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バグだらけのVRクソゲーでRTA走ってたら、なぜか現実の異世界だった件 ~「壁抜けカニ歩き」で魔王城をショートカットしたら、神の如き空間跳躍の使い手だと勘違いされています~  作者: 伊桜 瑠夏詩
第2章:魔王領シーケンスブレイクと、システム外の温もり

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第50話:精神ダイブの同期バグと、深層心理のドレスコード

視界を埋め尽くしていたドス黒い紫色の霧が晴れた時、俺の足元には、果てしなく広がる鏡のような水面が存在していた。

見上げれば、星一つない漆黒の夜空。そして周囲には、重力という概念を完全に無視して宙に浮かぶ無数の巨大な歯車や、どこへも続いていない螺旋階段が、ゆっくりと回転しながら漂っている。

フルダイブ型VRゲームにおいて、キャラクターの精神が状態異常によって強制的なスリープモードに移行した際、システムの裏側で処理される一時的な待機空間。

ここは魔王城の隠されたギミック、心理迷宮『ファントム・ホロウ』の入り口である。

(……見事なまでに、強制イベントのフラグを踏み抜かされたな。だが、HP1の呪縛から解放されたような、この奇妙な身体の軽さは悪くない)

俺は水面に立つ自身の姿を見下ろした。

現実世界の肉体ではなく、データとして構築されたアバターそのものが、この深層心理の空間に投影されている。夢魔の胞子はプレイヤーの記憶とトラウマを読み取り、この空間の奥底に『絶対に覚めない絶望の夢』を構築する仕様だ。

通常であれば、プレイヤーはたった一人でこの孤独な迷宮を歩き、己の心の闇と向き合わなければならない。

だが、俺のRTAはすでに「通常」のレールから完全に外れ去っていた。

「……んっ。あ、あれ? ここ、どこだろう。霧の森にいたはずなのに」

俺の背後で、パシャリと水面を揺らす音が響いた。

振り返ると、そこにはピンクブロンドの髪を無造作に揺らしながら、目をこすって立ち上がるリナリーの姿があった。

「クロ様! ご無事ですか!?」

さらにそのすぐ横から、銀色の髪を風に靡かせたシルフィアが弾かれたように起き上がり、瞬時に俺の前へと進み出て周囲を警戒し始めた。

(……やはり、システムの同期バグが起きている。本来なら個別のインスタンス(夢)に隔離されるはずのパーティメンバーが、俺との異常なまでの共鳴値によって、同じ夢のロビー空間に引きずり込まれているのか)

「ふはははは! 見事な幻惑の術! だが、いかなる夢幻の世界であろうと、このレオンの金剛の盾は主様の御前を退きませぬぞ!」

少し離れた空中で、巨大な歯車の上に仁王立ちになったレオンが、大盾を構えて豪快に笑い声を上げている。彼は夢の中でも通常運転らしい。

俺は頭のフライパンをコンッと叩き、緊張を解くように小さく息を吐いた。

「ここは夢魔の胞子によって作られた、俺たちの深層心理が混ざり合った精神世界だ。気をつけろ、ここでは物理的な攻撃よりも、思考や感情そのものが世界に影響を与える」

俺が警告を発した、まさにその直後だった。

「思考や感情が、影響を与える……? つまり、夢の中だから、思ったことがなんでも叶っちゃうってこと?」

リナリーが意味深な笑みを浮かべ、俺の顔を下から覗き込んでくる。

これまでの彼女であれば、ここで迷わず俺の腕に抱きつき、その暴力的なプロポーションを押し付けてきたはずだ。だが、彼女はあえて俺から一歩距離を取り、自身の口元を指先でなぞりながら、艶やかな声で囁いた。

「ねぇ、クロ様。この空間って、私たちの『深層心理』でできてるんだよね? ってことはさ、今私たちが着ているこの服も、ただのデータの思い込みじゃない?」

「なっ……お、お前、何を言っている」

俺の背筋に、物理的な戦闘とは全く違う種類の、冷たい嫌な汗が流れた。

「だって夢だもん。私が『服なんて着ていない』って強く思い込んだら、この服、消えちゃうかもしれないよ? ……クロ様は、私のどんな姿が一番『好み』なのかな?」

リナリーは挑戦的な視線を俺に向けながら、自身のタイトな法衣の胸元にそっと手を添え、まるで今にもそれを解き放つかのような仕草を見せた。

(こいつ……! 物理的な密着を封じられた途端、言葉と想像力だけで俺の理性を削りにきている! このフルダイブ環境でそんなアバターの改変バグを引き起こされたら、俺の脳の処理落ちが取り返しのつかないことになる!)

「や、やめろリナリー! 無駄な高解像度のテクスチャ変化は、夢のインスタンス領域に莫大な負荷をかける! パーティ全体の処理が重くなるから、絶対にデフォルトの衣装を維持しろ!」

俺は必死に効率厨としての論理を振りかざし、早口で彼女の思考を制止しようとした。

「えーっ、クロ様ってば真面目すぎ! 本当はちょっと見たいくせにーっ」

リナリーがケラケラと悪戯っぽく笑う。

その時だった。

「……ッ! リ、リナリー! 貴女という人は、このような神聖なクロ様の精神世界で、なんという破廉恥な妄想を……っ! クロ様の御目が汚れます!」

シルフィアが顔を真っ赤にしてリナリーに説教を始めた。

だが、俺は彼女の姿を見た瞬間、完全に言葉を失い、石像のように固まってしまった。

「シ、シルフィア。お前、その服……」

「え? 私の服が、どうかし……ひゃあぁぁぁぁぁっ!?」

シルフィアは自身を見下ろし、鏡のような水面に映る自分の姿を見て、悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。

彼女が着ていたはずの、機能性に優れた漆黒の暗殺者の衣装。

それが今、彼女の無意識下の『強い願望』が夢のシステムに干渉してしまった結果、恐ろしく破壊力のある姿へとバグ変化を起こしていたのだ。

純白のレースと、ふわりと広がる透明感のあるスカート。そして、胸元には可憐なリボン。

それはどう見ても、暗殺者にはおよそ似つかわしくない、極限まで清楚で甘い『花嫁衣装』、あるいは『新妻のネグリジェ』を思わせるような、無防備すぎるドレスだったのだ。

「あ、あ、ああああっ! ち、違いますクロ様! これは、その、決して私が『クロ様のお嫁さんになりたい』などというふしだらな妄想を抱いたから具現化したわけではなくっ!」

シルフィアは耳の先まで茹でダコのように真っ赤に染め上げ、両手で必死に顔を覆い隠しながら、自分から盛大な自爆(答え合わせ)を披露してしまった。

普段の冷徹でクールな彼女からは想像もつかない、その純情すぎる深層心理の露呈。

「あーっ! シルフィアお姉ちゃん、むっつりスケベ! クロ様のこと、そんな風に思ってたんだ!」

リナリーが指を差してケラケラと笑い転げる。

「ちちち、違いますっ! 私はただ、クロ様の最も近くで、永遠にお仕えできればと……っ! そ、そうだ、これはただのエラーです! 今すぐ元に戻しますっ!」

シルフィアは涙目になりながら必死に念じ、ポンッという音と共に、なんとか元の暗殺者の衣装へとアバターのデータを修復した。

だが、その顔は未だに燃えるように赤く、彼女は俺と目を合わせることができずに、モジモジと指先を絡ませていた。

(……ダメだ。物理的な距離を取られた方が、言葉と深層心理のチラ見せのせいで、何百倍も心臓に悪い。この空間、俺の理性を殺すトラップとして優秀すぎる)

俺は顔の熱を悟られないように、あえて冷徹な声を出し、頭のフライパンをコンッと叩いた。

「……二人とも、遊んでいる暇はないぞ。このファントム・ホロウは、俺たちに最も見たくない『過去』と、最も溺れたい『甘い虚像』を見せつけて、精神を完全に絡め取ろうとする迷宮だ。気を引き締めろ」

俺の言葉に、二人はハッとして表情を引き締めた。

「は、はいっ! 申し訳ありません、クロ様! 私のこの命に代えても、いかなる悪夢からもクロ様をお守りしてみせます!」

シルフィアが、先ほどの羞恥を振り払うように双剣を強く握りしめる。

「クロ様が見る夢なら、私も一緒に入ってみたいかも。……どんな世界でも、クロ様と一緒なら怖くないしね」

リナリーもまた、いつもの軽い口調の奥に、確かな信頼と覚悟の光を宿して俺を見つめ返した。

その時、俺たちの目の前に広がる鏡の水面が波打ち、三つの巨大な『扉』が静かにせり上がってきた。

一つの扉からは、血の匂いと冷たい鉄の気配。

一つの扉からは、甘く狂おしい果実の匂い。

そして最後の扉からは、無機質な時計の針の音が響いている。

(この先の扉が、それぞれの過去と、トラウマを具現化した個別インスタンスへの入り口か)

俺は最も強い冷気を放っている、シルフィアの気配に近い扉へと視線を向けた。

これから始まるのは、力では解決できない、心の内側を抉る心理の迷宮。だが、俺たちの絆はもはやシステムが用意した悪夢ごときで折れるほど、脆くはない。

「行くぞ。俺たちの最速クリアの記録に、悪夢を見ている暇はない」

俺は戦友たちを振り返ることなく、最初の扉へと手をかけた。

現実の肉体は深い眠りの中にありながら、俺たちの覇道は、いよいよ互いの魂の奥底を共有する、極甘で凄惨な「夢の深層」へと足を踏み入れていくのだった。

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