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バグだらけのVRクソゲーでRTA走ってたら、なぜか現実の異世界だった件 ~「壁抜けカニ歩き」で魔王城をショートカットしたら、神の如き空間跳躍の使い手だと勘違いされています~  作者: 伊桜 瑠夏詩
第2章:魔王領シーケンスブレイクと、システム外の温もり

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第49話:強制睡眠イベントと、微熱を帯びた看病陣形

魔王城の本丸へと続く最後の関門、灰響の回廊。

空から雪のように降り注ぐ灰に混じり、先ほどから足元を這うように広がり始めた薄紫色の霧は、次第にその濃度を増し、俺たちの視界を甘く、そして不気味に遮り始めていた。

「クロ様。この霧、ただの自然現象ではありません。肺の奥にへばりつくような、ひどく甘い魔力を帯びています」

俺の隣を歩くシルフィアが、口元を布で覆いながら鋭い声で警戒を促す。

彼女の言う通りだ。この霧は、ダンジョンの環境エフェクトなどではない。プレイヤーの精神に直接干渉し、強制的にステータスを書き換える極悪なトラップギミック、『夢魔の胞子』である。

(通常の毒や麻痺ならば、アイテムやスキルの耐性値で弾くことができる。だが、この夢魔の胞子がもたらす『睡眠』のバッドステータスは、システム上のイベントフラグとして処理されるため、いかなる防御力も無効化して確実に蓄積していく仕様だ)

RTA走者である俺は、本来であればこのエリアに入る前に『覚醒の香炉』という特殊アイテムを使用し、睡眠ゲージの蓄積速度を遅らせて一気に駆け抜けるチャートを組んでいた。

だが、現在の俺のインベントリにそのアイテムはない。享楽都市でのオーバーフロー錬金術で大半のアイテムを買い占めた際、この先のルートに必要な一部の進行用アイテムを拾う手順を完全にスキップしてしまっていたのだ。

「……っ」

不意に、視界がぐらりと揺れた。

フルダイブ型VRのシステムが、俺の脳波に直接『強烈な睡魔』と『気だるさ』のフィードバックを送り込んでくる。足から力が抜け、まるで泥沼の中を歩いているかのように身体が重い。HP1の虚弱な肉体には、この精神干渉のデバフはあまりにも過酷だった。

「クロ様! お顔の色が優れません、どうかご無理をなさらず……っ!」

俺が膝から崩れ落ちそうになった瞬間、シルフィアが風のような速度で俺の身体を下から支え止めた。

彼女は俺を冷たい石畳に座らせまいと、素早く自身のマントを敷き、その上に膝をついて、俺の頭をそっと自身の太ももの上へと誘導した。

いわゆる、膝枕である。

「シ、シルフィア……俺は大丈夫だ、ただのイベントのデバフで……」

「いけません。クロ様のお身体は熱を持ち、脈も速くなっています。このような状態で行軍を続ければ、取り返しのつかないことになります。……どうか、今は私の膝で、安心してお休みください」

俺を見下ろすシルフィアの金色の瞳には、暗殺者としての冷徹さは微塵もなく、ただ愛する者を慈しみ、守り抜こうとする底なしの献身と、ほんの少しの独占欲が入り混じっていた。

彼女の柔らかな太ももの感触と、そこから伝わってくる温もり。そして、俺の髪を優しく梳いてくれる細い指先の感触が、夢魔の胞子による睡魔とは全く別の、甘く危険な熱を俺の脳内に生み出していく。

(……まずい。これまでの両腕に抱きつかれる密着も心臓に悪かったが、弱っている時のこういう優しさは、俺の冷徹なゲーマーとしての理性を根底から溶かしにきている)

「ふははは! 見事な野戦看護の陣形! 主様、ここは我らにお任せを! このレオン、霧の向こうから迫るいかなる魔物も、この盾で弾き返してみせますぞ!」

少し離れた場所で、レオンが大盾アイギスを構えて周囲を警戒し始めた。彼の生真面目な背中が、今の俺にはひどく頼もしく、そして同時に、この甘すぎる空間から逃げ出せない理由にもなっていた。

「あーっ! シルフィアお姉ちゃんまた抜け駆けしてる! クロ様が苦しんでるのに、自分がイチャイチャしたいだけじゃん!」

そこへ、周囲の霧を風の精霊魔法で吹き飛ばしながら戻ってきたリナリーが、頬を膨らませて抗議の声を上げた。

「だ、黙りなさい! クロ様の御負担を少しでも和らげるために、最適な休息の姿勢を提供しているだけです! 貴女のような騒がしい女は、あっちでレオンの加勢でもしていなさい!」

シルフィアは耳を赤くしながらも、俺の頭を抱え込むようにして必死に正妻のポジションを死守しようとする。

「えー、そんなの不公平だもん! 私だってクロ様の看病したいし!」

リナリーはシルフィアの抗議を完全に無視して、俺の顔のすぐ横にしゃがみ込んだ。

そして、これまでの彼女の常套手段であった「胸を押し付ける」という物理的なスキンシップではなく、俺の予想を完全に裏切る行動に出たのだ。

「クロ様、ちょっとごめんね」

リナリーは俺の頬に両手を添えると、自身の前髪をふわりと持ち上げ、そのまま俺の額に、自分の額をピタリと重ね合わせてきた。

「なっ……!?」

ゼロ距離。

お互いの鼻息が混じり合うほどの至近距離で、リナリーの大きな瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。

額から伝わる彼女の滑らかな肌の感触と、微熱を測るような静かな眼差し。普段の明るく騒がしい彼女からは想像もつかない、どこか大人びた、真剣で艶やかな表情だった。

「……うん。やっぱり、システムが無理やり熱を上げさせてるみたい。クロ様の心音、すっごく早くなってるし」

リナリーは額を合わせたまま、悪戯っぽく微笑んで小さく囁いた。

(こ、こいつ……! 物理的な密着よりも、こういう不意打ちの精神的な距離の詰め方の方が、何倍も破壊力があるって分かっててやってるのか……っ!?)

「ひゃ、ひゃあぁぁっ!? き、きき、貴女という女は! クロ様になんという破廉恥な真似を! 離れなさい、今すぐその額を離しなさいっ!」

シルフィアがパニックを起こしたように悲鳴を上げ、俺の頭を抱え込んだままジタバタと身悶えする。

「えー? お熱を測っただけだよ? ほら、風の精霊さんにお願いして、クロ様の周りだけ綺麗な空気に入れ替えてあげる」

リナリーが軽くウィンクをすると、俺の周囲を覆っていた紫色の霧がフワリと薄れ、澄んだ空気が流れ込んできた。

確かに呼吸は楽になったが、俺の心臓のバクバクという音は、二人の美少女の「看病」という名のアプローチによって、もはや限界の回転数を叩き出していた。

「クロ様……。あのような遊び人の魔法など頼らずとも、私がこの手で、貴方様の苦しみをすべて拭い去ってみせます。だから……私だけを、見ていてください」

シルフィアが俺の手を両手で包み込み、祈るように額を押し当ててくる。その手は微かに震えており、俺を失うことを恐れるような、重く深い愛情が込められていた。

「えへへ、クロ様。無理しちゃダメだよ。たまには私たちに、全部甘えてもいいんだからね?」

リナリーは俺のもう片方の手を握り、優しく包み込むように微笑みかけてくる。

右から、甘く心を溶かすような精霊術師の不意打ち。

左から、魂の底から俺を想う暗殺者の重い献身。

(……ああ。もう、どうにでもなれ)

俺は効率厨としての冷徹な計算を完全に放棄し、そっと目を閉じた。

バグだらけの理不尽なゲームの世界で、彼女たちの手の温もりだけが、俺を繋ぎ止める唯一の確かな『現実』だった。

だが、システムの強制イベントは、そんな俺たちの甘い時間を容赦なく呑み込もうとしていた。

リナリーの魔法で浄化されたはずの空気が、再びドス黒い紫色に染まり始める。いかなるバグ技を用いても回避不可能な、イベントスクリプトの強制執行。

「……主、様。なんだか、急に、意識が……」

シルフィアの俺を握る手の力が抜け、彼女のまぶたがゆっくりと落ちていく。

「あれ……? おかしいな、精霊さんが、言うこと聞いてくれない……クロ、様……」

リナリーもまた、俺の隣に力なく倒れ込み、静かに寝息を立て始めた。

「む、無念……! クロ様、どうかご武運、を……」

離れた場所で盾を構えていたレオンすらも、巨体を揺らしてその場に崩れ落ちた。

俺の意識もまた、抗いがたい漆黒の渦へと引きずり込まれていく。

強制睡眠イベントの完了。

次に目覚める場所は、プレイヤーの深層心理と欲望が具現化した幻惑の空間、『心理迷宮』。

そこで俺たちを待ち受けるのは、決して覗いてはならない彼女たちの凄惨な過去と、理性を焼き尽くすような、極甘で絶望的な「虚像の夢」の始まりだった。

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