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バグだらけのVRクソゲーでRTA走ってたら、なぜか現実の異世界だった件 ~「壁抜けカニ歩き」で魔王城をショートカットしたら、神の如き空間跳躍の使い手だと勘違いされています~  作者: 伊桜 瑠夏詩
第2章:魔王領シーケンスブレイクと、システム外の温もり

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第34話:自由落下の水面判定と、雲海に沈む熱情

星脈炉が完全に破壊された直後、空中要塞ルギド・アヴェイルは断末魔のような重低音を響かせ、激しく振動し始めた。

要塞全体に浮力を供給していた青白い光の脈動が消え去り、壁面に刻まれた古代の魔力回路が次々とショートして火花を散らしている。重力から解放されていた巨大な白亜の建造物群が、ついに物理法則の楔を打ち込まれ、空の彼方から雲海の下へと崩落を始めようとしていた。

「主様、要塞が落ちます! このままでは我らも瓦礫と共に圧殺されてしまう!」

レオンが崩れ落ちる天井の破片を大盾アイギスで弾き飛ばしながら叫ぶ。

「正規の脱出艇があるはずですが、今から船着き場へ向かっても間に合いません!」

シルフィアもまた、床が傾き始めた機関室の中で見事なバランスを保ちながら、焦燥の声を上げた。

この要塞からの正規の脱出ルートは、ボスの撃破後に現れる魔導ゴンドラに乗り込み、十分ほどの時間をかけてゆっくりと地上へ降下するというものだ。だが、星脈炉を力技で破壊するというシーケンスブレイクを行った結果、システムは脱出イベントのフラグを読み込めず、要塞そのものの崩壊処理だけを先行して開始してしまっている。

タイムアタックにおいて、崩壊するマップからの脱出に時間をかけるのは愚の骨頂だった。

俺はHP1の赤いオーラを揺らめかせながら、砕け散ったステンドグラスの窓の向こう、果てしなく広がる青空と、眼下に分厚く横たわる雲海を見下ろした。

「船など探す必要はない。俺たちはここから、一番下の湖まで直接飛び降りる」

俺が一切の動揺もなくそう告げると、二人は一瞬だけ息を呑み、そして互いの顔を見合わせた。

常識で考えれば、雲の彼方にあるこの高高度から生身で飛び降りるなど、自殺以外の何物でもない。だが、俺の言葉を聞いた二人の瞳には、恐怖も疑念も一切浮かんでいなかった。

「ふははは! 空へ昇ったのならば、帰る道もまた空であるのが道理! 主様と共にこの蒼穹を舞い降りるなど、騎士としてこれ以上の痛快な冒険はありませぬな!」

「はい。主様が飛び降りろと仰るのなら、そこが奈落の底であろうとも、私は笑顔で供をいたします」

二人のその無条件の信頼に、俺の胸の奥で、またしてもチクリとした心地よい痛みが走った。

ただのプログラムされた従順さではない。彼らは自らの意志で、俺の常軌を逸した選択を「冒険」として楽しもうとしているのだ。

(……お前らという奴は、本当に)

俺は少しだけ口元を綻ばせ、頭のフライパンを深く被り直した。

「お前が先頭だ。アイギスを下に向けて構え、落下してくる要塞の瓦礫から俺たちを守る傘になれ。そしてお前は空中で俺から絶対に離れるな」

「御意!」

「承知いたしました、主様!」

俺たちは傾き崩れゆくバルコニーの縁を蹴り、底なしの虚空へ向かって同時に身を投じた。

強烈な浮遊感が内臓を跳ね上げ、直後に、凄まじい風切り音が世界の一切の音を奪い去った。

眼下に広がるのは、魔王領の広大な大地と、その中心に海のように広がる巨大湖『ルナ・カリス』の真っ青な水面。俺たちの身体は、音速に近い速度で真っ逆さまに雲海を突き抜けていく。

「ぬおおおおおッ!! 砕け散れ、鉄屑ども!!」

俺たちの遥か下方を落下していくレオンが、アイギスを構えたまま咆哮を上げる。

要塞から剥がれ落ち、俺たちよりも速く落下していく巨大な大理石の破片や鉄骨を、レオンは自ら加速して盾で粉砕し、俺たちが安全に落下できるクリアな空間を強引に切り開いていた。

自らを犠牲にしてでも主君の道を拓くという、彼の究極の忠愛がそこにあった。

そして俺の腕の中では、シルフィアが俺の首に両腕をしっかりと回し、その細くしなやかな身体を完全に俺に預けていた。

(ああ……風の音が、遠い)

シルフィアは目を閉じ、俺の胸板に頬を擦り寄せた。

耳を劈くような落下の風圧の中にいるはずなのに、彼女の世界は信じられないほど静かで、温かかった。俺の腕が彼女の腰を強く抱き寄せ、絶対に離さないという意志を伝えてくる。

暗殺者として、常に孤独と冷たい死の気配の中で生きてきた彼女にとって、誰かに命を完全に委ね、守られるという経験は、恐ろしいほどの甘美な毒だった。

(私は剣として、主様をお守りするべきなのに。……こうしてあの方の腕の中にいると、私はただの、恋に焦がれる弱い女になってしまう)

シルフィアの金色の瞳から、風圧とは無関係の熱い涙がポロリとこぼれ、俺の衣服に染み込んだ。

それは悲しみではない。己の心が完全にこの男の虜になってしまったことを自覚する、どうしようもない幸福の涙だった。彼女は狂おしいほどの愛おしさを込めて、俺の背中に回した腕の力をさらに強めた。

フルダイブ型VRの極限まで高められた触覚フィードバックが、彼女の柔らかな体温と、狂おしいほどに早い心臓の鼓動をダイレクトに俺の現実の肉体へと伝えてくる。

(……ただの落下イベントの最中だ。本来なら、コントローラーから手を離して画面を眺めているだけの時間のはずなんだが)

俺は、腕の中で小刻みに震えるシルフィアの温もりと、眼下で瓦礫を砕き続けるレオンの頼もしい背中を見つめながら、己の心の中に深く根を張り始めた感情を自覚していた。

効率主義の計算式では絶対に弾き出せない、他人を愛おしいと思う感情。孤独なRTA走者であった俺の心は、彼らというバグだらけの温もりによって、すでに完全に溶かされ、書き換えられてしまっていた。

(こいつらを、ただのデータだなんて、もう二度と思えない。俺の、大切な戦友だ)

俺はシルフィアの背中を抱きしめる腕に力を込め、眼下に迫る巨大湖ルナ・カリスの水面を鋭く睨み据えた。

落下速度はすでに限界に達している。

このゲームの物理エンジンにおいて、どれほど深い水場であろうと、一定以上の高高度から落下して水面に激突した場合、表面張力がコンクリートと同等の硬度として計算され、即死ダメージの判定が下される。HP1の俺はもちろん、レオンやシルフィアであっても無事では済まない。

俺はインベントリから、最下級のアイテムである『欠けた銅貨』を一枚、指先に取り出した。

落下による即死判定を回避するためのシステムハック。

着水のほんの数フレーム前、プレイヤーよりも先に極小の質量を持つオブジェクトを水面に衝突させるのだ。システムは銅貨が水面を叩いたという波紋の物理演算処理に一瞬だけリソースを奪われ、その直後に突っ込んでくる巨大な質量である俺たちの激突ダメージ計算を、完全にスキップしてしまう。

通称、水面リセット・ダイブ。

「盾の構えを解いて受け身をとれ! 2人とも息を吸え!」

湖面が目の前に迫る。水面の細かな波紋が視認できるほどの極限の距離。

俺の指示に合わせ、レオンが空中で身体を丸め、シルフィアが大きく息を吸い込んで俺の胸に顔を埋めた。

俺は指先に挟んだ欠けた銅貨を、真下の水面に向けて弾き飛ばした。

チャリン、という小さな音がシステム上で処理された直後。

ドッバァァァァァァァァァァンッ!!!!

まるで巨大な爆弾が投下されたかのような猛烈な水柱が上がり、俺たち三人は巨大湖ルナ・カリスの冷たい深淵へと、一切のダメージを受けることなく無事にダイブを成功させた。

水の中に包まれた瞬間、落下の轟音は消え去り、静寂と青い泡の世界が広がった。

俺は水中でシルフィアの腰を抱いたまま、浮力に任せてゆっくりと水面へと浮上していく。彼女の銀色の髪が水中で美しく広がり、吐き出した空気の泡がキラキラと光を反射して上っていく。

(……信じられないほど、綺麗だ)

俺は水中の青い光の中で、目を閉じて俺に身を委ねるシルフィアの顔を、ただ無言で見つめていた。効率も、タイムアタックの記録も、今はどうでもよかった。

やがてザバァッという音と共に水面へ顔を出すと、魔王領の生温かい風が頬を撫でた。

「ぷはっ! ははは、見事な着水であった! 鎧の隙間から水が入って冷たいが、これもまた心地よい試練よ!」

少し離れた場所で、レオンが顔の水を拭いながら豪快に笑い声を上げている。

「主、様……。無事、でしたね」

俺の腕の中で顔を上げたシルフィアが、濡れた睫毛を瞬たかせながら、安堵と喜びの入り混じった熱い吐息を漏らした。

水に濡れた彼女の衣服が肌に張り付き、その驚くほど整った身体のラインを強調している。俺は思わず視線を逸らし、気まずさを誤魔化すように短く咳払いをした。

「……ああ。水面判定のキャンセルは完璧だった。二人とも、よく指示に従ってくれた」

俺が彼女の身体を支えながら湖の遠くへと視線を向けると、巨大湖の対岸に、煌びやかな極彩色のネオンの光が水面に反射しているのが見えた。

魔王領の兵站と享楽を司る巨大な歓楽街、享楽都市『ヴォル・ティーガ』。

次の攻略エリアであるその街の怪しい輝きは、俺たちのこれまでの過酷な戦いとは全く質の違う、甘く危険な匂いを漂わせていた。

「さあ、あそこの岸まで泳ぐぞ。風邪を引く前に、次の街で少しばかり装備の調達と……休息をとる」

俺の口から自然とこぼれ出た「休息」という言葉に、レオンとシルフィアは少しだけ驚いたように顔を見合わせ、そして本当に嬉しそうに微笑み合った。

バグを利用した理不尽なRTAの旅路。しかしその中に、確かな仲間との日常という名の時間が、静かに、そして深く刻まれようとしていた。

俺たちは輝くネオンの街を目指し、冷たい湖の水を掻き分けて進んでいくのだった。

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