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バグだらけのVRクソゲーでRTA走ってたら、なぜか現実の異世界だった件 ~「壁抜けカニ歩き」で魔王城をショートカットしたら、神の如き空間跳躍の使い手だと勘違いされています~  作者: 伊桜 瑠夏詩
第2章:魔王領シーケンスブレイクと、システム外の温もり

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第48話:最適戦略の破綻と、灰響の回廊の心理戦

絶冥の巨兵ヴァルガンを次元の彼方へと葬り去り、ついに開かれた魔王城の外門『嘆きの黒門』。

その途方もなく分厚い鋼鉄の扉を抜けた先に広がっていたのは、空から雪のように灰が降り注ぐ、広大で静寂に満ちた中庭だった。

天を覆う暗雲から静かに舞い落ちる灰が、石畳に積もっては消えていく。

ここは魔王城本丸へと続く最後の関門、『灰響の回廊』。本来であれば、息を潜めて徘徊する強力な不死者の魔物を避けながら進む、極度の緊張感を強いられるステルスエリアだ。

だが、現在の俺のパーティに、そのような陰鬱な空気は一ミリも存在していなかった。

「ねぇねぇ、クロ様。さっきからずっと黙ってるけど、もしかして私たちがくっつきすぎて疲れちゃった?」

俺の数歩前を歩いていたリナリーが、ふいに振り返り、後ろ手に組んだまま小首を傾げて微笑みかけてきた。

これまでの道中、俺の右腕に張り付いて豊かな双丘を押し付け続けてきた彼女が、今はあえて一歩距離を置いている。その絶妙な空間が、逆に俺の意識を彼女の艶やかなピンクブロンドの髪と、タイトな法衣に包まれた暴力的なプロポーションへと強く惹きつけていた。

「いや……そういうわけじゃない。次のエリアのギミックを警戒しているだけだ」

俺が冷静な走者の仮面を被って答えると、リナリーは「ふーん?」と意味深に目を細めた。

「そっか。でもね、クロ様。私たち、これから魔王様を倒しに行く運命のパーティでしょ? なのに、クロ様のこと、私たちまだ全然知らないなって思って」

リナリーは俺の周囲をくるりと回り、不意に足を止めて、俺の顔を正面から覗き込んできた。

甘い花の香りが、灰の匂いを上書きして鼻腔をくすぐる。

「ずばり聞くけど。クロ様って、本当はどんな女の子が『タイプ』なの?」

ピタリ、と。

俺の左斜め後ろを歩いていたシルフィアの足が、完全に止まる気配がした。

(……来た。完全なるトラップ(罠)だ)

俺は頭のフライパンの下で、冷たい汗が背筋を伝うのを感じていた。

これは単なる雑談ではない。パーティの人間関係という複雑な盤面において、致命的な失点をもたらしかねない極めて危険な心理戦だ。

効率至上主義のゲーマーである俺の思考は、この状況を、互いの手札が見えない不完全情報ゲームとして即座に解析し始めていた。

相手のアクションに対し、絶対に搾取されないバランスの取れた選択肢を導き出す思考法。俺が現実世界で嗜んでいる、ゲーム理論に基づく最適戦略――いわゆるGTO(Game Theory Optimal)のロジックが脳内を高速で駆け巡る。

もしここで「明るくてスタイルの良い子」と答えれば、リナリーの好感度が振り切れる代わりに、シルフィアの嫉妬が爆発してパーティは崩壊する。

逆に「一途で真面目な子」と答えれば、シルフィアは喜ぶが、リナリーという強力なバグ要因がへそを曲げ、最悪の場合離脱のフラグが立つ。

どちらかに偏ったアクションは、長期的ロングランに見れば確実に期待値をマイナスに引き下げる悪手だ。

ならば、導き出される最適戦略(GTO)のラインは一つしかない。

「……タイプ、か。俺は、この理不尽な世界で、己の役割を完璧にこなし、俺の背中を安心して預けられる存在であれば、それでいいと思っている」

俺は極めて抽象的で、しかし戦友としての信頼を強調する、どちらにも属さない模範解答を口にした。

これでこの心理戦はドロー(引き分け)に持ち込めるはずだ。俺が小さく安堵の息を吐きかけた、その時だった。

「なるほど。つまりクロ様は、敵の死角を正確に突き、貴方様の御手を一切煩わせることなく障害を排除できる、最高峰の技術を持った・・・・がお好みということですね」

背後から、凍てつくような、しかし隠しきれない優越感を孕んだシルフィアの声が響いた。

振り返ると、彼女は耳の先をほんのりと赤く染めながらも、暗殺者としての鋭い金色の瞳を細め、リナリーに向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

「クロ様のお言葉、しかと胸に刻みました。後方で魔法を撃つだけの派手な遊び人には、クロ様の背中を預かることなど到底不可能。……やはり、クロ様の隣に立つのはこの私しかいないというわけです」

「えーっ!? ちょっと待ってよ、シルフィアお姉ちゃん! クロ様はそんなこと一言も言ってないじゃん!」

リナリーが頬を膨らませて抗議の声を上げる。

「いいえ、言いました。クロ様は高度な隠語を用いて、私への愛を表現してくださったのです。貴女のような頭の空っぽな女には理解できないでしょうが」

「むっかー! なにそれ! だいたい、クロ様はさっきから私の胸の谷間をチラチラ見てたもん! 絶対に私みたいなスタイルの良い女の子の方が好きなんだから!」

「なっ……!? ク、クロ様が、貴女のような下品な脂肪の塊に目を奪われるはずがありません! クロ様、違いますよね!? 私のこの、機能美に満ちた洗練された身体の方が、魅力的ですよね……っ!?」

完全に、俺の最適戦略が破綻していた。

論理的な回答を用意したはずが、彼女たちの「恋心」という名のエラー処理によって、勝手に都合の良い解釈へと捻じ曲げられてしまったのだ。

「お、おい、二人とも落ち着け。俺はただ、パーティとしての連携の話を……っ」

俺が慌てて制止しようと一歩前に踏み出した、その瞬間だった。

俺の足元の石畳が、不自然な音を立てて沈み込んだ。

(しまった、隠しトラップの感圧板……!)

灰響の回廊にランダムで配置されている、落とし穴のギミック。

HP1の俺にとっては、落下ダメージすらも即死に直結する。俺の脳は瞬時にステップ回避のコマンドを叩き出そうとしたが、それよりも早く、彼女たちの『自立行動バグ』が火を噴いた。

「クロ様っ!」

「危ないっ!」

俺の回避行動を完全に先読みしたシルフィアが、落とし穴の縁から俺の腰に腕を回し、凄まじい脚力で後方の安全地帯――古代の太い石柱の影へと俺の身体を強引に引き寄せた。

それと同時に、反対側から俺を助けようと手を伸ばしていたリナリーが、崩れる石畳に足を取られてバランスを崩し、俺たちのいる方角へと勢いよく倒れ込んできたのだ。

「きゃあっ!」

「うおっ!?」

俺は反射的に、倒れ込んでくるリナリーの身体を両腕で受け止めた。

だが、俺の背後はすでに硬い石柱に塞がれている。

結果として構築されたのは、俺がこれまでのRTA人生で経験したことのない、極限の密着状態だった。

背中には冷たい石柱。

しかし俺の左半身には、俺を庇って引き寄せたシルフィアのしなやかな身体が、隙間なくピッタリと押し付けられている。彼女の早い鼓動が、衣服越しにダイレクトに伝わってくる。

そして俺の正面には、俺の腕の中にすっぽりと収まり、その暴力的なまでの双丘を俺の胸板にこれでもかと押し潰しているリナリーが、甘い吐息を漏らしているのだ。

「あ……く、クロ、様……っ」

至近距離で見上げるシルフィアの金色の瞳が、潤みきって激しく揺れている。彼女の吐息が俺の首筋に触れ、背筋がゾクゾクと粟立った。

「えへへ……クロ様、ナイスキャッチ。クロ様の胸、すっごくドキドキしてるね……」

俺の胸に顔を埋めたリナリーが、上目遣いで俺を見つめながら、艶やかな唇を微かに開く。彼女の圧倒的な柔らかさが、俺のHP1の虚弱な肉体を完全に絡め取っていた。

壁に追い詰められた状態での、逃げ場のない二方向からの密着。

先ほどの「両腕にぶら下がる」という状況とは比べ物にならないほど、物理的にも精神的にも心臓に悪い、致死量のラブコメディ。

(……ダメだ、息が、できない。このゲームの触覚フィードバック、絶対に違法スレスレだろ……っ)

俺は顔から火が出るほどの熱を感じながら、腕の中の二人の美少女の温もりに完全に硬直してしまっていた。

「ふはははは! 見事な連携! 落とし穴という窮地を瞬時に脱し、かつ主様を絶対の安全圏たる三角陣形で守り抜くとは! 我がパーティの絆、もはやいかなる魔物にも打ち破ることは不可能にございますな!!」

三メートルほど離れた場所で、落とし穴を軽々と飛び越えたレオンが、大盾を構えながら一人で勝手に感動し、豪快な笑い声を上げている。

お前は少しは空気を読んでくれ、という俺の心の叫びは、二人の少女の甘い香りに完全に溶かされて声にならなかった。

「……クロ様。あの、そろそろ、離れていただかないと、私……その、色々と、限界で……っ」

シルフィアが限界まで赤くなった顔をうつむかせ、蚊の鳴くような声で呟く。

「えー、私はもっとこのままがいいなー。クロ様の匂い、すっごく落ち着くし」

リナリーはさらに身をすり寄せ、俺の理性を削りにくる。

「わ、分かった。二人とも、怪我がなくてよかった。……進むぞ」

俺は必死に声を絞り出し、名残惜しさを無理やり振り切って、二人をゆっくりと引き剥がした。

心臓のバクバクという音は、しばらく鳴り止みそうになかった。完璧なルート構築も、GTOの最適戦略も、このバグだらけのヒロインたちの前では何の意味もなさない。

だが、そんな甘い混乱の最中。

俺は、周囲の石畳から、灰とは違う「奇妙な紫色の霧」が薄っすらと立ち込め始めていることに気づいた。

「……なんだ、この霧は」

それは、次なる試練。

プレイヤーの深層心理とトラウマを具現化し、精神を崩壊させる極悪なエリアギミック、『夢魔の胞子』の接近を告げる前兆であった。

甘い熱に浮かれた俺たちの覇道は、いよいよ最も危険で、最も心の内側を抉り出す「虚像の夢」へと足を踏み入れようとしていた。

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