一仕事終える
「じゃあオレってただの付添みたいな感じで呼ばれただけなんですね」とタケノシタ君が鏡の中の水本に聞く。
「ジュンだけじゃやっぱまずいでしょ?田代先生いるって言ってたけどいない時も多いし、実際いないから今。ほら、怪しまれるじゃん。独身のまぁまぁイケメンの教師と女子生徒がこんなところで二人きりって。ジュンもタケノシタがいたら安心するかなと思って。他の男子はうるさすぎたり関心無さ過ぎたり、あからさまに嫌がったり、結局言いふらしたりな、するからな。なぁジュン?」
そうですね、って言っていいのか?
「先生」と私は言った。
「何?」
振り向こうとする水本の頭を、ハサミを持っていない左手でガシッと押さえる。
「あんましゃべんないでいてもらえますか?微妙に頭揺れるんで」
「あ…あぁごめん」
「ハハハ」とタケノシタ君が急に大きな声で笑ったのでビクッとしてちょっと切らなくてもいい所を切ってしまったけれど、その事は言わない。鏡を通して見るウエダとアキラが、相変わらず苦々しい顔をしているけれど関係ない。
ソイソイソイソイ、サクサクサクサク…、ソイソイサクサク…
私は無心でハサミを動かす。
「はい、できました」
私ができました、と言う少し前からタケノシタ君が切り落として散らばった髪をホウキで掃いてくれていた。
さすがタケノシタ君。
やっぱりタケノシタ君と私だけで良かったんだよ。そうしたらたぶん、もう少し早く終わってたと思うし。
「すごいなカミバヤシ!」水本よりも先にタケノシタ君が笑顔で私の仕事を褒めてくれる。
ちょっと照れる私だ。近くで見たら細かい所が変だけど、少し離れてみたらまぁまぁまとまって見える。
タケノシタ君のも切って上げたいかも。帰ってからゆっくり妄想してみよう。
「私のも切って」とアキラが憮然とした口調で言った。「今からうちに寄って切って」
はいはい、と心の中で思う。女王か。無理だから。
「女の子はやんないよ。男の子だって自分よりちっちゃい子しかやったことなかったもん。大人は無理。女の子は絶対無理。すごくきちんとは切れないんだって。先生も次はちゃんと美容院行ってください」
「いいよそれでも」とアキラが言う。「私もジュンに切って欲しい」
「だめ」結構強めに言ってみる。「アキラせっかく綺麗なのに、髪だけ変な風になったらヤバいじゃん、ね?」
「なんかカミバヤシってさ」タケノシタ君が言う。「あんまり何にも自分からはやらなくて、どっちかっつったら受け身な感じなのかと思ってたらそうでもないよね。ちゃんとはっきりするとこはしてるし」
やったタケノシタ君にまた褒められた!
「そいで面白い」タケノシタ君が付け加えたので少しビミョー。
私は『面白い』って言われるのは全然嫌じゃないけど、タケノシタ君も良い意味で言ってくれてるのかな?言ってくれてるよね?
だからやっぱ嬉しい。タケノシタ君にお礼のつもりでニッコリ笑うとタケノシタ君もニッコリ笑い返してくれた。
「な?」と水本が言ったのはウエダに対してだった。「お前が最初から素直に来ておけば良かったろ?もっと素直になんないと。ウエダ君は素直じゃないからねぇ」
「お前に言われたくない。し、だいたいお前のせいじゃん、こんな感じになってんの」
「次、お前って言ったら制裁を加える」
「お前ほんと余計な事ばっかするよな?」
「はいまた言った~~」
「うるせぇよ。オレにかまうなよ」
「かまうよ」ちょっと優しい声の水本。「オレはお前に幸せになって欲しい。みんなに幸せになって欲しい」
「じゃあ余計な事するな。ほんと今日だけだからな。もう絶対カミバヤシに切らさせねぇから」
「いやぁ」と水本が言う。「ジュン、結構うまかったからねぇ。…ウエダも切ってもらえばいいじゃん、ジュンに」
「…」
「ほらほら、頼んでみなよユウ…じゃなかったウエダ」
「…」
返事をしなかったウエダの顔が赤い。
「それはそうと明後日からの合宿の準備は出来てんのか?」水本が急に声のトーンを変え担任らしい感じに戻る。「楽しみだろう?」
「ここ同じ班なんですよ」とタケノシタ君が、私とウエダと自分を指して言う。
「そっかそっか」とにこにこ顔の水本。
やっぱ今日タケノシタ君を引き止めて大正解だった!
タケノシタ君がいなかったらただギスギスした感じのまま、水本の髪はそのままで帰る事になったかもしれない。




