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バグだらけのVRクソゲーでRTA走ってたら、なぜか現実の異世界だった件 ~「壁抜けカニ歩き」で魔王城をショートカットしたら、神の如き空間跳躍の使い手だと勘違いされています~  作者: 伊桜 瑠夏詩
第2章:魔王領シーケンスブレイクと、システム外の温もり

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第46話:当たり判定の圧縮と、大盾に宿る狂信(前編)

忘却の魔力泉での、俺のHPと理性を限界まで削り取るような極上の休息イベントから数時間。

「ねぇねぇクロ様ぁ。お風呂上がりでなんだか身体がぽかぽかするねっ! クロ様も汗かいてない? 私が風の精霊さんに頼んで、涼しくしてあげるっ!」

魔王城の黒い岩肌が続く薄暗い山道を歩きながら、リナリーは俺の右腕にピッタリと張り付き、豊かな双丘を押し付けながら甘ったるい声を上げていた。

彼女のピンクブロンドの髪からは、先ほどの泉で洗い流したばかりの瑞々しい花の香りが漂い、至近距離で見つめてくる大きな瞳は、俺への好意を隠そうともせずにキラキラと輝いている。

「……ッ、この泥棒猫! クロ様の御尊顔にその下品な吐息を吹きかけるな! クロ様、汗でしたら私がこの清潔な絹の布でお拭きいたします! さあ、遠慮なさらず私の方へお顔を……っ」

俺の左腕には、銀髪の暗殺者シルフィアが、泉でのぼせた赤みを未だに頬に残しながらしがみついている。

リナリーの圧倒的なスキンシップに対抗するように、彼女は自らの柔らかな胸を俺の腕にギュッと押し当て、潤んだ金色の瞳で必死に俺の気を引こうとしていた。

右から甘い精霊術師、左から健気な暗殺者。

効率至上主義のRTA走者であった俺の冷徹な歩みは、今や完全に両翼の極上ヒロインたちによる「正妻戦争」という名のラブコメ・シーケンスに飲み込まれていた。

(……おかしい。魔王城の最終防衛ラインに向かっているというのに、全く緊張感がない。だが、この圧倒的な幸福感はなんだ。俺の脳が、効率よりもこの温もりを優先しようとしている……っ)

俺は両腕から伝わる柔らかな弾力と熱に翻弄されながらも、頭のフライパンを深く被り直して必死に平静を装っていた。

「ふはははは! 素晴らしい! クロ様のカリスマは、いかなる死地においても美しい花を咲かせる! このレオン、最後尾より主様の御背中を完璧にお守りいたしますぞ!」

背後を歩くレオンが、大盾アイギスを鳴らして豪快に笑い声を上げる。彼だけはいつも通り、俺の両手に花の状態を「王の器」として全肯定し、一人で勝手に感動して頷いていた。

そんな騒がしくも温かい道程が唐突に終わりを告げたのは、山道を抜け、巨大な盆地へと出た瞬間だった。

空を覆っていた分厚い雲が渦を巻き、太陽の光が完全に遮断される。

眼前にそびえ立っていたのは、天を突くほどに巨大な黒鉄の城壁と、その中央に鎮座する、見上げるほどに巨大な両開きの鋼鉄門だった。

魔王城外門、『嘆きの黒門』。

そして、その門の前に膝をつくようにして蹲っていた巨大な岩山が、俺たちの接近に呼応してズゴゴゴゴ、と地響きを立てて立ち上がり始めたのだ。

「ひゃあっ!? な、なにあのすっごく大きい岩の塊……っ!?」

リナリーが悲鳴を上げ、俺の背中にギュッと隠れる。

「クロ様、お下がりを! 尋常ではない質量の魔力反応です!」

シルフィアも瞬時に恋する乙女の顔を捨て去り、双剣を抜き放って俺の前に立ちはだかった。

舞い上がる土煙の中から姿を現したのは、全身を呪われた黒鋼と岩石で構成された、体高三十メートルを超える超巨大な機巧兵器だった。

魔王城外郭の絶対守護者、『絶冥の巨兵ヴァルガン』。

その兜の奥で真紅の単眼が不気味に発光し、巨大な丸太のような両腕が、大地を砕くようにゆっくりと持ち上がる。

通常のRPGであれば、周囲の地形を利用して大砲を撃ち込んだり、数十分におよぶ長期戦で装甲を少しずつ剥がしていくしかない、圧倒的な絶望感を誇るギミックボスだ。

だが、RTA走者である俺の頭の中に、そんな正攻法のチャートは最初から存在しない。

(この絶冥の巨兵ヴァルガンは、その規格外の巨大さゆえに、システム上、足元の当たり判定ヒットボックスが非常に大雑把に設定されている。そして、この世界の物理演算エンジンには、二つの強固な当たり判定が衝突し続けた際に発生する、致命的な欠陥がある)

俺は虚空のステータス画面を一瞥し、冷静に戦況を分析した。

ゲームのプログラムにおいて、絶対に重なり合わないはずの二つのオブジェクトが、何らかの力で同じ座標に押し込まれた場合、システムはエラーを回避するために、どちらか一方のオブジェクトを「外側」へと弾き出そうとする。

その弾き出される方向が、もしマップの境界線である『見えない壁』の方向であった場合。システムは行き場を失った巨大なオブジェクトを、最終手段としてZ軸の下方向――つまり、地面の底へと強制的に落下させてしまうのだ。

通称、当たり判定の圧縮によるマップ外追放(異次元送り)。

それを成功させる条件はただ一つ。

背後を見えない壁に預け、突進してくる体高三十メートルの巨像の圧倒的な質量と物理演算の押し出し判定を、たった一人で、ただの一歩も引かずに受け止め続ける「絶対のアンカー」となる存在だ。

俺は言葉を発する前に、振り返って一人の大男を見た。

「レオン」

俺が名を呼んだ瞬間。

豪快な笑い声を消し去った聖騎士長は、すでに俺の意図を完全に察知し、凄まじい闘気を全身から立ち上らせていた。

「ハッ! 御意のままに!」

レオンは一切の迷いなく、巨像と見えない壁の境界線――マップの隅の座標へと猛然と走り込み、自身の背丈ほどもある大盾アイギスを大地に深く突き立てた。

「我が命に代えても、この一歩、決して退きませぬ!!」

(……ああ。そうだ。私は、このために生まれてきたのだ)

絶冥の巨兵ヴァルガンが、レオンという小さな障害物を認識し、その巨大な鋼鉄の拳を振り上げる。空気が圧縮され、死の影がレオンを覆い尽くすその刹那。

レオンの脳裏に、かつて自身が歩んできた、泥に塗れた暗い過去の記憶が走馬灯のように蘇っていた。

彼はかつて、人間族の最大国家である聖王国の騎士団に所属していた。

生まれ持った異常なまでの筋力と、強靭な肉体。誰もが彼を、国を背負って立つ最強の矛になると期待した。

だが、レオンには騎士として致命的な欠落があった。

彼は、どうしても他者の命を奪うことができなかったのだ。

剣を握れば震え、槍を突けば狙いを外す。どれほど巨大な体躯を持っていようと、どれほど強力な魔力を秘めていようと、敵を殺せない騎士など、戦場ではただの案山子でしかない。

『臆病者め! 貴様のその巨体は、ただの飾りか!』

『攻撃をしない騎士など、戦場に居場所はない! さっさと荷馬車でも引いていろ、亀野郎!』

同僚たちからの嘲笑と罵声。

期待は失望へと変わり、レオンは部隊の最前線から外され、ただ味方の盾となるだけの捨て駒のような扱いを受けるようになった。

それでも彼は、ただひたすらに盾を磨き、仲間を守ることだけに己の全存在を懸けようとした。自分は攻撃できなくても、絶対に壊れない壁になれば、誰かを救えるはずだと信じて。

しかし、そのささやかな願いすらも、残酷な現実に打ち砕かれる日が来た。

ある過酷な防衛戦。魔物の大群に包囲され、味方の部隊が壊滅の危機に瀕した時。

レオンは血反吐を吐きながら大盾を構え、魔物の群れを単身で食い止め続けた。彼の防御は完璧だった。ただの一撃も、彼を突破することはできなかった。

だが、彼が守り抜いた背後にいた仲間たちは、次々と飛来する魔法と矢の雨に倒れ、息絶えていった。

守るだけでは、勝てない。

どれほど強固な盾であろうと、敵を殲滅する圧倒的な「矛」が存在しなければ、戦況は絶対に覆らないのだと、レオンは絶望の中で悟った。

『役立たずの亀め……お前が敵の将を討ち取っていれば、皆、死なずに済んだのだ……!』

生き残った上官から冷酷な非難を浴び、レオンは騎士団から事実上の追放処分を受けた。

主を失い、守るべき仲間を失った彼は、己の異常な防御力を持て余したまま、死に場所を求めるように世界を放浪した。

(私は、ただの重いだけの鉄屑だ。誰の役にも立たない、無能な肉の壁……)

そう思い詰めていた彼の前に現れたのが。

頭にフライパンを被り、HP1の赤い死のオーラを纏った、最高に狂った一人の冒険者だった。

『レオン。お前のその防御力、俺のRTAに必要だ。俺の盾になれ。敵を倒すのは俺がやる。お前はただ、俺の前で一歩も引かずに壁になればいい』

その言葉は、レオンにとって雷に打たれたような衝撃だった。

攻撃などしなくていい。敵を殺す必要はない。ただ、己のすべてを懸けて「絶対の壁」になればいいと、この男は、クロは言ってくれたのだ。

そしてクロは、レオンの盾としての能力を、ただの防御としてではなく、物理法則すらも破壊する「最強の矛」の起点として行使してみせた。

(クロ様。貴方様は、この無能な鉄屑に、生きる意味を与えてくださった。私が真の『聖騎士』となれたのは、貴方様が私の大盾を、世界で一番必要としてくださったからです!)

「おおおおおおおおおッ!! 我が主の覇道、ここにあり!!」

レオンの咆哮が戦場に響き渡る。

絶冥の巨兵ヴァルガンの、体高三十メートルの体重と魔力がすべて乗った巨大な鋼の拳が、大地を砕く勢いでレオンの真上へと振り下ろされた。

ガギィィィィィィィィィンッ!!!!

空気が爆発し、鼓膜を突き破るような凄まじい金属音が響き渡る。

足元の大地が蜘蛛の巣状に割れ、レオンの膝が軋みを上げた。だが、彼の分厚いブーツは大地に深く食い込み、その後ろにあるマップの境界線(見えない壁)から、ただの一ミリも退くことはなかった。

「ぬおおおおおッ!! 砕けよ巨兵! このレオンの魂は、クロ様の盾としてすでに金剛と化しているわぁぁっ!!」

レオンの強靭な筋肉が限界を超えて膨張し、大盾アイギスから凄まじい光が放たれる。

二つの巨大な当たり判定が完全に衝突し、拮抗した。

「今だ! シルフィア、リナリー! ボスの当たり判定を、レオンに向けて全力で押し込め!」

俺の叫びと同時、俺の両翼を担う二人の少女が動いた。

「承知いたしました! クロ様の道を阻む粗大ゴミめ、消え去りなさいっ!」

シルフィアが風の如き速度でボスの背後へと回り込み、双剣から竜巻のような連続斬撃を放ち、巨像の背中をレオンの方向へと強制的にノックバックさせる。

「えへへ、クロ様のために頑張っちゃうよ! 精霊さん、あのでっかいの、思いっきり押し出しちゃって!」

リナリーが桃色の魔力を全開にし、暴風の魔法陣を展開して、巨像の巨体をさらに物理的に押し込んだ。

ギィィィィ……ッ!!

俺たちの連続攻撃によるノックバック判定と、レオンという絶対の壁。

その二つの力に挟まれた巨像ヴァルガンの内部座標で、ゲームの物理エンジンが処理の限界を超え、悲鳴のようなエラー音を上げ始めた。

「レオン! あと数秒だ、耐えろ!」

俺が叫ぶと、レオンは顔から血を流しながらも、かつてないほどに誇り高く、そして幸せそうな笑みを浮かべた。

「耐えるなどと……! ふはははは! クロ様の背中をお守りするこの時間は、私にとって至高の悦び! いかなる神の力であろうと、この盾を押し退けることなどできませぬ!!」

空間そのものがバグり、歪み始める。

当たり判定の限界圧縮まで、あと数フレーム。

俺たちはすべてをレオンの背中に預け、システムという絶対の理の破壊へと、限界の攻撃を叩き込み続けるのだった。

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