第3話:無限の剣製(バグ)と、無敵の自傷行為
「よし、始まりの街『ルーツ』に到着だ。まずはここで金策(ゴールド稼ぎ)とインベントリの整理をするぞ」
暗黒の森を抜け、のどかな風が吹く初心者用の街に足を踏み入れた俺は、頭のフライパンをカンッと鳴らして気合を入れた。
隣を歩くシルフィアは、森を後ろ向きで突破した時の凄まじいG(重力加速度)のせいで、まだ少し足元がおぼつかない様子だ。
「……主様。この平和な街で、何をされるおつもりですか?」
「ん? ああ、ちょっと世界の経済を回して(ぶっ壊して)くる」
俺は街の中央広場にある道具屋へ直行した。
RTAを完走するためには、中盤以降で大量の回復アイテムやドーピング薬を買う必要がある。しかし、正規ルートでお使いクエストをこなして小銭を稼ぐ時間などない。
「いらっしゃいませ! 旅のお方、何をお求めで——」
「NPCの台詞はスキップだ。おい、この『銅の剣』を1本売ってくれ」
俺は道具屋の親父から、攻撃力+2の最も安い初期武器「銅の剣」を1本だけ購入した。
そして、店の前の広場に立つと、インベントリを開いて特定の操作を開始する。
「装備切り替え画面を開いたまま、アイテムドロップを選択……と同時に決定ボタンとキャンセルボタンを1フレーム内で同時押し!」
カカカカカカカカカカカカカカカカッ!!!!
俺の指が、コントローラー(VR空間内のメニュー画面)を限界を超えた速度で弾き続ける。
このゲームの致命的なバグの一つ、『インベントリ参照エラー増殖』だ。処理が追いつかない状態でアイテムを手放すと、手元にアイテムを残したまま、空間にアイテムのコピーが生成され続ける。
チャリン、チャリン、チャカカカカカカカカカッ!!!!
「な……っ!? け、剣が……!?」
シルフィアが悲鳴のような声を上げた。
俺の手元から、銅の剣が滝のように溢れ出し、広場の石畳に次々と突き刺さっていく。
十本、百本、千本、一万本……!
「……よし、とりあえず10万本くらい増殖させとくか。必要な分だけ売って、残りはここに放置でいいや。インベントリ圧迫するし」
数分後。始まりの街の中央広場には、太陽の光を反射してギラギラと輝く**「10万本の銅の剣からなる、巨大な金属の山」**がそびえ立っていた。
「ああ……なんという事だ……」
シルフィアはその光景を見て、その場に崩れ落ちた。
彼女の眼には、ただのバグ利用が『神の御業』に映っている。
(無から有を生み出す……神の領域たる『創造』の力。それも、ただの土塊ではなく、人の命を奪う『武器』を、これほどまでに無造作に……!)
シルフィアは震える両手を握りしめた。
(あのお方は、この平和にボケた人類に対し『争いの無意味さ』を説いているのだ。これほどの武力が無価値に転がっているというのに、何のために血を流すのかと……! ああ、なんという深き慈愛……!)
「重っ……! やっぱ10万本も同一エリアにオブジェクト置くと、処理落ち(ラグ)がひどいな」
俺はカクカクし始めた視界に舌打ちしながら、必要な分だけ剣を売却し、資金をカンスト(上限到達)させた。
その時だった。
『ドガァァァァァァァンッ!!』
街の入り口の門が、巨大な爆発と共に吹き飛ばされた。
悲鳴を上げる村人たち。砂煙の中から現れたのは、重装甲に身を包んだ屈強な男たちの集団だった。
「ヒャハハハ! この街の金品と女は、俺たち『赤き牙』がすべていただくぜぇ!」
チュートリアルボス、盗賊団長ガルド。
ゲーム開始直後のプレイヤーに「戦闘の基本」と「敗北イベント(負けてもストーリーが進む)」を教えるための、レベル10のボスキャラクターだ。
「なっ……! 盗賊団だと!? まずい、この街の自警団では……主様! 危険です、下がって——」
シルフィアが反射的に短剣を構えようとする。
「(あー、ここで強制戦闘イベント入るのか。盗賊団長の長台詞ムービー、3分もあるんだよな。うざっ)」
俺はシルフィアの制止を無視して、頭にフライパンを乗せたまま、ズカズカと盗賊団長ガルドの目の前まで歩いていった。
「ああん? なんだテメェ、頭にナベなんか被りやがって。俺様は泣く子も黙る——」
「台詞なげぇよ。とっとと攻撃してこい」
「あ……? ぶっ殺されてぇらしいなァ!!」
激高したガルドが、身の丈ほどもある巨大な戦斧を振りかぶった。
チュートリアルにおける『回避不可の大攻撃』。プレイヤーに防御の大切さを教えるための、絶対に被弾するシステム上の確定攻撃だ。
「死ねェ!! 『粉砕の重撃』!!」
戦斧が、空気を裂いて俺の脳天へと振り下ろされる。
シルフィアが「主様っ!」と悲鳴を上げた、その瞬間。
俺はインベントリから『極小ボム(爆竹レベルの自傷アイテム)』を取り出し、自分の足元に叩きつけた。
パンッ!!
「ぐっ!」
わずかな爆発により、俺のHPが「1」だけ減少し、身体が一瞬だけ硬直する。
アクションゲームにおける『ダメージを受けた瞬間の無敵フレーム(0.2秒)』の発生だ。
直後。ガルドの放った必殺の戦斧が、俺の身体を完全にすり抜けて地面に激突した。
ドゴォォォォォォンッ!!!
石畳が粉砕され、巨大なクレーターができる。
しかし、その中心に立つ俺には、埃一つ、傷一つ付いていない。
「……は?」
ガルドの動きが止まった。
「ど、どういうことだ……? 確かに手応えはあった! なぜ、テメェは生きてる……!?」
「——無知なる愚者が」
俺の代わりに答えたのは、背後で膝をつき、祈るように両手を組んだシルフィアだった。
彼女の瞳には、狂気にも似た熱烈な信仰の光が宿っている。
「我が主は、貴様のような下賤な者の刃など受けない。主はあえて『自らの身を微かに傷つける(ボムの爆発)』ことで、世界の理を乱し、貴様の攻撃の『因果』そのものをキャンセルされたのだ!」
「い、因果をキャンセル……!? なにを馬鹿な……」
ガルドが後ずさる。
「(よし、ボスの大技の後の硬直時間(隙)が入った。ここで一発殴ればイベントクリアだ)」
俺は初期装備の「ひのきの棒」を構え、ガルドの鼻先をペチッと軽く叩いた。
ただの通常攻撃だ。
しかし、自傷ダメージの硬直直後に最速で攻撃をキャンセル入力すると、なぜか攻撃力がバグってオーバーフローする。
「ペチッ」
「……あ?」
ガルドが間の抜けた声を上げた瞬間。
彼の巨体が、まるで大砲の弾でも直撃したかのように、凄まじい速度で弾け飛び、街の外壁を貫通して彼方の空へと星になって消えていった。
ダメージ表記『9,999,999』。ワンパン(即死)である。
「……」
広場は、水を打ったような静寂に包まれた。
「よし、チュートリアル終了。フラグ回収ヨシ」
俺はフライパンの位置を直し、振り返ってシルフィアを見た。
「行くぞ、NPC。次は王都だ」
「——はいっ! どこまでも、主様のお供をいたします!!」
シルフィアの返事は、出会った時のような冷徹な暗殺者のものではなかった。
それは、絶対神の奇跡を目の当たりにし、魂の底から救済された狂信者の、輝くような笑顔だった。
後にこの街は、「一夜にして10万本の剣が降り注ぎ、神が魔を退けた聖地」として語り継がれることになる。
そして、その広場に放置された10万本の剣のデータが、やがて『神のフォーマット』をフリーズさせる最強のウイルスになることを、今はまだ誰も知らない。




