第16話:空中アイテム階段と、爆薬の天啓
王城地下の大牢獄。境界線の隙間を歩くという物理エンジンの盲点を突き、数十人の獄卒を完全にスルーした俺たちは、ついに最下層を区切る巨大な隔壁の前に辿り着いた。
『断罪の鉄門』。
見上げるほど高く、分厚い黒鉄で造られたその扉は、牢獄の最奥へ進むための唯一の道だ。
「主様。この門には鍵穴がありません。おそらく、別の階層にいる獄長を倒し、特殊な魔石を手に入れなければ開かない仕組みかと」
シルフィアが鉄門の表面を撫でながら、冷静に状況を分析する。
(獄長を倒す? 冗談じゃない。あいつがいるのはこのダンジョンの入り口付近だぞ。ここまで来るのにショートカットしまくったから、今から戻ったら往復で1時間は飛ぶ)
俺は鉄門を見上げた。
扉自体は完全に壁と一体化しており、すり抜けバグが通用するような隙間や蝶番はない。しかし、遥か数十メートル上空、天井と門が接する部分にだけ、換気用と思われるわずかな空間(テクスチャの切れ目)が空いていた。
(あそこの隙間なら、しゃがみ歩きで通れそうだな。問題はどうやってあそこまで登るかだが……)
俺はインベントリを開き、闇商人から巻き上げた大量の『違法な火薬爆弾』をショートカットキーにセットした。
「主様? まさか、その爆薬で門を破壊されるおつもりですか? 先ほどご自身で仰っていたように、この門は破壊不可の魔術が……」
「壊さない。登るんだよ」
俺はシルフィアの疑問に答える間もなく、その場で真上に向かってジャンプした。
そして、最高到達点に達したコンマ1秒の瞬間にメニュー画面を開き、インベントリから違法な火薬爆弾を一つ『足元に捨てる』。
カチッ。
メニューを閉じた瞬間、俺の足元に黒い爆弾がポロリと出現した。
本来ならそのまま地面に落下して爆発するはずの爆弾だが、ゲームの処理において、アイテムが空中にドロップされてから重力演算が適用されるまでに、わずか数フレームのラグが存在する。
俺はその空中に静止した爆弾の、わずか数ピクセルの当たり判定の上に、見事に両足で着地した。
「……えっ?」
地上で見上げていたシルフィアから、素っ頓狂な声が漏れた。
無理もない。彼女の視点では、俺が何もない空中で突然黒い球体を出し、その上に立って静止しているのだから。
(よし、空中アイテム階段バグ、成功。この調子で天井まで行くぞ)
俺は空中に浮いた爆弾の上から再びジャンプし、足元に爆弾を捨て、それに乗る。
ジャンプ、ドロップ、着地。ジャンプ、ドロップ、着地。
等間隔のリズムでコントローラーを入力し続けると、俺の足元には『空中に点々と連なる爆弾の階段』が形成されていった。
「あ、あ、ああ……」
シルフィアは、その信じられない光景を前に、両手で顔を覆った。
少しでも衝撃を与えれば、城の地下ごと吹き飛ばすほどの超高火力爆弾。
それを、主様は空中に並べ、あろうことか自らの足場として踏みつけている。
一つ踏み外せば、いや、魔力の揺らぎ一つで大爆発を起こし、塵も残らず消し飛ぶというのに。
(主様は……死を、爆発を恐れていない。それどころか、破壊の化身たる爆薬すらも、自らを高みへ導くための『礎』として完全に支配しておられる……!)
シルフィアの胸に、かつてないほどの熱い感情が込み上げてきた。
(これぞ絶対者の歩み。己の命すらも天秤にかけず、ただ一直線に遥か高みを目指す。死の恐怖を足元に敷き詰めて登るその背中……ああ、なんて気高く、恐ろしいお方なのだ!)
「おいNPC! いつまで下で呆けてるんだ! バフが届かなくなるから早く登ってこい!」
数十メートル上空から、俺の声が響いた。
「っ! は、はいっ! 今すぐ!」
シルフィアは我に返り、俺が空中に残した爆弾の階段に恐る恐る足を乗せた。
彼女の軽い体重と暗殺者の卓越したバランス感覚のおかげで、爆弾が起爆することなく、無事に俺のいる天井の隙間まで登り切ることができた。
「よし、全員揃ったな。この換気口の隙間から門の向こう側に抜けるぞ」
俺がシルフィアの手を引いて、天井の隙間へと身体をねじ込んだ、その瞬間。
『侵入者発見! 獄長、下層エリアにて異常事態を確認!』
俺たちが通り抜けてきた通路の奥から、けたたましい足音と共に、本来倒さなければならなかったボスキャラクター『獄長』と、数十人の増援部隊が駆けつけてきた。
「なっ! 貴様ら、どこにいる! 門は閉まっているはずだぞ!」
獄長が吠えながら、門の前に到着する。
「(おっと、ロード範囲外から敵が来たせいで、空中に配置してたアイテムの固定座標がリセットされたな)」
俺が隙間の向こう側へ抜け切った瞬間。
空中に静止していた数十個の『違法な火薬爆弾』に、突如として重力演算が一斉に適用された。
パラパラパラッ……。
「ん? 何だこの黒い玉は。空から……」
獄長が、頭上から降ってきた爆弾を不思議そうに見上げた。
次の瞬間。
ドッッッバァァァァァァァァン!!!!
数十個の超高火力爆弾が、獄長と増援部隊の頭上で一斉に大爆発を起こした。
断罪の鉄門すらも激しく揺さぶるほどの圧倒的な爆風と炎が、地下牢獄の通路を完全に飲み込み、敵の軍勢を一瞬にして消し炭に変える。
「……」
天井の隙間を抜け、門の向こう側に着地した俺とシルフィアは、背後の分厚い鉄門越しに響く凄まじい爆発音と断末魔を聞いていた。
「よし、これであのエリアの敵は全滅だな。追手の心配もなくなったし、一石二鳥だ」
俺は頭のフライパンの埃を払いながら、満足げに頷いた。
一方、シルフィアは背後の門を振り返り、深い祈りを捧げるように目を閉じていた。
(主様は、門を越えるだけではなかった。自らが登ってきた『死の階段』を、そのまま追手に対する『神の裁きの雷』へと転化されたのだ。無駄な行動など何一つない。すべては、この圧倒的な殲滅を見据えた布石……!)
「さすがでございます、主様。貴方様の歩まれた後には、愚か者たちの灰しか残りません」
「ん? まあ、アイテム置きすぎると処理落ちするから、適度に爆破してメモリ解放しただけだぞ。さあ、行くぞ」
俺はシルフィアの感極まった声を適当に流し、王城地下のさらに奥深くへと歩みを進めた。
空中を歩き、爆炎で敵を粉砕する男の背中は、狂信の暗殺者にとって、もはやいかなる神聖な教典よりも尊い信仰の対象となっていた。




