら恥ずかしいです」
急に赤くした顔を、プイと背けてレイが甘い声を出す。
さらに前に乗り出したレイが、こそっと耳打ちする。
「夜まで待って」
「〇×△!!」
ヴィン負けました。
腹を抱えてレイ三人組が笑いだす。
「さすが純情男」
「面白すぎるだろ」
「主、強えー」
「うるせぇよ」
「ヴィンが勝ってたよ。単純な力比べじゃ、勝負にならないくらい主は弱いからな」
「妻子を守るためなら、男は最強になれるんです」
どや顔のレイが、痛いのか手をさすっている。
「おとしゃまがいちばんです」
双子が手をパチパチと叩いている。
ひと息つこうと三時のお茶菓子が運ばれた。ベリーのケーキは双子の大好物。
「主はね。動体視力と瞬発力が並外れてすごいんだよ」
窓辺に寄りかかっていたトーマスがシュッと短剣を投げつけるが、レイが手元にあったフォークで弾く。
「ほらな。主に当たったことない」
トーマスの後頭部をレイが思い切りバシンと叩いたが、まったく痛くない。
「双子にかすりでもしたら、本気出しますよ」
怒らせたら怖いのは実証ずみ。
「すんません」
「どんな鍛錬積んだんだ?」
「自分一人でもできる事」
「白銀の一閃を初めて見たときは感動したよ。ぜひ教えを請いたい」
「たしかにあれは惚れる」
ヴィンは興味津々。護衛たちも聞きたがった。
「参考になるかな」
王子というだけで本気で相手してくれる者は少ない。
綺麗な顔にかすり傷ひとつでもつけたら、懲罰房行きと噂されていた。エリオットも毎日は相手をしてくれない。
そこでレイが思いついた方法が……。
落ちてくる葉っぱを片っ端から斬る。
園丁長にやんちゃですなと笑われる。
庭園の池で小魚を追いまわし突き刺す。
園丁長にすごく叱られる。
オルレアン領では飛び回るミツバチを斬り落とす。刺されたくない。
ばれるとオルレアン侯爵と祖父にものすごく怒られる。
それを回数を決めて行う。
早く終えれば時間が空く。
王子様は座学、一般教養などやたらと忙しい。遊ぶ時間の捻出のためには、俊敏に動かなければならない。
鍛錬じゃなく、なにかの修行。
葉っぱとか蜂とかわけわからん。
白銀の一閃に憧れて、毎日鍛練する騎士たちが知ったら夢壊す。
俺含めて。
「あと暗殺者の半数がナイフや矢を投げてくるから、いい実戦になったな」
懐かしそうにレイが笑う。
笑い事じゃないだろう。
「あれ? これ開かない」
レイに差し出された蜂蜜の瓶を、ヴィンがほんの軽くひねっただけで蓋は開いた。
王子業は命がけ、友達もいない。だからか遠慮のいらない兄弟の仲がすごくいい。
「気になるならヴィンに毎日相手してもらうから。覚悟してね」
ヴィンは、地獄を見るはめになった。




