6話
放課後になると時折足が自然と部室に向かいそうになってハッとする。
また散らかしてるのかな、とか
変にソファーで寝て風邪引いたりしてないかな、とか
朔先輩のことを考えない日なんて1日もない。
でも、最近は彰先輩が私の周りで騒がしいせいか少しずつ考える時間が減りつつあった。
こうやってゆっくりと朔先輩のことを忘れていくのだろうか。
それは、…ちょっと、寂しい。
「日和。」
「え…あ……朔先輩。」
「…少し話せるか?」
いつもなら部室にいるはずの朔先輩が何故か私の前にいた。
どうしてここに?
元気にしてましたか?
なんて聞きたいことは沢山あるのに朔先輩の真剣な眼差しを前に頷くことしかできなかった。
どこか怒っているような表情に指先が冷たくなっていく。
怖かった。この人に嫌われてしまうことが。
「……元気にしてたみたいだな。」
「……先輩も、元気そうですね。」
痛いほどの沈黙が流れた。
「…あの日のことをちゃんと謝りたかった。」
「…謝る?なんでですか?
もし、あの日に戻れたら千春先輩を追いかけないでくれるんですか?」
「っそれは…」
「…できない、ですよね。
大丈夫です。わかっていたことですから。」
「っ……」
「朔先輩、私ね、どんなに頑張っても千春先輩みたいにはなれないです。」
…認めたくは、なかったけど。
「最初から脈なんて無いと思ってました。
でもあのデートがすごく楽しかったから…
幸せすぎたから、
もしかしたらって思っちゃって…
…期待した私が全部悪いんですよ。」
恋人になったらこんな感じかなとか
先輩が私を思ってくれたプレゼントとか
あんな未来をずっと夢に見ていた。
勝手に叶った気になっていただけだった。
「でも…少しだけ疲れちゃいました…。」
あの日手が届かなくて、痛感した。
やっぱり千春先輩には勝てないって。
「朔先輩にも迷惑ばかりかけましたね。
すみませんでした。
もう付き纏うのは辞めますから…。
今まで本当に、ありがとうございました」
泣くな、笑え。
私は悲劇のヒロインなんかにはなりたくない。
たとえ選ばれなくても全力で恋をしたから。
それなのに、どうして朔先輩が傷ついた顔をするんですか?
そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけどな。
先輩の震えた手が伸ばされたけど私がその手を取ることはなかった。
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「これまた随分と辛気臭ぇ顔してんね。」
「彰先輩…」
「もうあんな優柔不断男のことなんて考えるの辞めちゃえばいいのに。」
「…………そうですね。」
「あんな奴忘れて俺とデートしようぜ?」
「…良いですよ。」
「………え?
…マジ?いいの?」
「はぁ?彰先輩が誘ったんじゃないですか。
それともいつもの冗談ですか?」
「いや、いやいやいや!それは違う!
まさか本気でしてくれるとは思わなくて…
すっげえ嬉しいよ、早速だけど日曜日は暇?」
「……特に予定は…」
「OKじゃあ日曜日に迎えにいくから、楽しみにしてて。」
そうして迎えた約束の日曜日は嫌味なほどに快晴だった。
ため息を一つ飲み込む。
朔先輩とのデートの時は喜んで欲しくて眠れないほどたくさん考えたのに。
ただ待ち合わせ場所に来てくれればいい、なんてなんだか落ち着かない。
「日和ちゃん!ごめん!待たせた?」
約束時間の5分前、彰先輩は息を切らせて現れた。
普通の女の子ならこんな姿を見たら嬉しいと思うのだろうか。
「大丈夫ですよ」
「そ?よかった!じゃあ早速行こうぜ!」
当たり前のように手を掴まれて並んで歩く。
慣れない展開にギョッとして頭一つ大きい彰先輩の顔を見上げたら、その顔があまりにも楽しそうな少年みたいに眩しくて…
ドキッと心臓が高鳴った。
「ん?何?俺の顔に何かついてる?」
「……べつに」
ニヤニヤする彰先輩には私の気持ちを全部見透かされている気がする。
でもそれ以上踏み込んでこないのはこの人らしい。
手を引かれるまま連れていかれた場所は私が知らない場所ばかり。
どれも新鮮で私自身もいつのまにか心の底から楽しいと思っていた。
…思ってしまっていた。
「はー楽しかった!日和ちゃんは?」
「私も楽しかった…です。」
「そりゃよかった!」
最後に連れて来られたのはカップルのデートで有名だという展望台。
天然のプラネタリウムの中で彰先輩の太陽のようなオレンジ色の髪が光っていた。
「それじゃ名残惜しいけどそろそろ帰ろっか。」
「…はい。」
「ん。」
時間が経つのがあっという間だった。
朔先輩じゃないと私はダメだと思ってたのに。
この人との時間はとても楽しかったんだ。
最初はぎこちなく繋いだ手も差し出されるまま今では自然と手を添えられる。
それなのに…私は…
「…なんか、申し訳なく思ってる?」
駅への帰り道、何もかもを見透かしたような視線で問われた。
私は彰先輩のこの目が苦手だ。
まっすぐに見られなくてつい視線を逸らしてしまう。
罪悪感、あるに決まってるじゃないか。
だって私は何も返せないのにこの人の優しさにただ甘えてしまっている。
「…それだけ朔を好きだったってことでしょ?」
「っごめんなさい…。」
「あー…」
普段飄々とした彰先輩が頭を掻いて珍しく困っているように見えた。
「…別に謝らせたいわけじゃないよ
それに、日和ちゃんが朔を好きでも俺は気にしないし?」
「え?」
「でも、そんなに気にするなら
…俺が忘れさせてあげようか?」
繋いだ手を強く引かれて
瞬間、私は彰先輩の胸の中にいた。
すぐそばで彰先輩の吐息が寒空に白く消える。
どうしていいかわからなかった。
頭では彰先輩みたいな人といればきっと幸せになれるって思うのに、私の中の朔先輩がどうしても消えなくて。
どっちつかずの自分が本当に嫌で…
「……泣くなよ。」
「………っ」
「…本当にバカだよね。日和ちゃんってさ」
「ごめっ…なさい…」
「…はぁ、辞めた辞めた。」
「え…」
「なんか、興醒めって感じ。」
スッとあっさりすぎるほど体も繋いでいた手も離された。
驚いて見上げると先程まで笑っていた彰先輩が冷たい目で私を見ていた。
怒らせた、謝らなきゃ、そう思って咄嗟に彼の服の裾を掴む。
「あ…その…」
「何?キスでもさせてくれんの?」
俯いた視線を無理やり上げられる。
顎に添えられた手、近づく顔
キス、される…と瞬間ギュッと目を瞑った。
朔、先輩…
「っ日和!!!」
聞こえるはずのない声が聞こえて
大好きな香りに包まれた。
「ハッ…なんだよ朔。マジになりすぎだろ。」
「…ふざけるなよ、彰。」
「はいはい、そんなに熱くなるなって
……ちょっとした冗談だろ?」
「………行くぞ、日和。」
「あ…先輩…」
「日和ちゃん、ソイツに泣かされたら今度こそ俺のところにおいで」
「……もう間違えない」
「そーかよ。」
ヒラヒラと手を振る彰先輩に先程の冷たさはもうなかった。
でもどこか寂しそうで後ろ髪を引かれるような気持ちで朔先輩について行った。




