何をさせる気?
…あの鏡はなんだろう。
「あの鏡、なんですか?」タケノシタ君が聞いてくれた。
「田代先生が特別に発注して作ったやつ。あれ、広げると6メートルくらいになるからね。扇形の孤の形にして田代先生たちダンスの練習すんだよここで」
女子の保健体育担当の田代ミカはたぶん24,5歳だと思うんだけど身長が190センチ近くあってアメフトの選手みたいにガタイが良い。それでどういうわけか結構長めの髪はいつも耳の脇で高めのツインテール、そしてジャージはいつも上下オレンジ色。
私はそのオレンジジャージの田代ミカがダンスをする様を思い浮かべた。
「すごいよ」と水本が言った。「もうほんと、すんごいからね田代先生たち」
先生たち?
「先生たち…って」とタケノシタ君。「あとどの先生が踊ったりするんですか?」
良かったやっぱタケノシタ君いてくれて。
「あ~~隣町の高校で保体の先生をしてる田代先生の双子の姉さん?あれ?妹だったっけ?」
「「「「双子!?」」」」私たち4人は声を合わせて驚いた。
「ほんと本気の瓜二つでさ、クローンみたいに同じ顔してるから。一緒にいるとどっちがどっちか全然わかんないよ。二人でここで練習してんの。全国大会に出れるくらいだから、ほんとすごいよ」
田代ミカみたいな人がもう一人いるって事!?
私は二人の田代ミカが、広げた鏡の前で激しく踊る様子を思い浮かべ直す。
床がドスドスしないのかな。いったい何を踊るんだろう。くるくるくるくる、二人の太いツインテールもくるくるくるくる回って、オレンジ色の光の中、さながら大蛇のように宙を舞うのだ。
「じゃあまぁいいか。はじめてもらおうかな。ウエダ、邪魔しないでよ」
水本が言いながら立ち上がり、近くの机の上に置いていた大きめの青いポーチを取って鏡の前に移動した。
「水本!」とウエダが言う。「オレがやるから」
「いいって。今邪魔しないでって言ったばっかじゃん。それにちゃんと先生って付けなさい」
「オレがやる」
「お前用事あるって言ってたでしょ?帰ったらいいじゃん。オレはジュンにやってもらうから。だいたいお前下手くそだし」
「お前ほんと変態だな」とウエダが言い出したので驚く。
仮にも担任に何を言い出してんだ。そして水本は私に何をさせようとしてんだ?
水本は手に持った青いポーチから、広い半透明のゴミ袋のようなものを取り出して広げる。それはゴミ袋ではなく、ビニルの風呂敷のように広くて…
「「「「…」」」」
それは美容院で髪が服に着かないように被せられるビニルのケープだった。
水本は自らそれを自分の首に巻き、マジックテープでペタリと止める。
…髪の毛!!
私に髪の毛を切らせようっていうのか!
「できないですよ!」とっさに言う私だ。「髪の毛切らせようとしてるんですよね!?」
「当たり~~~」悪びれない水本。「美術が得意な子は髪を切るのもうまいからね」
何を根拠にそんな事言ってんだ水本。
「気持ち悪っ!」アキラが吐き捨てるように言うのをタケノシタ君が笑う。
「はいはい、」としたり顔の水本だ。「イマイがそんな事言うのは予想してたから」
「お前…」ウエダが水本を睨む。「教育委員会に訴える」
「さっきも言ってたけどウエダ」と水本。「先生の事を呼び捨てにしたり『お前』って言うのは止めなさい」
「止めろじゃねぇよ。お前こそカミバヤシにこんな事させるのやめろ。教師のくせに」
「あれ?ウエダ、ジュンの事、苗字で呼んでんの?」
「…」もっと睨むウエダ。
「もうジュンて呼ばないの?」
「…」
「わかった」とアキラが言った。「私が切る」
「いやイマイはいいわ」と水本が苦笑しながら即答した。「お前下手そうだから」
さっきからタケノシタ君が一人笑っている。
「な?ジュン」と水本。「タケノシタと二人で来た方が話早かったろ」
いや、もうなんだろ…ほんとに今から私、担任の髪の毛切らされるのかな。…まぁちょっと面白そうな気はするけど。
が、アキラが「私も」と言った。
「教育委員会とかに電話する。セクハラだよねこれ」
「イマイ!」水本が素直に驚いている。「髪切ってもらうだけだから!」
「ジュンをこんなとこに呼び出して髪切らせるなんて、ほんとあり得ない!」アキラが本気で怒っている。
「待てイマイ」水本が反論する。「ここ、鏡があるから!だからここだから。それにちゃんとタケノシタも一緒に呼んだろ。そこにお前が勝手に加わって、しかも嫌な感じで断ったウエダまで来て騒ぐってどういう事だよ」
アキラが汚いモノを見る目で水本を見る。
「そんな目で見るなって」水本が言った。「先生はな、髪が伸びやすいんだよ。そうそう床屋にも行けないんだって。『また来たの?』みたいな顔をされるし、ビジターで行ったら『前と同じくらいに』とか言えないし。お前もオレくらい髪が伸びてみろ。超めんどくせぇから」
ビニルのケープを巻いたまま力説する水本がちょっとおかしい。
「知らねぇよ」言ったのはウエダだ。「むかしからなんだからもういい加減自分で切れるようになれよ」




