第14話:多重衝突(痙攣)のロデオと、神殺しの空
「逃げる? 冗談言うなNPC。あれは敵じゃない、極上の足場だ」
システムが不正プレイヤーを抹殺するために投下した処刑用ペナルティボス『黄金の巨像』。
その家屋ほどもある巨大な拳が、広場の石畳を粉砕すべく、恐るべき速度で振り下ろされた。
「主様ぁっ!!」
シルフィアが絶叫する。
直撃すれば、城壁すらも塵と化す質量兵器。俺のHPは現在、ダメージブーストの代償によって『1』のままだ。かすっただけで即死である。
だが、俺は怯むことなく、火事場バフ(HP1状態で移動速度2.5倍)の赤いオーラを引きずりながら、振り下ろされる拳の『真下』へと猛烈なスライディングを敢行した。
「(3Dアクションゲームにおいて、巨大ボスの攻撃モーション中は、関節部分や接地部分の当たり判定がガバガバになる。狙うのは、拳と地面が激突するコンマ1秒前の『1ドットの隙間』!)」
ズゴゴゴゴゴゴォォォンッ!!!
巨像の拳が、広場の中央に激突した。
凄まじい衝撃波が巻き起こり、周囲の大理石が爆発するように吹き飛ぶ。
「ああ……主様……っ!」
爆煙に巻かれ、シルフィアは絶望に膝をついた。あの質量の下敷きになって、生きている人間などいない。
しかし。
爆煙が晴れた広場の中央で起きていたのは、凄惨な死ではなく、物理法則の完全なる崩壊だった。
ガガガガガガガガガガッ!!!!
「な……に……?」
シルフィアは、自分の目を疑った。
振り下ろされた黄金の巨像の腕が、地面にめり込んだまま、あり得ないほどの超高速で小刻みに震え(痙攣し)ていたのだ。
そして、その拳と地面のわずかな隙間に——頭にフライパンを被った俺が、涼しい顔で挟まっていた。
「よし、めり込み(ヒットボックス・エンベッディング)成功。物理エンジンがパニックを起こしてるぞ」
俺は巨像の拳の下でしゃがみ状態を維持したまま、ニヤリと笑った。
俺のキャラクターの当たり判定が、巨像の拳の当たり判定と完全に重なってしまっているのだ。
システムは「二つの物体が重なっている」というエラーを解消しようと、互いを強烈な力で反発(押し出し)させようとする。しかし、地面の当たり判定がそれを阻んでいるため、行き場を失った反発エネルギーが無限に増幅していく。
『システムエラー。接触判定の異常増幅を検知』
『オブジェクト座標が計算不能——』
ガガガガガッ! ピタッ。
一瞬、世界から音が消えた。
そして次の瞬間。
ギュオォォォォォォォォォォンッ!!!!
無限に増幅された反発エネルギーが爆発し、高さ30メートルを超える超質量の『黄金の巨像』が、まるでロケットのように——俺を拳の裏にくっつけたまま——真っ直ぐに上空数千メートルへとカッ飛んでいった。
「うおおおおおっ! いいぞ、最高の上昇速度だ!!」
俺は巨像の腕の表面に立ち(システム上は俺が巨像を押し上げている判定になっている)、猛烈な風圧の中で歓声を上げた。
地上からその光景を見上げていたシルフィアの目には、それはもはやゲームのバグなどではなく、一枚の荘厳な『神話の絵画』のように映っていた。
(……見よ。神が遣わした絶対の処罰者(巨像)が、手も足も出ず、主様の圧倒的な力によって『天界』へと引きずり戻されている……!)
痙攣しながら不自然な姿勢で空へ昇っていく巨像。それはシルフィアにとって、「真なる神の御手によって首根っこを掴まれ、天へと連行される偽りの偶像」の姿だった。
(神罰を下しに来た者を、逆に天へと連れ去り、神そのものに裁きを下さんとする反逆の飛翔。ああ……あの御方は、この理不尽な世界を創った神すらも、許すおつもりはないのだ……!)
「(よーしよし、このままの角度なら、王城の最上階まで一気にショートカットできるぞ。……あ、ヤバい)」
俺が上機嫌で巨像の腕の上をサーフィンしていた時だった。
多重衝突バグによって発生する凄まじい反発ダメージは、俺のHP(残り1)には入らないよう調整していたが、『巨像自身のHP』には毎秒数百万ダメージとして入り続けていたのだ。
パキッ……ピキキキキッ!!
上空三千メートル。
システムが設定した最強のペナルティボスは、俺のバグに巻き込まれた物理ダメージのオーバーフローに耐えきれず、空中で全身にヒビを走らせた。
「(ちっ! 敵の耐久値が持たなかったか! このままじゃ空中で爆散して落下死する!)」
俺は舌打ちし、インベントリから初期装備の『ひのきの棒』を取り出すと、巨像が爆発するコンマ1秒前に、空中で武器振りのモーションを入力した。
『強制討伐完了——エラー、エラー』
ドッッッバァァァァァァァァァァン!!!!
王都の遥か上空で、黄金の巨像が存在限界を迎えて大爆発を起こした。
王都中の民が、真昼の空に輝く黄金の超新星爆発を見上げて悲鳴を上げる。
俺は巨像が爆発する瞬間に『武器振りでの滞空時間リセット』を利用し、爆風の当たり判定を『ローリング(無敵フレーム)』ですり抜け、そのまま自由落下を開始した。
「(城の最上階までは届かなかったか。……仕方ない、落下地点は……あそこだ!)」
俺は落下しながら眼下の王城を見下ろし、空中で姿勢を制御する。
俺が目指したのは、王城の敷地の端——重厚な鉄扉で閉ざされた、すり鉢状の巨大な闘技場、あるいは地下へと続く大牢獄の入り口だった。
ヒュォォォォォンッ!
俺は地面に激突する寸前、インベントリを開閉して落下ダメージをキャンセルし、スタッと無音で着地した。
「ふぅ……まあ、タイムロスは数秒ってところか」
俺が埃を払っていると、少し遅れて、地上の広場に取り残されていたシルフィアが、俺の『パーティーメンバーの強制引き寄せ(ワープ)処理』によって、俺の背後にポンッと実体化した。
「……主、様……」
シルフィアは、上空で散っていく黄金の光の粒子(巨像の残骸)を見上げながら、震える声で呟いた。
「天に座す神の偶像を……一撃で……。貴方様は、本当に……」
「お、NPC。ちゃんとワープしてきたな。はぐれたら面倒だから気をつけろよ」
俺は彼女の言葉を遮り、目の前にそびえる重厚な鉄の扉を指さした。
「ここから先は『王城地下・大修練場』だ。正規ルートのフラグをガン無視して裏口から落ちてきたから、敵の配置がバグってるかもしれない。気を引き締めろよ」
「——はいっ! 神殺しの主様が歩まれる道、このシルフィア、地獄の底まで切り拓いてみせます!!」
狂信の度合いをさらに一段階引き上げた暗殺者を従え、HP1のRTA走者は、いよいよ王城の裏側へとバグの歩みを進める。




