雷
辺りがしん、とした。
怖い。
「こういう時こそ」と施設長が言う。「下手に騒いだり、やみくもに動いたりするのは本当に良くありません。はい、今は手を伸ばさないで。耳をすまし、感覚を研ぎ澄ませ、意識を集中してごらん?さっきまで、あの明るかった時にいた自分の周りにいた人たちの様子を思い出して、その人たちの気配を感じてごらん?」
すぐそばにみんないるはずなのに誰の声も聞こえない。
一つの灯りもない本当の真っ暗闇の中、大広間の空気まで変わったように感じる。なんというか、人と人との感覚が広がってしまったような…
今手を伸ばすなと言われたけど伸ばしてみたい。ユリちゃんのいる方へ。ユリちゃん、て声をかけながら。
…本当に結構すぐそばにいるはずなのに誰の動く音も聞こえない。
施設長の言ったとおりにみな、黙りこくって周りの気配を感じる事に意識を集中しているのだろうか。
…手を伸ばしても誰にも手が届かなかったら怖いな。
呼んでも誰も返事をしてくれなかったら…
が、とたんにピカっとまた稲妻が光った。
いる。
良かったみんながいる。…良かった。
良かった。今みんなと一緒で。
今一人じゃなくて良かった。
ピカッともう一度。
…その一瞬にウエダと目が合った。すぐ左斜め前にいたウエダがこっちを見て軽くうなずくのが一瞬見えたのだ。
そしてまた真っ暗。
ザアザアと建物の中にまで聞こえる雨の音。…ウエダが私の事を見てくれた…確認するようにうなずいてくれた…
ピカッ!!
また一瞬見えたウエダがパッと手を伸ばしてくるのが見えた。
私の方へ。
そしてまたすぐ真っ暗になったが私の左手は握られていた。ウエダの伸ばして来た手で。
わ~~~、と思う。
私、ウエダに手を繋がれてる…。
暗いから?私が怖がってると思って?
…え?誰かと間違えてるとかじゃないよね。だってさっき私と目が合った。
「ウエダ君」とカリヤさんがウエダを呼ぶ声。「あれ?ウエダ君さっき居た場所にいない」
あ~~と思う。私の手を繋いでくれるためにちょっと移動したもんね…
ここで急に停電が終わってみんなに手を繋いでいるのがばれたらどうするんだろう、と考える。それを見られてカリヤさんに騒がれたら困る。
…困るけどそれは恥ずかしいからだ。イヤだからじゃない。
強くもなく、緩くもなく、私の手を握るウエダの手。
…どうしよう。…今手を繋がれてる事をイヤだとか、私、全然思っていない…
それは暗いから?ちょっと怖いところへ繋いできてくれたから?
私の事を気になってるって言ってくれたウエダが繋いできてくれたからだ。
びっくりしたけど、私は今嬉しいと思ってる…
「じゃあみなさん」と暗闇の前の方から施設長の声。
マイクを通さない直の声だ。「ゆっくりと立ち上がってみましょうか。せっかく停電なんでね。停電の中動くことがどれだけ不安かっていうのを把握しておく良い機会です。ゆっくり、周りの人にぶつからないように気をつけて」
きゃっ、とか、うわっ、とか、ごめん、とか周りで聞こえる。
ウエダの手は私の手を握ったまま。そのままぐいっと私の腕が伸びた。そして引っ張られて立ち上がさせられる。
ウエダが先に立ち上がって私を引っ張ってくれたのだ。
「みんな立ちましたか?」
施設長が確認するが誰も返事をしない。
「立ちましたかって」と施設長。「今はちゃんと返事してください」
はい、とやっとみんな口々に、少し不安げに返事をする。
「はいはい。じゃあね、今度はみんな両手をゆぅっくりと伸ばしてみます。急にのばしたらダメですよ?勢いよく腕がぶつかったら危ないからね。ゆぅっくり。いいですか?それでもし、誰かの手や体に手が触れても声を出さないように、触れられた方も声を出さないように…今手を繋いでた男の子と女の子もね、ちょっと手を離してやってみて?」
ドキッとした。そして周りが少しざわつく。
私たち以外にも手を繋いでる子たちがいるって事?それとも私たちって事?そもそもあんな一瞬の光で施設長はそれが見えたんだろうか。私たちをただからかって言っているだけだろうか…
でもだ。ウエダの手が私から離れない。
え?と思う。このまま繋いどくつもり?無理矢理振りほどいてもいいものだろうか?…どうしよう…そんな事したらウエダは傷つくかな…私が怖がってるって思って握ってくれたわけだし…
それに…それにウエダは私を好きでいてくれてるから手を繋いでくれたんだよね。
私が怖がっているからだけじゃなくて、私の事が好きだから。だって怖がってるっていうならカリヤさんだってウエダを呼んでたし。
「はい、じゃあ腕伸ばしてね~~~」と施設長。
ウエダに繋がれている左手がゆっくりと持ち上がる。
このまま?繋いどくの?
「はい、ゆぅっくりですよ~~~」
施設長に再度促され、ウエダの手を繋がっている左手のように、私はゆっくりと右手を真横に伸ばしす。
「やだ…」と近くでうめくようなカリヤさんの声。
ごめんカリヤさん。カリヤさんのそんな声を聞いてもウエダの手をふりほどけないでいる。
せっかく繋いでくれたから。それに…
パッと手を伸ばしてきてくれた時、嬉しいと感じたから。
確かに嬉しいとっ感じたのだ。昼の散策で雨宿りした木の陰で、手を引っ張られた時のちょっと困った感じとは違って、この暗闇の中、手を伸ばしてくれた瞬間、私は確かに嬉しいと感じた。
私の右手の指先が誰かのシャツに触れた。そして誰かの手が私の肩甲骨の辺りに触れてビクッとした。
施設長に声を出すなと言われたが、あちこちで声が、それでも控え目な押しきれなかった声が聞こえた。
誰だろう。私の指が触った人は。そして私の背中を触った人は。うちの班か、すぐ隣にいた班の…
ピカッと稲光がして私が触れたのがタケノシタ君だとわかる。そして私の背中を触った人を見ようと振り返ったのに、また暗闇。遅れて雷の音だ。
「はいじゃあ手をおろしましょう。手を繋いでいる人は離して」
施設長に言われてまたドキッとする。
「もう停電もきっと終わりますから」
そうなの?良かった。
思ったとたんにウエダの手が離れた。
少しずつ稲光の間隔があき始め、カミナリの音も小さく、離れて行くのがわかる。
そしてパッと電気が付いた。




