【88本目】バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985年・米)
【88本目】バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985年・米)
ジゴワットの単位としてマジでありそう感、誤訳って知る前から好き。
【感想】
王道中の王道映画で行きます。
地上波放送の常連映画にして、タイムトラベルものの歴史を変えた一作。
二つの続編が製作されたほか、日本ではパチンコ・パチスロ化もあれているほか、放送当時レーガン大統領の一般教書演説でも引用されるなど、多方面にわたって異常な影響力を持ち合わせている映画です。
また完全なエンタメ映画かと思いきや、1985年のアカデミー賞では4部門にノミネートされ、うち音響編集賞を受賞するという具合に、批評家ウケも非常に良い映画です。
もう見れば見るほど発見があるし、考察も国や時代を問わず色んなところで行われている映画ですけど、僕が今見て思うのは、やはりゼメキス監督の1950年代への愛情ですかね。
この映画を観てからずっと後になって、同じゼメキス監督の【フォレスト・ガンプ】や【ロジャー・ラビット】【マーウェン】などを観てきたんですけど(【マーウェン】は傑作なのになんであんな評価低いのか……)、どの映画も第二次大戦後の、1950年代~1960年代の文化への愛情が半端ないんですよ。
【BTTF】では、カリフォルニア州にあるヒルバレーという架空の町が舞台になっています。でも学校にはあまり人がいる気配がなかったり、壁は落書きだらけだったり、都市のランドマークは時計が止まってたりで、あまりにぎわっている風ではないんですよね。
1980年代と言えばレーガン政権の中で米国内で貧富の格差が拡大する時代ですけど、カリフォルニア州のサンフランシスコでもロサンゼルスでもない地方都市が寂れている、という光景は1985年の映画だからこそやけにリアルに映ります。
でマーティが1955年にタイムスリップすると、都市として活気に満ち溢れているヒルバレーが描かれています。マーティも当時の校舎見て「立派だな、今と大違いだ」みたいなニュアンスのことをいってますね。
ゼメキス監督は1952年生まれなので、マーティがタイムスリップした1955年には3歳くらいだったことになります。つまり彼にとって1950年代は、僕らにとっての1990年代、タランティーノにとっての【ワンハリ】の時代と同じ、【物心はついてないけど凄かったことは知ってる】という憧れの時代なわけです。
そういうことに気が付くと、社会的インフラや今とは異なる口語(フリーが糖抜きという言葉で使われてない、とか)など、細部の極限まで1950年代を再現する情熱が、製作陣のどこから湧いていたのか、ということに対する答えが得られるような気がします。
【キャラについて】
久々に見返して印象強かったのは、一にも二にもロレイン(1955年)の肉食系女子っぷりですかね。出会って一週間の男に速攻で惚れるわ、平気で酒やタバコやるわ、車内で惚れた男に自分から迫ってキスするわ、当時のレディからは考えられない♀ゴリラ並みのアグレッシブさw
ただ【ブロークバック・マウンテン】とか【ラビング・愛と言う名前のふたり】とかを見ていると、1950年代~60年代当時から社会の慣習に馴染めなかった人と言うのはたくさんいた、っていうのがわかってきます。
それ考えるとあのアグレッシブなロレインの姿は、伝統とか慣習なんて真面目に守るもんじゃないし、お父さんやお母さんも若い頃はそんな真面目に守ってなかったぜ?という製作陣の優しいメッセージを体現してるようにも見えてくるんです。
あとひねくれてるかもしれないけど、落ちこぼれナードが高校でいじめられている映画をたくさん見た後だと、イケメンだし彼女いるしギターも弾けるしスケボーも上手いマーティがなぜ落ちこぼれ扱いなのかわからないw
【好きなシーン】
ドクが時計の針にぶら下がるシーンを見てて【要人無用】だこれ!ってすぐに反応できると、こういう時映画いっぱい見ててよかったなって思います。冒頭の時計だらけのシーンにも【要人無用】モチーフの時計が出てきますね。【プロジェクトA】の落下シーンと言い、ハロルド・ロイドが色んな映画に影響与えてるのがわかります(最近【福の神】見て結構面白かったです)。
あと【BTTF3】序盤のドクの墓とかにもそういう反応してたけど、改変後の自分の家の内装に対する最初平然としてるけど急に驚いて注視する、というマーティのリアクションはノリツッコミの変形みたいでツボです。




