第15話
数日後、苺夏がアヤメを病院に連れて行くこととなったが、、、。
数日後、苺夏がアヤメを病院に連れて行った所、診断結果は認知症とのことだった。苺夏が俺に、認知症という病のことを話した。
認知症とは、人によって、症状は様々だということは前提で、その中でも、アヤメの認知症の症状はこういったものだった。
遠い昔のことは覚えているのに、ついさっき話していたことは忘れてしまったり、だからと言って、アヤメの周りにいる者(この場合では俺や苺夏)が、その話さっきもしたよ、などと言い、当事者であるアヤメが呆けているということを自覚させてしまうと、今度は、自分がおかしなことを言っていると思い始めてしまい、個人差もあるが、次は、うつ病を併発する場合もあるということだった。その後、人にも寄るが、認知症が悪化していくと、他人に対して、攻撃的になったり、異様な言動に走ってしまうということもあるとのことだった。
俺は、その話を聞いて動揺してしまったが、それを話した後に、俺を不安にさせまいと、苺夏は言葉を一言添えてくれたのだった。
『大丈夫よ、パパ。私も来れる日は来たり、助けになっていくから、心配しないでね。』
『分かったよ。苺夏、ありがとう。』
それから、苺夏の助けもあり、アヤメと生活をしていくことにも徐々に慣れていったものの、アヤメの症状は酷くなる一方だった。
そんなある日の昼下がりに、いつもと何も変わり映えのない日にそれは起こった。
『あなた、お腹すいたわ、お昼にしましょう。』
しかし、既に昼食は済んでいた為、俺は、いつも通りアヤメにこう返すのだった。
『悪いな、もう少しだから、待っていてくれないか。』
『分かったわ。』
その会話が終わった数分後、アヤメは、また同じ話を俺にしてくるのだった。
『あなた、お腹が空いたわ、お昼にしましょう。』
俺はその時、疲れてしまっていたのか、眠りの浅瀬にいた所だった。いつもであれば、冷静に返せるはずだったが、この日だけは違っており、一旦聞こえないフリをしてしまった。
『ねぇ、あなた、聞いているの?!私はご飯が食べたいの!』
俺は、大きな声を出すアヤメに対して、カッとなって、思わず怒鳴りつけてしまった。
『もうやめてくれ!いいか!君はさっき、お昼ご飯を食べたんだ!』
『私は食べていない!なんでそんな嘘をつくの?』
『もういい加減にしてく、、れ、、』
俺は、アヤメに言い返そうとした瞬間、うまく喋れなくなってしまい、体もうまく動かすこともできず、数分後、そのまま気を失ってしまった。
それからどのくらい時間が経ったのかは分からないが、目を覚ますと、俺は、病院のベッドの上にいた。
そして、目の前には苺夏がいた。
『パパ、目を覚ましたのね!すぐに先生を呼ぶわ!』
少しすると医師が来て、診察をし、俺の病状について話をしたのだった。
『矢中さん、あなたは脳梗塞になり、自宅で倒れ、それをたまたま訪ねた娘さんが発見をし、病院に搬送されました。ただ、発見が早かったのもあり、後遺症は多少残るものの、リハビリをしっかりと行っていけば、回復の可能性もみられますので、まずは、リハビリをやっていきましょう。』
医師は、そう言って勇気づけてくれた。
そして、俺は自分が倒れた後、アヤメがどうしているのかが気になって聞こうとしたが、質問をする前に苺夏が言った。
『ママのことは心配しないで、私に任せてね。パパは、今は自分の身体の事だけを考えてね。』
苺夏がそう言ってくれ、俺は申し訳なさと、感謝の気持ちでいっぱいになった。
それから、俺のリハビリ生活が始まった。
俺は、元の世界で、入院は愚か、リハビリなどしたこともなかった。それもあって、その後の入院生活とリハビリは人生初であって、想像を絶する辛さだった。
発見が早かったといえど、食事の際に、箸をうまく使うことも出来ない、歩く足も思うように進まず、歩行器などを使って少し歩くだけで、もの凄い体力を消耗した。
そして何より、その体になって感じたことは、他人の手を借りないと生活ができないということだった。
それまでの人生で、行きたい所があれば、自分の足で行きたい場所へ行き、やりたいことがあれば、なんでも出来たのに、一つ一つ、何かをする度に誰かの手を借りなければいけない生活になるなんて
、想像すらしたこともなかった。それが最初は、もの凄く悔しく惨めに思えて、それがもの凄く辛かった。たが、ある日のこと、いつものようにリハビリをしていた時に、一人の介護士が俺に言ったのだった。
『矢中さん、いつも申し訳なさそうに、『すいません』って私に言いますけど、矢中さんが良くなるためなら、私に頼ることは、全く申し訳ないことじゃないです。病は気からと言いますし、一日も早く元気になるためには、気持ちも前を向いていることが大切だと私は思うんです。だから、今度からはすいませんじゃなくて、『ありがとう』って言ってくださいね!』
俺は、その一言でどこか気持ちが、すっと楽になった気がして、それから、充分にリハビリに励むことが出来たのだった。
それから三ヶ月後、俺は、素早い動きこそ出来ないものの、身の回りのことは、一通り出来るようになり、退院して自宅に帰ることとなった。
退院の日、病院に、苺夏とアヤメが俺を迎えに来てくれた。アヤメは、俺が退院した事による喜びか、久しぶりに顔を合わせた喜びでかは分からなかったが、顔を合わせるなり、涙を浮かべて喜んだのだった。
その日俺は、入院の間、苺夏に沢山迷惑をかけてしまったという思いもあったが、その気持ちとはまた別に、アヤメとまた二人きりで生活をしたいという気持ちがあった。苺夏は、俺たちと暮らすことを望んでいると話してくれたものの、俺の中で、もう一度、苺夏と二人で暮らしていくという選択をとりたかったのだった。苺夏としっかりと向き合うチャンスが俺は欲しかったのだ。その胸の内を話すと、苺夏は、それを了承したと同時に、何かあったら、すぐに連絡することを条件に、俺とアヤメがまた二人きりで暮らすことを許したのだった。その後、そんな話をしたものの、苺夏は頻繁に少しの時間でも、我が家を訪れるのだった。
そんな日々の中、近所のスーパーに一人で買い物に出かけた時のことだった。
買い物カゴに買うものを入れ、レジに並び会計の際に、お金を支払う為、お金を出そうとしていたが、病の後遺症もあり、うまく思うように財布からお金を出せずにいた。
すると、後ろに並んでいた客が文句を言い始めた。
『おいおい、早くしてくれよ!急いでるんだー!』
俺は、悪いと思ってはいるが、うまくお金を出せずにどうにもならずにいるのに、そんな口調で文句を言われたことによる腹立たしさと、思うように動かせない手に、苛立ちを覚えながら、やっとの思いで、お金を出し、会計を終えることが出来た。
そんなやり場のない中、帰宅すると、アヤメが、ソファーで気持ち良さそうに眠っていた。俺は、その寝顔を見てホッとした気持ちがあったが、やはりやり場がなく、自分の部屋に行き、一人物思いに更けていると、ケータイ電話の着信音が聞こえてきたのだった。とても久しぶりに聞いた気がしたその着信音は、この世界に俺を連れてきた、あの不思議なケータイ電話の着信音だった。
久しぶりに鳴ったあのケータイ電話。
やりきれない日常を送る、雄馬の元にかかってきた電話だったが、、一体?!




