帰らないで
「ウエダ…?」とタケノシタ君が言う。
急に腕を掴まれた私は驚いて固まってしまった。
「ウエダ、どうしたの?」とタケノシタ君が聞く。「今日用事あったんじゃないの?」
そうだよ、それにさっきは女子につかまってたみたいだったし。さっきの子たちと何話したんだろう。タケノシタ君もそれを思い出しているのかちょっと笑っている。でもウエダは笑っていない。
「悪いタケノシタ。やっぱオレが行くから」
「え~~…そうなの?じゃあ…帰る?カミバヤシ」
「いや!」ウエダが慌てたように言った。「カミバヤシはオレと行くから」
ウエダの答えに私もタケノシタ君も一瞬あっけに取られていたが、すぐにタケノシタ君は私とウエダを見比べて「え?」と言う。
「あれ?…なんだやっぱそういう事なの?も~…カミバヤシ~~オレはほんとの事話したのにもう~~」
そういう事ってどういう事!絶対勘違いしてる!
「ほんとの事って何?」ウエダが聞いた。
「「…」」タケノシタ君と目を合わせ無言になってしまう。
だって秘密だもんね!それに今の勘違いを訂正しなきゃ…
「あの、タケノシタ君…」と急いで言いかけるが、それにかぶせてウエダが言った。
「タケノシタ悪い。オレが最初言われた時に行かないっていったせいで悪かったよ」
「そんな事ないよ」タケノシタ君が笑顔で答える。
「だからオレとカミバヤシで行ってくるから」
「んん~~…そっか…まぁ気をきかせてここで帰るのがいいんだとは思うけど、水本に言われたし、一応体育科の控室まで行くわ」
「いいよ」と言うウエダ。
「んん~~…いや、ほんと気がきかないみたいでオレこそ悪いんだけど、オレ、水本苦手なんだよね。だからここは一応行っときたいの。一応行っといてすぐ帰るから。いい?」
さすがにウエダも嫌とは言えない。ていうかウエダこそ帰ればいいじゃん。あんたが行かないって言ったせいで、後の3人行く事になったんだから。
それにせっかくタケノシタ君が私にだけ話してくれた水本苦手な事もウエダに話すはめになったし、一番いやなのはタケノシタ君に余計な誤解をされてる事だ。
嫌だな!タケノシタ君に変な誤解されるの。
「タケノシタ君、帰らないで」とつい言ってしまった。
タケノシタ君もウエダも驚いている。
「あの!」と私はおかしな空気にならないようにと思って慌てて続けた。「アキラはタケノシタ君も来ると思ってるし、タケノシタ君がいてくれた方が用事も早くすみそうだから!…ダメかな」
「いや…」タケノシタ君はウエダをちらっと伺いながら言う。「いた方がいいんならいるけどさ」
「いてくれたら嬉しいんだけど…」
「…わかった。じゃあ残る」
良かった。ウエダが私を睨んでるんだけど、そんなの知らない。
「お前…」ウエダが私に言う。「何、睨んでんの?」
あんたこそ私の事睨んでるじゃん!
私たちと合流したアキラがウエダを見て舌打ちした。
「舌打ちすんな」とウエダが冷たい声で言うと、アキラはもっと冷たい声で言った。
「なんで今さら来てんのよ?あんたが来んなら私たちいらなかったじゃん!結局来るんなら最初から嫌がんなバカか」
思い切り言い過ぎだがその通りだ。
けれどタケノシタ君が微妙な面持ちで私たち3人を見るのがやりきれないので、いっそのこと私が帰れば良かったなと思ってしまう。
体育館の入口から入ってすぐの階段を上っていって、体育科の控室のドアをタケノシタ君がノックする。
返事がないのでもう1回ノック。それでも返事がないのでウエダがバッとドアを開けた。
「「ちっ」」とウエダとアキラが同時に舌打ちしてお互いを睨み合う。
二人が舌打ちしたのは水本がソファに座ったまま、顔が仰向けになるくらい背もたれに無防備にもたれて爆睡していたからだった。
「おい!」とウエダが言っても水本はビクリともしない。もう一度さらに大きな声で「おいっっ!」と呼ぶと、ビクッと水本の体が撥ねて首を真っ直ぐに戻し、こちらを見てぽかんとしている。
「…ふぁあっ?!」少し間が空く。「あ、…あぁごめんごめん」
控室には水本の他に誰もいなかった。
「閉めて閉めて」
水本に言われてタケノシタ君がドアを閉めるが、ドアの方を振り返った私たちは肩をピクっと一瞬揺らした。縦横2メートル×2メートルの鏡があったからだ。
「なんでユウ来てんの?」水本が聞く。
「ユウって呼ぶんじゃねぇよ」とウエダが水本を睨む。
「なんでなんで?」水本がもう一度歌うように聞いた。「来れないって言ってたじゃ~~ん」
「気持ちの悪い喋り方すんな」と吐き捨てるように言うウエダだ。




