選んで良かった
むかしからなの?そんなに伸びるの?
そうなのだ。先週確かに水本の髪が短くなっているのを見た。あの時に比べたら5センチは伸びてるような…そんな事ってある?
「1か月にどれくらい伸びるんですか?」私のまともな質問だ。
が、それを聞いたタケノシタ君がケラケラと笑って、それをウエダとアキラが睨む。
まともな質問したでしょう!?
「なんかいいわ、カミバヤシ!」とタケノシタ君が言った。「妙な感じでほんわかしてるな!」
タケノシタ君に妙な感じって言われた!
「ジュンは」とアキラが言う。「いつもすごくいいの。すごく可愛いし。でも妙な感じじゃないから」
「あ?あぁごめん」とタケノシタ君。
恥ずかしい!と思ってアキラを睨むと睨み返されて気弱な私は目を反らしてしまった。
「あ~~」と水本が言う。「お前が最初から素直に来てたらな」
水本はウエダに言ったのだ。
「オレを睨むなって」と水本がウエダに言うが、ウエダは何も言わない。
「だってほんとに先週からしたら伸びてるから」
私は、ほんわかしてると言ってくれたタケノシタ君に言い訳するように付け足した。
「だろ?」と水本が少し得意げに言う。「ストレスがあるとな、結構伸びるの早い」
が、ウエダが吐き捨てるように言った。「お前に何のストレスがあんだよ」
「お前って言うなつったろ、わかんねぇの?お前こそなんで来てんの?」
水本がウエダの言い草にキレた。「最初で来ないつったくせに」
「そしたらお前がわざとらしくカミバヤシ呼ぶからだろ」
「お前やっぱもうジュンて呼べない感じなの?」
ウエダに対してあからさまに同情した感じで言う水本。
ちっ!と大きく舌打ちするウエダ。
「もうホラ、」とアキラが私に言う。「ウエダがやるって言ってんじゃん。帰ろ」
めんどくさいなぁ、と私は思う。ウエダとアキラがごちゃごちゃ言うのが。水本はもうケープを巻いて切ってもらう気満々なのに。こんな姿の担任を、その担任に冷たいウエダと一緒に置いて帰るなんて出来ないよ。
「ちょっとおかしくなっても良いんですよね?」
私が聞くと水本はぱぁっと明るい顔になった。
「ありがとジュン!ジュンならごちゃごちゃ言わずに切ってくれると思ってた」
嬉しそうにそう言う水本をどういうわけかちょっと可愛いと思ってしまう。近くの椅子をいそいそと取って鏡の前に腰かけた水本に私は近寄る。
「「ちょっと!」」アキラとウエダだ。
めんどくさいな、この二人。私が切るって言ってるんだからいいじゃん。 そりゃあちょくちょくこんな事頼まれたら嫌だけど、1回くらい切ってみたいのも本当だ。それに、ここは素直に切ってあげるのがこの場を収めて早く帰る唯一の方法だと思うけど。
他の先生に頼まれたら絶対嫌だけど、水本のだったらそんなに嫌じゃない。
「すぐ終わるから」と言う私にタケノシタ君だけがにっこりと笑ってくれた。
水本があらかじめ用意していた霧吹きで自分の髪をぬらす。水本の首は思ったより細かったし、髪の毛もほんの少し赤茶っぽくてサラサラしていた。
まんべんなく濡らした所へ櫛を入れてあらかじめの形を整えてみる。
「なんか手慣れてるね」水本が嬉しそうに言った。
「私、従兄弟の男の子のも何回か切って上げた事があるんです」
「マジで!?」
鏡の中の水本がキラキラと目を輝かせた。「すごいじゃん、ジュン」
「散髪に行きたくないって泣きわめいて、おばちゃんが困ってたから」
「やっぱ良かったわ~ジュンに頼んで。これからも…」
「「今日だけだから!」」アキラとウエダが声を合わせて断言した。
さくさくと小気味よく、髪の量をまず全体的に少しずつ減らすようにすきバサミを入れていく。
「おぉ? ジュンうまいじゃ~~ん」鏡越しに水本が感嘆した。「ほんと頼んで正解だったわ」
「なんかいいねぇ」とタケノシタ君も言ってくれる。「オレも小学ずっと母さんに切ってもらってたから、床屋も美容院もなんか苦手なんだよね。オレのも切って欲しいくらいだよ」
ほんとに!?ちょっと手を止めてタケノシタ君を見てしまった。
でもウエダとアキラが一緒に「「ダメだから!」」と言う。
「あ、…あぁごめん」と謝るタケノシタ君。
謝る必要なんかないのに。
私はさくっさくっとハサミを入れながら、それが水本のではなくタケノシタ君の襟足であると想像する。
…なんか…それ、すごくいいかも!でもダメだ今考えたら。手が遅くなる。帰ってからゆっくり妄想してみよう。




