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【25本目】22年目の記憶(2014年・韓)

【感想】


 戦前から戦後にかけてのソ連で、ミハイル・ゲロヴァニという、【スターリン専門の俳優】を務めた男がいまして。スターリンの独裁期に、専ら映画の登場人物としてのスターリンを演じて、当時いくつかの栄誉ある賞ももらっている人物なんです。(出演映画は【ベルリン陥落】くらいだったら日本語版のDVDも出ています。ちなみにNHKの【映像の世紀】第10集にも一瞬だけ出てきます)


 でこの人物はわりと悲劇的な人生をたどっていまして。っていうのは彼はスターリンの役者を演じていた時期、彼はそれ以外の役を演じることを一切許されていなかったんですよね。で、スターリンが死んだ1953年以降彼はどうなったかというと、新しい役を映画で務めることを許されず、実質映画出禁状態になる、という扱いを受ける始末で。


 この俳優の人生を知って以降、特定の人間を演じる、いわば影武者みたいな存在の哀しさを考える機会が個人的に多くなったんです。


 この【22年目の記憶】という韓国映画は、そんな自分にとってどストライクな映画でした。




 この映画の主人公や、上記のゲロヴァニのような影武者的な役割を与えられた人物について考える際、ことに重いテーマとなるのは、【常に自分とは違う誰かの役割を求められた場合、その人個人のことは誰が見てくれるのか】という問題です。


 主人公の売れない役者・ソングンは、まず序盤で役者としてやっちゃダメなミスを行ったうえに(あのシーン共感性羞恥すごかった……)、妻を蔑ろにして役者に集中したことを自己反省し、もはや自分の人生に意義も見いだせないような状況に陥っていました。


 そんな彼がたまたま南北首脳会談という時代の潮流に飲まれ、偽の金日成を演じる、という役割を与えられれば、自分にはこれしかない!と考えて役作りに集中するのは必然なわけで。ただそんな彼が頑張るのは、息子にとって誇らしい父親でありたい、息子を喜ばせたい、という父親としての使命感からでもありました。


 しかしついこないだまで売れない役者だった彼が、国家プロジェクトという荷の重すぎる役割を与えられれば、精神に異常をきたすほどのプレッシャーになるのは必然みたいなもんで。


 そして息子のために立派に役をやり遂げよう、立派な金日成を演じよう、ここで失敗すれば誰も自分のことなんて見てくれない、という、正に【常に自分と違う誰かの役割を求められる状況】にソングンはなっていて。


 結果プライベートでも自分のことを金主席と思い込んでしまう(息子のことは正日と思い込んでしまう)という、悲しすぎる手段の目的化が起こってしまうわけです。22年が経過した後半では、そんな偽金主席と化したソングンを唯一個人として見ていた息子・テシクの哀愁がテーマとなっています。


 


 でも偽金主席だったソングンが、22年越しのプロジェクトで立派に金日成を演じきった後で、自分が何のために金主席を演じていたのかを思い出すように、かつて飛ばして息子をガッカリさせたリア王の台詞をしゃべくりまわす場面はベタながら泣けるクライマックスでした。「私を知る者はおらぬか?」「教えてくれ、私は誰だ?」と、彼自身の人生とかかっている台詞なんですよね。




【好きなシーン】


 前半の主人公がわりと陰惨な拷問食らってるのにコメディっぽいリズムで話が進むのが、流れ上仕方ないとはいえすごい不謹慎な香りがして悪い笑いが出ました。


隣の部屋で喘ぎ声が聞こえてくる、みたいなノリで作戦室の隣からおそらく拷問の悲鳴が聞こえてくる場面も然り。

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