葡萄酒
秋も終わりに近づき、レイは母の実家オルレアン侯爵の領地へ向かう準備を始めた。
「今日はできるだけ多く薬を作ります」
「お前、それ……どこから」
レイは花柄の三角巾とエプロン。口元は白い布で覆っていた。
定食屋の看板娘よりかわいい薬草士にヴィンが呆れる。
「清潔第一ですよ。ヴィンもどうぞ」
渡されたのは白い三角巾とエプロン。
思わずガッツポーズするヴィン。
「季節の変わり目ですから、風邪のひき始め用、膝の痛み止め、うがい薬。予防用のハーブティーも一緒に渡そうかな」
手際よく乾燥した薬草を仕分けていく。花柄さえ目に入らなければ立派な薬草士だ。
「ヴィンはこれ。ゴリゴリすり潰してください」
「あいよ」
結構な量だが問題ない。ヴィンによって粉となった薬草をレイが計り、混ぜ合わせ紙に包む。
「詳しいよな。どこで覚えた?」
ちょっとだるくなった肩を回しながらヴィンが聞く。
「兄も従妹も身体が弱くて、側にいるうちにいつの間にか薬草学の本読んでました。今は本気でやりがいあるなって思います」
「金のすみれ姫だっけ。今は元気になったのか?」
「亡くなりました」
「辛かったな」
これ以上聞くなと言うように、レイはヴィンの顔を見ない。
「そうだ、蜂蜜を沢山仕入れましょう。いっそ養蜂家を連れてきて、うちでも採れるようにしようかな」
レイの様子は通常に戻ったみたいだが、どこか上の空だ。
長期滞在するらしく、レイは仕事を前倒しにしてかなり多忙だった。
昼間は子どもたちの相手、夜は女たちの繕い物のかたわら本を読む。冬支度に必要なものの手配、書類仕事。
それでもまだヴィンに隠れて、何か侯爵家への土産らしきものを用意している。
「お前いつ寝てる?」
「大丈夫ですよ」
目の下にクマつくってまで何してるんだか。
その夜は領主館で書類をさばいていた。
「遅くにすみませんね。領主様はこちらかな」
アランに案内され、葡萄酒造りの親方がレイを訪ねて来た。
「親方、どうしました?」
「新酒の味見をしていただきたくて、お届けにきました」
「それは嬉しい」
レイが部屋へ招き入れる。
「普段飲まないよな」
「飲めなくもないです。葡萄酒は好きですよ。ただすぐ眠くなるんで、エリオットのいないときは口にしません」
前にエリオットが目を離したすきに注がれた酒を飲んだレイが、テーブルに顔面をぶつけた。
酔っぱらったうえ、エリオットに担がれ私室へ運ばれたのだ。この上なく恥ずかしい。
「今夜はエリオットいないし、ヴィンにお姫様抱っこでベッド運んでもらおうかな」
レイのウィンクにヴィンが固まる。
「ほんとに君は面白いよね」
メイドによっておつまみが運ばれ新酒を味わった。
「軽くて華やかな香りがします。今年は上出来ですね。みなさんのおかげです」
レイはチーズやら干し肉、ナッツやらぽいぽい口に入れては、注がれた葡萄酒を飲み干す。
「領主様のおかげで人手が増えましたから、助かっております」
他領からやってきた傭兵が多すぎて、さすがに雇いきれない。そこで人手不足のところにまわしてみたら意外とうまく回った。
荒れた農地を耕す者、ものつくりの好きな者など人材の宝庫だった。
ただいきなり収穫量が増えるわけもなく、備蓄食料を放出し、他領からも買い付けていた。
「もうやめとけ」
「らいじょぶ」
「ダメだろう」
ヴィンは親方を帰し、真っ赤になって酔いつぶれたレイをどうしようかと頭を抱えていると扉が開く。
「つぶれたな。私が連れていくよ」
エリオットがレイを担きあげた。
「先行って扉あけといてくれ」
ヴィンが領主館のレイの私室に入ったのは初めてだ。
雑貨屋の部屋とは違い、貴族らしい洗練された上等な家具、落ち着いた色合いの壁紙とふかふかのベッド。
あのでかいぬいぐるみはなんだよ。
ベッドの横に青紫の目をしたクマ発見。目はガラスでなく夜明けの空だ。ピンク色のリボンをつけたウサギのぬいぐるみとアリアンを模したのか黒い木馬もある。
街の子どもらへやるには高価すぎる。まさか自分用? そんなわけないよな。
エリオットがレイを連れて入ってきた。
「助かった。執務室で待ってろ」
ヴィンが扉を閉じる前に、レイの寝言がかすかに聞こえた。
「…オリ…いかないで…」
エリオットが執務室に戻ってきた。
「やっと寝てくれた。言っても聞かなくてな。親方に頼んで度数の強いの持ってきてもらったのさ。ヴィンだけなら飲むかと思って、予想通りだよ」
「美味しいって飲んでたよ」
多分エリオットの出かけたふりはお見通しだろうに。
「寝言はごまかせないな。レイは弱音を吐かない。オリビアが亡くなった時も泣かなくてさ」
寂しそうにエリオットが窓の外を見る。
「親しかったんだろう?」
「公にはしてないが結婚していた。わずか三年だけど」
ヴィンは思わず目を丸くした。




