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バグだらけのVRクソゲーでRTA走ってたら、なぜか現実の異世界だった件 ~「壁抜けカニ歩き」で魔王城をショートカットしたら、神の如き空間跳躍の使い手だと勘違いされています~  作者: 伊桜 瑠夏詩
第2章:魔王領シーケンスブレイクと、システム外の温もり

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33/33

第33話:ヒットストップの永久凍結と、機関室の共闘

砕け散ったステンドグラスの破片が、色鮮やかな雨のように大理石の床へと降り注ぎ、澄んだ音を立てて弾けていく。

暴風の吹き荒れる空の道を超え、俺たち三人が強引に突入したのは、空中要塞ルギド・アヴェイルの心臓部たる『ゼルマリア機関室』だった。

外の荒れ狂う風音は分厚い防音の壁に遮られ、代わりに空間を満たしていたのは、重低音で響く巨大な歯車の駆動音と、魔力が循環する際に生じるオゾンのような鋭い匂いだった。

見上げれば、首が痛くなるほどの高所にまで、真鍮と黒鉄で造られた複雑な機械群がびっしりと張り巡らされている。そして空間の中央には、この要塞全体に浮力を供給している巨大な青白い結晶体――『星脈炉』が、心臓のように脈打ちながら鎮座していた。

「主様、ご無事ですか。お怪我は」

いち早く体勢を立て直したシルフィアが、俺の衣服についた細かなガラス片をそっと手で払い落としながら気遣うように顔を覗き込んでくる。

その手つきは暗殺者とは思えないほど優しく、ひどく自然な労りの念に満ちていた。俺はHP1の赤いオーラを微かに揺らめかせながら、彼女の気遣いに小さく頷き返した。

「ああ、問題ない。お前たちが完璧に風の軌道を制御してくれたおかげだ。無傷でここまで来られた」

俺の言葉に、シルフィアの金色の瞳が嬉しそうに細められる。彼女は静かに一歩下がり、抜かりなく双剣の柄に手をかけて周囲への警戒状態へと移行した。

遅れて立ち上がったレオンも、へこみの目立つ大盾アイギスを力強く叩き、己の健在を誇示するように分厚い胸を張っている。

(……だが、一息ついている暇はないな。この部屋に足を踏み入れた時点で、イベントのフラグはすでに起動している)

俺が星脈炉へと視線を向けたその瞬間。

機関室の天井付近で稼働していた巨大な歯車の一つが、ギガァンッ、と耳障りな音を立てて停止した。

直後、天井の暗がりから、圧倒的な質量を持った鉄の塊が降ってきた。

ズドォォォォォォンッ!!

床の大理石が蜘蛛の巣状に砕け散り、舞い上がった粉塵の中から、身の丈五メートルはあろうかという巨大な機械の騎士が立ち上がる。

要塞の最終防衛システム、『機将ザルグ・ヴェイン』。

四本の太い腕にそれぞれ異なる巨大な戦斧と大剣を握り、兜の奥で赤い単眼を不気味に点滅させている。

「な、なんと巨大な……! 主様、下がっていてくだされ! 奴の標的は我ら侵入者だ!」

レオンが即座に俺の前に飛び出し、巨大な鉄の騎士と対峙する。

機将ザルグ・ヴェインは、本来であれば部屋の四隅にある魔力供給装置を一つずつ破壊し、ボスの装甲を弱体化させながら戦わなければならない、非常に手間の掛かるギミックボスだ。まともに戦えば装甲に弾かれ、四本の腕から繰り出される怒涛の連続攻撃によって、前衛の盾役ごと粉砕されてしまう。

だが、RTA走者である俺の頭の中に、ギミックを真面目に解くという選択肢は最初から存在しなかった。

「2人ともよく聞け。あのボスのギミックはすべて無視する」

俺が背後から静かに告げると、武器を構えていた二人は、一切の疑念を持たない澄んだ瞳でこちらを振り返った。

「あの巨大な機械の四本腕から放たれる『振り下ろし』の攻撃。お前はそれを回避せず、真正面からアイギスで完璧に受け止めろ。弾くのではなく、敵の武器と盾が衝突するその瞬間に、全筋力を以て『拮抗』させるんだ」

「拮抗……! 承知いたしました。このレオンの魂を乗せた盾、いかなる巨兵の一撃であろうと真っ向から受け止めてみせましょう!」

「お前は盾と敵の武器がぶつかり合い、火花が散ったその『一瞬』を狙え。そのコンマ数秒の間に、敵の関節の隙間へ、お前の持つ最も手数と速度の多い双剣の乱舞を叩き込むんだ。いいな?」

「火花が散った瞬間に、最速の連撃を……。はい、主様。貴方様が刻めと仰るのなら、私は時間の隙間すらも切り裂いてみせます」

二人は俺の意図をまったく理解していないはずだ。だというのに、俺の無茶苦茶なオーダーに対し、ただの一秒も躊躇うことなく頷いた。

彼らのその絶対的な信頼が、俺の胸の奥を熱くする。

(俺が狙うのは、アクションゲーム特有の演出処理の悪用だ。重量級の攻撃をジャストガードで受け止めた際、その衝撃の重さをプレイヤーに伝えるために、システムは互いのキャラクターの動きをコンマ数秒だけ完全に停止させる。いわゆる『ヒットストップ』と呼ばれる演出だ。

そのヒットストップによる時間停止の処理中、第三者による多段攻撃のヒット判定が重なると、システムは硬直時間のカウントを正常に処理しきれず、タイマーを無限に上書きし続けてしまう。つまり、敵の時間は永遠に停止したままになる)

理論上は可能なバグだ。しかし、それを成功させるには、レオンの完璧な防御と、シルフィアの常人離れした反射神経によるフレーム単位の連携が必要不可欠だった。

ゲームのプログラムによる自動処理ではない。今、俺の目の前にいる『彼ら自身』の技量と、俺への信頼がなければ絶対に成立しない大技。

「来るぞ……合わせろ!!」

俺の叫びと同時、機将ザルグ・ヴェインの赤い単眼が発光し、四本の腕に握られた巨大な戦斧と大剣が、レオンの頭上へと無慈悲に振り下ろされた。

空気を引き裂く轟音。床が震えるほどの圧倒的な質量による死の一撃。

「おおおおおおおッ!! 我が主の御前であるぞ!!」

レオンは一歩も引かず、大地に深く根を張るように両足を踏み込み、大盾アイギスを天に向けて突き上げた。

ガギィィィィィィィィィンッ!!!!

鉄と鉄が激突する、凄まじい衝撃音が機関室に響き渡る。

レオンの強靭な肉体が、巨大な機械の腕力と完全に拮抗した。火花が散り、衝撃波が周囲の空気を吹き飛ばす。

その瞬間。演出としてのヒットストップが発動し、ボスの巨体とレオンの動きが、世界から切り離されたようにピタリと静止した。

「――そこっ!!」

静止した世界の中で、一筋の銀色の閃光が躍動した。シルフィアだ。

彼女はレオンの背中を踏み台にしてふわりと跳躍すると、空中で身を捻りながら、静止しているザルグ・ヴェインの関節の隙間へ向けて、目にも止まらぬ速度で双剣の乱舞を叩き込んだ。

ガガガガガガガガガガガガガッ!!

シルフィアの刃がボスの装甲に触れた瞬間、不自然な処理落ちのノイズが空間に走る。

多段ヒットによる硬直時間の上書き。バグは、完璧な形で成立した。

着地したシルフィアが残心をとった後も、機将ザルグ・ヴェインは武器を振り下ろした姿勢のまま、空中で完全に硬直フリーズし、微動だにしなくなったのだ。

「……見事だ、二人とも」

俺は、彫像のように固まった巨大ボスの脇を、HP1のまま悠然と歩いて通り抜ける。

俺の目に映っていたのは、もはやシステムを欺いたバグの鮮やかさではなかった。

ただ俺の言葉を信じ、己の命を懸けて巨大な刃を受け止めたレオンの強靭な背中。そして、俺の求める完璧なタイミングで、暗殺者としての技のすべてを芸術的なまでに叩き込んでみせたシルフィアの美しい横顔。

(なんだよ、これ……。一人でコントローラーを握って、孤独にタイムを削っていた頃より、ずっと、ずっと……胸が熱いじゃないか)

俺は足を止め、振り返って二人の姿を見つめた。

ただのデータの集積だと思っていたNPC。だが、彼らが俺に向けてくれる信頼と、共に死線を越えようとする熱量は、紛れもない『本物』だった。

俺はもう、彼らをただの便利なシステムだとは到底思えなくなっていた。

「主様……奴は、時を止められたかのように動かなくなりました。これも、主様の御力なのですね」

シルフィアが、少し弾んだ声で俺の元へと歩み寄ってくる。

彼女の頬は微かに高揚で赤く染まり、その瞳には俺への思慕と、己の役割を完璧に果たせたという誇りがキラキラと輝いていた。

(私は、主様の思い描く戦場を、完璧に駆け抜けることができた。ただ見惚れて、庇われるだけの私じゃない。あの方の隣に立つに相応しい剣になれたのだ……!)

恋心を力に変え、相棒としての矜持を胸に抱くシルフィア。その姿は、冷たい暗殺者の面影など微塵もない、一人の可憐で逞しい少女のそれだった。

「うむ! 主様の神懸かった戦術と、シルフィア殿の雷光の如き剣技! 我ら三人の呼吸が完全に一つになった結果ですな! はっはっは!」

硬直したボスの下から抜け出したレオンが、豪快に笑いながら合流する。

俺は言葉にならない感情を飲み込み、顔のニヤけを隠すように、頭のフライパンを深く被り直した。

「……ああ。お前たちの技量がなければ、絶対に不可能な戦術だった。俺の誇る、最高のパーティだ」

俺のそのストレートな称賛の言葉に、レオンは感極まってまた兜の奥で男泣きを始め、シルフィアは「主、様……っ」と呟いて、耳の先まで真っ赤にして俯いてしまった。

俺は二人に背を向け、機関室の中央で脈打つ星脈炉へと歩み寄る。

そして、その表面を覆うガラス管を、持ち出した銅の剣で無造作に叩き割った。

ガシャァァァンッ!!

星脈炉の機能が停止し、空中要塞ルギド・アヴェイル全体を覆っていた巨大な防護結界が、光の粒子となって霧散していく。

それと同時に、処理落ちから解放された機将ザルグ・ヴェインの巨体が、蓄積されたダメージ計算を一気に吐き出して大爆発を起こし、鉄屑となって崩れ落ちた。

「結界は解除した。これで、次のエリアへ進める」

俺がそう告げると、シルフィアとレオンが力強く頷き、俺の左右へと並び立った。

バグだらけの狂った世界で、孤独だったRTA走者の隣には今、絶対に背中を預けられる二人の足音がある。

俺たちは、崩れゆく機関室の奥に現れた新たな扉へ向けて、三人の歩調をピタリと合わせて歩き出すのだった。

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