特効薬
翌日の深夜離宮に戻ったエリオットが、レイの様子をヴィンに聞く。
「一睡もせず部屋に閉じこもっているよ。何があった?」
「国王陛下や関係者たちには、アルバート様が説明してくれた」
「寝室に飾ってある絵を見た。薔薇なんてどこにも描かれていない。そういうことか」
エリオットがヴィンを真正面から見る。
「ひとつ頼まれてくれないか」
明かりもつけず、レイは足を床に投げ出したまま、幸せそうに双子を抱く若夫婦の肖像画をじっと見つめていた。
「入るぞ」
「エリオット兄様……ごめんね」
レイは幼い頃から家族だけの時に、エリオットを兄様と呼んでいた。
「謝るな。かわいい弟のためならなんだってやるよ」
「ありがとう」
「これは、オリビアからの特効薬」
差し出されたのは湯気のたったマロウブルー。
レイが驚きエリオットとお茶を見る。
「オリビアの最後の手紙に、レイが泣いていたらこれ出せって」
「泣いてないよ。オリビアは笑った僕が好きなんだって」
なぜだかカップのお茶がゆがんで見える。
レイが口元にぐっと力を入れる。
「泣くなとは言ってなかったと思うよ」
「今日は何の記念日かな」
「『お兄様が初めてレイちゃんに記念日のお茶を淹れる記念日』だそうだ」
ふふと笑ってレイがカップを受け取る。
「オリビアはやっぱり僕を笑わせる天才だね」
色を変えていくお茶を見ながらレイがつぶやく。
「これ見て」
レイの膝には乾燥してカラカラの、色の抜けたすみれの花冠がふたつ。
ひとつは求婚した日のもの。
もうひとつはこの離宮で、双子が生まれた記念に家族の肖像を描かせた日のもの。
花冠はオリビアがなくなった後、衣裳部屋からレイが見つけた。
「結婚式につけたティアラも素敵だけど、もう一度作ってほしいって。急いで摘みにいって、僕が作ったんだ。あの時の嬉しそうな、はにかむ笑顔が忘れられないよ」
村から呼び寄せた年老いた画家が、『ここは妖精のお住まいだったんですな』と笑っていたのも覚えている。
初めての家族の肖像画をオリビアは大層気に入って寝室に飾った。
「オリビアは薔薇だって好きだったよ。でも違うんだ、僕らにはこれが大切で……」
レイの目から涙が零れ落ちた。
「それに、僕らの腕の中には、ルーカスとアナベルがいたのに」
今すぐにでも双子をぎゅっと抱きしめたい。
「旅の一座も村人も恨んだことはない。たとえ病を運んできたとしてもだ。でもあいつだけは許さない。生きながら地獄をみればいいよ」
画家としてはもう死んだも同じだろう。
「私怨で人を斬るなんて、騎士としても、人として最低だね」
「レイ、お前は家族を守ったんだ」
エリオットはレイの頭を抱く。
レイの嗚咽が止まらない。
「レイが斬らないなら、私が斬ったさ」
少し冷めたマロウブルーを口に含む。
「会いたいよ」
「私もだ」
「ねえ聞いてくれる?」
「いいよ。いくらでも聞くさ」
もうすぐ夜が明ける。
少しピンクがかった空は、あの時はにかんだオリビア。
赤い空は、照れたオリビア。
青紫の澄んだ空は、優しく僕をみつめてくれるオリビア。
今日も僕は君のために笑うよ。
「おかしゃま、きれいねー」
「おとしゃま、髪ながいね」
うん? 天使の声?
「おとしゃまはお寝坊さんですね」
まだ夢の中?
頭も目のあたりも痛い。でも起きなきゃ。
「おとしゃま起きてー」
「起きて、起きてー」
「ぐえっ!」
体の上に温かいものが、どしんどしんと乗ってきた。幼子のいる家、あるあるだ。
目をあけると、愛してやまない双子の顔がそこにあった。
「おとしゃまのおひげのびてる! くすぐったいよ」
きゃっきゃと笑いながらレイに抱きついたり、ベッドの上を跳ねて遊びだした。
「起きたか?」
扉の前にヴィンがいた。
「特効薬、連れて来た」
ぽかんとするレイにヴィンが笑いかける。
「風呂入れよ。美人が台無しだぞ。飯にしようぜ」
食堂へいくと双子、エリオット、ヴィン全員が座っていた。
「おはようレイちゃん。お義母様の代わりに私がオムレツを焼くわね」
オルレアン夫人がフライパンを手にして待っていた。
食後、オルレアン夫人はレイの私室を訪れた。
「あなたは私たちの自慢の息子よ。オリビアもきっとよくやったって言ってくれるわ」
オリビアと同じ淡い金髪をしたオルレアン夫人は、オリビアと同じ匂いがした。
「もう離れたくないです」
「ずっといっしょなの?」
「おとしゃま、もうどこにもいかない?」
レイが双子を抱きしめたまま、オルレアン夫人に子どもを引き取ることを願い出た。
「そうね。私たちも甘えすぎたわ」
寂しそうにオルレアン夫人がため息をつく。
愛娘を失った後に泣く暇も与えず、一家に再び笑顔を取り戻させたのは双子だった。
「義母上たちがいなければ、双子を育てられなかった。ありがとうございました」
レイは深く深く腰をおり、感謝を述べた。
王家はレイモンドとオリビアの婚姻を公表。レイは家族の肖像画を公開した。
真実を目にした者たちによって、画家の賞は取り消し。
画家は何も語らず、二度と筆をとることはなかった。




