すり替えられた花冠
エリオットが休みもしないで、レイに王都へ向かう支度をさせていた。
「アルバート殿下からの話だから間違いはないと思う。レイ様に確認してほしい」
レイは眠る双子の頬にキスして、理由もわからずアリアンに騎乗した。
アルバートが名誉会長を務める芸術祭で最優秀賞をとった絵に、レイとオリビアが描かれていた。
王宮に来ていたエリオットを呼び出し、レイを急ぎ連れてくるように命じたのだった。
王都に着いて早々、式典にレイは出向く。
「本日は名誉会長であらせられるアルバート殿下ならびに、レイモンド殿下にもご臨席を賜り……では、最優秀賞の絵をご覧にいれましょう」
挨拶が長い。早くあの赤い布の奥にあるものが見たい。
「ではテープカットを……」
「私がその役をしよう」
アルバートと入れ替わり、金色に輝く大きなハサミを受け取ったレイがテープを切った。
同時に赤い布が降ろされた。
「……」
「レイモンド殿下いかがですか? 私が殿下の離宮に師匠の供をしていたのを覚えておられますでしょうか。あの時の奥様は本当に美しかった。年老いた師匠の亡き後、私めが真のお二人の姿を描きました」
あの時の画家の弟子だったか。
会場がざわつく。
画家はいま、何と言った?
タイトルは『白銀の騎士と白薔薇の乙女』
「なぜ薔薇を?」
オリビア似の女性の頭には白い薔薇の花冠。
二人の手元にも大輪の白い薔薇が香りまでしそうなほど、緻密に描かれている。
「あの時の奥様は庭の草花を頭にのせていらしたが、ふさわしくない。お二人には最高に美しい薔薇を捧げたい」
「草花?」
「よく道端で見かけるものでしたな。殿下はご存じないのかもしれませんが、あれは雑草ですよ」
「筆を持つ利き手を出せ」
若い画家はよほど高貴なこのお方が絵を気に入り、握手でも求めているのかと、満面の笑みで右手を差し出した。
温度のない低い声に気づかずに。
レイは持っていたハサミを逆手に持ち直し、無言で画家の手首に突き立てた。
血しぶきと画家の悲鳴に、会場が騒然となる。
次に絵の脇に立つ警備員の腰から剣を抜き取り、額縁ごと真横に切り裂いた。
ズダーン。
額縁の落ちる音に、会場からさらに悲鳴が上がる。
「何をなさいます!」
「ご乱心だ!」
「取り押さえろ!」
「狂ってる……」
血をどくどくと流し、痛みにがくがくと震え、失神した画家の周りを囲む者たちが口々に叫んだ。
ふだんは優しく穏やかで、中性的な美貌の第三王子が突然斬りつけたのだ。
国一番の英雄だろうが、そのすさまじい姿を見たことのない者にとって、恐怖でしかない。
会場にいた警備の者たちが王子を捕縛してよいのか、白銀の一閃を捕縛などできるのかと迷いながら、これ以上の被害がないようにレイに剣を向ける。
警備とレイの間に護衛三人が立ち並ぶ。
どちらが先に動くか睨み合いになった。
レイは何度も何度も絵を斬りつける。
ザリザリと。
それは、レイの慟哭にも聞こえた。
深い水底にいるようだった。
何も聞こえない、体も思うように動かせない、寒い。
「レイ様! おいレイ! レイ聞け! 剣を放せ!!」
ヴィンがレイの腕をつかむが、びくともしない。
なんて馬鹿力だよ! 離せよ!!
レイの腕が折れそうになるほどつかむが、レイは斬り続ける。
「くそっ! おい、こっち向け!」
レイの額に、自身の額をガツンとぶつけた。
「息を吸え! ゆっくり……もう一度……」
焦点の合っていないレイの瞳に、真っ黒なものが見えた。
ヴィンの瞳だ。
闇の中に一瞬、光がみえたような気がした。
手から剣がすべり落ちる。
それをヴィンが思い切り蹴り飛ばした。
「エリオッ……兄様……吐きそう」
か細い声でエリオットを呼ぶ。
「レイ! 下を向くな! 堂々としてろ! お前は間違ってなんかいない」
エリオットが叫んだ。
「ヴィン! レイ様をお連れしろ!!」
エリオットが画家の目の前の床に剣を突き立てた。
「お前には何も見えていない。レイとオリビアを汚したお前を私も許さない」
ヴィンは返り血をあびたレイの服を隠すように、自分のマントを被せた。
誰も口が開けず静まり返る中、真っ白な血の気のない顔をあげたレイが、ヴィンと護衛の先頭をゆっくりと歩く。
会場の扉が閉まった瞬間、レイの体が沈んだ。
そのままヴィンに抱えられ、馬車は離宮へ向かった。




