施設長の予報
別棟の調理場は予想以上に広かった。広かった、というか細長かった。
宿泊施設の裏にあったのだが、こんな大人数、どうやって器具が用意されているんだろうという私たちの不安は渡り廊下で別棟に移ると、よくこんな建物を山の中につくったな、という思いに変わった。
建物はコの字になった細長い、渡り廊下がずっと続いているような感じの建物で、そこに等間隔に調理台が並んでいる。それが40台あったので、6クラス6班ずつある私たちの学年研修も余裕で調理台が間に合った。壁には換気扇も5メートルおきくらいにちゃんと取り付けてあった。
班ごとに別れると、あらかじめ説明を受けていた班長のタケノシタ君が細かい説明をしてくれる。
ごめん、タケノシタ君。私がバラしたわけじゃないんだけど、みんなにメモの事、ほぼ内容までバレてたよ…
ちらっとタケノシタ君が私を見たのでドキッとする。
いや、何も深い意味はないと思うけど。私だけじゃなくて、説明しながら班の全員見てくれてるんだと思うけど。
タケノシタ君はこれからの作業の流れを説明しながら、てきぱきと6人の仕事の分担も振り分けていく。やっぱりこういうみんなをうまくまとめる仕事が向いているんだね。
ザワザワガヤガヤ、そして道具や器具を使っての作業であたりが一気にうるさくなる。
献立はこういう合宿の定番、カレーとサラダ、施設で用意してくれた果物。本当はハンゴウで米も炊く予定だったが中の作業に変わったので普通に炊飯電子ジャーで炊く。
「だりぃ」とか「めんどくせ~」とか「誰か代表でつくった方がうまいの出来んじゃね?」みたいな会話も聞こえたが、だんだんとみんなきちんと作業に取り組み、辺りに野菜や肉を炒め煮る良いにおいが立ち込めてくる。
意外。
意外にウエダが器用に野菜をむいたり切ったり。そして意外に皮をむくのも野菜を切るのも下手くそなハセガワ君。タケノシタ君は普通。私たち女子3人も普通。
器用なウエダの指と結構真面目な顔をうっとりと眺めるカリヤさん。
「なんか幸せだな~」とカリヤさん。「ウエダ君のつくったカレー食べられるなんて超幸せ」
手を止めることなく「みんなでつくってる」と言うウエダ。
「でも幸せ~~」と負けないカリヤさんだ。
ポジティブだな!
けれど本当にすいすいとリンゴの皮をむくウエダの指先は綺麗だ。
今『好きな人設定』なんてバカな事をまだしていたら、うっかり今日の好きな人に選んでしまいそうなくらい…
「カミバヤシ!」とウエダに言われてビクッとする。
バカな事考えてた!
「悪い、これ洗っといて」ウエダにボールを渡される。
出来あがったカレーは美味しかった。
合宿の調理にありがちな、ちょっと水が多くて味が薄いとか、どろっとし過ぎとか、塩入れ過ぎとか、米が丸焦げとか、そういう事は全くなく、まぁ炊飯ジャーを使ってるから綺麗に炊けるのは当たり前なんだろうけど、出来過ぎの感があるくらいの全くの美味しい夕食だった。
なんだったらうちでお母さんが作るカレーより美味しかったかも…。
「おいしいウエダ君!」と本当に嬉しそうに言うカリヤさんに、うんうん、良かったね、と言って上げたくなるくらい作業の途中も楽しかったし、美味しかった。
そして今は各自入浴を済ませ、入浴といっても個室のシャワーを浴びるだけだったけど、すっきりして1階の大広間で全体集会。少し小さめの体育館といった感じで、私たちはそこへクラスごと、さらに班ごとに固まって腰を下ろす。
新鮮だ。ちょっとソワソワしてる人が多い。風呂上がりで、みんな簡素な私服、それはしおりに書いてあった、派手でない長袖もしくは半袖のTシャツとトレーニングパンツ姿。
もともと校則がキツい学校だから、派手にセットした髪型の人はいないのだけれど、普段少しワックスで髪を整えてる子たちも弱冠まだ乾ききっていない髪をそのままにして、ちょっと無防備な幼い感じ。いかにも風呂上がりって感じだ。隣のユリちゃんからも髪の毛を洗った良い匂いがする。
「はいはい良かったです」と施設長。「雷が鳴り始める前にお風呂まで終わってね」
本当に今から雷が鳴るんだろうか。雨脚も弱まっているような感じだけど…
施設長が鏡が原町の由来を説明し始めた。
この施設のある山の頂上にただっ広い野原あって、そこを鏡が原というのだが、その名前の由来は月夜の晩に、その広い野原が月光を浴びて巨大な鏡のように見えるらからで、それが町の名前にもなったのだ言う事だった。
その話は前にも聞いた事があった。古代から祭祀の場としてあがめられたとか、小学校の社会でも教わったし、UFOが来たとか見たとかテレビに取り上げられた事もあったし、結構県内外でも有名なパワースポットなのだ。
明日は午前中講義を受けた後、バスで行けるところまで山に登り、その後歩いて鏡が原に向かうのだ。
と、突然ピカッと稲光がしたかと思ったら、ドンっっ!!と直後に雷の音。
ほぼ全員がいっせいに「うわっっ!」と叫ぶ。
「やっぱ来たね~~」とちょっと嬉しそうな施設長だ。
施設長はそのまま嬉しそうに、過去の他校の合宿でも失敗談も面白可笑しく含めながらの鏡が原町の説明と、この施設の周りの森や史跡の説明を続けるが、その合間にも稲光と雷は続く。少し遠くなったと思ったらまた近くで。
みんなその度に声を上げ、背を丸める。
「ヤダ怖い~~」カリヤさんがウエダに向かって言うのはもうわかってたからね。
そして施設長が話を止めて少し天井を見つめた時だ。
パタッと電気が消えた。
「きゃっ!」「おおっ!」「ふわ~~」とあちこちで声がするが真っ暗。
「やだウエダ君~~」と近くでウエダを呼ぶカリヤさんの声。
「すごいね合宿で停電とか」とタケノシタ君の声。
「まっくら!」とユリちゃん。
本当に真っ暗なのだ。本物の闇。
大広間の端にあったはずの非常口の明かりも消えているし、その蛍光の印も全く光っていない。
何もない真っ暗だ。隣のユリちゃんも見えない。私の、自分の手さえ見えない。
「ひゃ~~」とか「こえ~~」とかまだ他の子の声が聞こえるから良いけれど、こんな本物の真っ暗さは経験した事がなかった。
「あ~先生方」と施設長の声がする。「このまましばらくおいときましょう。こういう経験も大事です。懐中電灯とか探さなくていいですから」
またそこで生徒がざわめくが、先生たちは納得してしまったのか灯りは付かない。
「みなさん、よく見てごらん」と施設長が言う。「周りを」
そんな事言われても周りには何にも見えない。隣にいるはずのユリちゃんの顔も見えないのだ。ちょっと手を伸ばして触ってみたい感じがする。
「ね?」と施設長。「そこにじっとして周りを見ても、目を開けているのか瞑っているのかもわからなくなってくるでしょう?本当に隣にいた人が今もいるかどうかも」




