なんでダメなの?
午前中、地元の大学で助教授をしているという環境学の専門の先生から講義を受けた後、施設で用意してくれた弁当を持って、バスで鏡が原へ行く。 途中まではバスだかその後結構歩かなくてはいけないらしい。
もちろんバスの乗り口には水本が立っていてくじを引かせる。昨日ほどではないけれど、誰が隣になるんだろうとそわそわする。
引いた番号通りに椅子を探すと、隣の窓際には先にコバシが座っていた。
「よう」と言ってくれる。
ウエダの友達だ。
コバシは意味ありげに私を見て、少し笑って、そして何も言わない。そして私たちの前はなんと!ウエダとカリヤさんだった。
すごいな昨日からカリヤさんのくじ運。
…運命的なものを、なぜか私が感じてしまう。
ウエダは椅子にかける前に私と目が合った。それなのに、ウエダもやっぱり何も言わない。
「どうしてなのかな…」カリヤさん恐ろしく残念で悲しくてならない、といった口調で言う。「こんなにウエダ君の隣ばっかでほんとに運命としか思えないのに、なんでウエダ君はジュンちゃんが好きなんだろう…」
ちょっと待てカリヤさん。なぜそれを今、口に出して言う。
そしてまた無言のウエダ。
後ろがタケノシタ君とユリちゃんなんだけど…
コバシが我慢しきれない、と言った感じで私にコソっと言ってきた。
「すげぇな、どうする?前、カリヤとウエダなんだけど」
「…」どうもしないよコバシ。
私に振るな、と思うのにコバシはなおも面白がってる感じで言ってくる。
「なんかアレじゃん。カリヤってウエダがカミバヤシ好きなのに、それでもウエダに何回も告ってるっていうか…」
しっ、と私は厳しい顔をして口に人差し指を当ててみせた。
すぐ前に二人ともいるのに何言い出してんだコバシ。それにカリヤさんの事をそんな風に女子が言うのはまだ良いような気がするけれど、男子が言うのはなんとなく、ほっといてあげて!と思ってしまう。
女子の微妙な心だよね。
「ウエダに変わってやりたいとこなんだけどな」
私が静かにしろとジェスチャーで伝えにも関わらず、コバシはなおも言ってくる。
コバシとは、ウエダの事をからかわれた以外あまり話した事はなかったが、ヤスカワも入れてウエダ達は3人でいる事が多い。ヤスカワもコバシもサッカー部、特に目立つわけではないが、地味なわけでもなく、ごく普通。良い子過ぎるわけでもなく、悪い子なわけでもなく、ウエダの事ではからかわれたけれど、比較的きちんとしてる子たちだと思う。ウエダが一緒にいるから、少し目立って見えるのかもしれない。
「おまえさ、」とコバシが私の耳元に寄って言う。「なんでウエダはダメなの?」
「…」ちょっとコバシを睨んでしまう。
「なぁ」と私の答えを催促するコバシ。
「…ダメとか…そんな風には思ってないけど…」
ウエダ関連の事で話しかけるの止めて欲しい。
「おまえってさ、全体を通してはっきりしないヤツだよな?」
はぁ!?と思ったが、その通りだよね。まぁ全然親しくもないコバシに言われるとイラっとくるけど。
「普通、喜ばねぇ?ウエダ結構モテるじゃん。好かれて嬉しくねぇの?」
「…」
嬉しいは嬉しいけど…
「あ~~オレでもたまにカッコいいなって思うけどな、ウエダの事」
ふざけてるのか、本気なのか分からない顔でコバシが言ったと思ったら、がばっと前の席のウエダが後ろを振り返りながら立ち上がり、「お前…黙れ」とコバシに言った。
ハハハ、とコバシが笑う。「まぁまぁまぁまぁ」
「まぁまぁじゃねって」とウエダ。「余計な事喋んなくていいから」
「そう?」
とぼけた感じでコバシがそう言うとコバシをまた睨んでからウエダはしぶしぶといった感じで腰かけた。
バスが出発する。
鏡が原町には温泉施設もあるので何度か家族で来た事もあったし、鏡が原にも小学校高学年の時に来た事はあった。
鏡が原は本当にただっ広い草はらだ。私が家族でここに来た時は曇り空で、「晴れた日にここに来たら」とお父さんに残念そうに言われたのを覚えている。お父さんは曇り空を見つめながら言った。
「なんていうのかな…なんか自分がすごく小さくなったような感じがするんだよ。そういうのって怖いような気もするだろう?でも違うんだよな。なんかいろんなことで悩んでたのなんて小さくて本当にどうでもいいことだったんだって思えるような感じになるんだよ」
私は動き始めたバスの中、後ろのタケノシタ君を少し心配する。
昨日も少し気分が悪くなったって言ってたし、大丈夫だろうか。朝は元気そうだったけど。
「ねぇねぇ」とユリちゃんがタケノシタ君に話しかける声が聞こえてしまう。「前の席ジュンちゃんなのに、その前の席がウエダとカリヤさんなんだけど。なんか運命的に隣になってないあの二人。昨日もずっと隣だったでしょ?」
もう~~ユリちゃん、聞こえてるよ~と思う。
「あ~そうだったかも。オレ、バス酔いしやすいからあんま見てなかった」
よく見てないんだタケノシタ君…
「へ~以外」とユリちゃんが言う。「タケノシタって、どこでも普通にちゃんといろんな事を難なくこなせるからバスとかも全然酔わなさそうなのに」
「それとこれとは関係ないよね?」とタケノシタ君。「それにそんな事全然ないって。オレはほんとダメなやつなんだって。バスのこの臭いと、この椅子と椅子との狭い空間がもうなんかダメ…なぁカミバヤシ!」
急に振られてドキンとする。
「昨日くれたミントのタブレット残ってない?」
「あるよ」急いで足元のリュックをあせる私だ。
タブレットをユリちゃんにもあげて、コバシも欲しいというので上げる。
「そう言えばさ」とユリちゃん。「タケノシタって他校に彼女いるんだったよね。うちスマホ禁止じゃん。この合宿の間、彼女寂しいんじゃない?」
「…」無言のタケノシタ君。
私も心の中で無言のタケノシタ君と同調した。「…」だ。ユリちゃん、その話は止めてあげて。
「『すぐ返事欲しい~~~』とかさ。女子って言うじゃん」とさらにユリちゃんは聞く。
「あ~うんまぁ…ね!いろいろだよいろいろ」
タケノシタ君どうした…ごまかすの下手くそだな。
「…ふ~~ん」
これまたはっきりしないユリちゃんの相槌。
「なぁなぁ」とコバシ。「カミバヤシは鏡が原…だっけ?行った事あんの?」
「あるよ。コバシ君はないの?」
「ねぇな。オレ、福岡から転校して来たから中学3年の時」
そうなんだ…
「私!」とカリヤさんが言うのが聞こえた。もちろんウエダに話しかけているのだ。
ウエダが返事をしない。
「ねぇ!ウエダ君!」もう一度カリヤさんが呼ぶ。
「…何?」今度はウエダの返事が聞こえる。
良かった無視するかと思ったよウエダ。なんだか聞いてる私がドキドキするんだけど…
「私…鏡が原歩くのって、ウエダ君と歩きたかった」
ちょっとしょぼくれた感を出して言うカリヤさん。
うわ~~。




