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大罪魔女の落ちこぼれ   作者: ゆずきあすか
カトレア魔法学園 編
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9/29

Episode9 やはり私の学園生活は普通じゃない。

 学園に到着すると、校門の前には、ひときわ背筋の伸びた女性が立っていた。

 鋭さと気品を併せ持つ眼差しが、こちらを捉える。

 女性はすぐにカルミアへ歩み寄った。


「編入生のカルミア・ジーニアス様ですね。お待ちしておりました。わたくし、事務員のサーベラスと申します」

「は、初めまして……」


 思わず背筋が伸びる。

 すらりとした長身に、きっちりと整えられた制服。無駄のない所作と凛とした声。


「(か、かっこいい……)」

「それでは早速ですが、学生寮までご案内いたします。お荷物を置き次第、教室へ向かっていただきますね」

「あ、はいっ!」


 サーベラスの後を追いながら、カルミアはきょろきょろと周囲を見回した。

 広々とした石畳の通路。その両脇を緑が彩り、奥には巨大な校舎がそびえ立っている。まるで、お城みたいだ。

 見慣れない景色に、胸が落ち着かない。


「(……ちゃんと、やっていけるのかな)」


 ふと脳裏に浮かんだのは、森の小屋で自分を見送ってくれたトレニアの顔だった。

 ロベリアさんも一緒だったけど……今頃、どうしてるのかな。

 胸の奥に小さな不安を抱えたまま、案内された自室へ入る。広さは八畳ほどで、長方形型の構造をしている。窓際には机とベッド、入口付近にはポールハンガーが置かれていた。


「(思ったより広いかも。ベッドも気持ちよさそうだし、日当たりも――)」 

「カルミア様、お時間が無いので手短に」

「は、はいっ!」


 サーベラスに急かされ、カルミアは荷物を置き部屋を後にした。

 ――その頃。森の小屋では、布巾が棚を叩く音や、箒が床を擦る音が忙しなく響いていた。


「ほら、そこ。まだ埃が残っていますよ。もっと丁寧に拭きなさい」

「いったい、いつまで居座るんですかぁ。デルフィニウム様ぁ~!」

「私がいると、何か不満でも?」

「い、いえっ……あはは……」


 視線だけで空気を凍らせるロベリアに、トレニアは引きつった笑みを浮かべる。

 しばらくして、窓ガラスを拭いていた手が止まった。


「……はぁ」


 トレニアは深いため息をつく。

 布巾を握る手に、じんわりと力がこもった。


「ご主人様、大丈夫でしょうか……」


 ぽつりと漏れた声。

 視線は窓の外、森の向こうへ向けられていた。


「きっと今頃、貴族や性格の悪い相手に嫌がらせを受けていますよ!」

「……その偏見はどこから出て来たんだ。いいから騒がず、手を動かせ」

「だってー」


 頬を膨らませるトレニア。


「――そういえば、デルフィニウム様たちは、どうしてあの時ペディランサスに来ていたんですか?」


 一瞬だけ、ロベリアの動きが止まった。


「偶然だ」

「ははーん……」


 トレニアの口元がにやりと歪む。

「も、し、か、し、て……ご主人様が心配で、こっそり様子を見に来てたとかっ!」


 しかし、ロベリアは眉一つ動かさない。


「あーあ。私も行きたかったなぁー」


 その言葉に、ロベリアは古書から目を離した。


「魔法学園は魔法を学ぶ場だ。そもそも魔力を持たないお前が行く意味がない」

「ガーン!!」

「論外だ」

「ガガーン!!」


 ロベリアは紅茶を一口飲む。


「ひどいですよっ! 悪魔をいじめるなんて、悪魔より悪魔です!」

「何を訳の分からないことを……。ほらっ手が止まっている。口より手を動かせ」

「ふえぇぇぇ、ご主人様ぁぁぁぁ!」


 トレニアの悲鳴が、森へ響き渡った。


◇ ◇ ◇


 ――場面は戻り、カルミアは教壇の上で小さく身を縮めていた。

 チョークが黒板を擦る音。紙をめくる音。そして、あちこちから聞こえる小さなざわめき。「編入生」という言葉だけで、教室中の視線がカルミアへ集まっていた。

 胸の奥が、きゅっと縮む。指先が冷たい。


「えー、今日からこのクラスに編入生が加わることになった」


 白い髭をたくわえた高齢の教師が、カルミアへ視線を向ける。


「君、自己紹介を」

「は、はひっ!」


 声が裏返った。

 喉が張り付いたように息が詰まり、心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。


「あの、えっと……カルミア・ジーニアス……ですっ。学園の事とか……分からない事が多いので、教えてもらえると……嬉しい、です」


 視線は定まらず、声も小さい。

 それでも最後まで言い切った。ほんの少しだけ、自分を褒めてあげてもいい気がした。


「では、ジーニアスくん。君の席は……リオールくんの隣じゃな」


 カルミアは小さく頷き、教室の奥へ向かう。

 階段状に高くなる座席。進むほどに、背中へ突き刺さる視線が増えていく。

 それだけで足取りが重くなる。

 ようやく席へ辿り着くと、張り詰めていた身体から力が抜けた。

 ふわりと椅子へ腰を下ろす。


「初めまして。あたしはアイリスよ。よろしくねっ」

「あ、は、はい!」


 突然声をかけられ、カルミアは驚いて顔を向けた。

 淡い黄色の長い髪。桃色の瞳。整った顔立ちを見た瞬間、胸の奥を奇妙な既視感が掠めた。

 記憶を探ろうとする。けれど、思い出そうとすればするほど、その感覚は遠ざかっていった。


「ねえ。あたしで良かったら、放課後に学園を案内するわ」

「い、いいんですか! ありがとうございます!」


 カルミアは勢いよく頭を下げた。


「ちょっと、大げさよ! 頭を上げて!」

「すみません……その、嬉しくて、つい」


 指先を合わせ、照れくさそうに俯く。

 そんなカルミアを見て、アイリスはほんの一瞬だけ笑った。

 それから放課後までの時間は、あっという間に過ぎた。カルミアとアイリスは並んで学園内を歩いている。

 廊下では、授業を終えた生徒たちが行き交い、あちこちから楽しそうな談笑が聞こえてくる。


「ねえ、ちょっとこっち来て」

「はい?」


 アイリスは足を止め、窓際へカルミアを招いた。

 ガラス越しに見えるのは、学園の中心にそびえ立つ巨大な時計塔。夕陽を浴びた金属と石造りの外壁が、静かに輝いている。


「あの時計塔、ただの時計塔じゃないの。内部には特殊な結界魔法が組み込まれていて、外部からの攻撃や魔獣から、あたしたち生徒を守る役割をしているの」

「この時計塔にも、ちゃんと役割があるんですね……」


 カルミアは、そびえ立つ時計塔を見上げる。自分の立場と、どこか重なる気がした。

 私も、自分の役割を果たさないと。


「ちなみに、時計塔の西側が女子寮で東側が男子寮よ」


 そう説明してから、アイリスはカルミアを見る。


「あたしは学生寮を利用するんだけど、あなたは?」

「あっ私もです」

「じゃあ、最後にとっておきの場所を案内するわ。楽しみにしててっ!」


 その笑顔に、カルミアの胸が少し軽くなる。

 いくつかの施設を巡ったあと、二人が辿り着いたのは裏庭にある大きな植物園だった。


「ここは園芸部門が管理していて、約二千種類の植物が栽培されているのよ」

「すごい数ですね……」


 感嘆しながら歩いていると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。その先にあったのは、艶やかな赤い花。


「それと、外側にある植物には絶対に近づいちゃ――」

「へ?」


 アイリスが振り返る。

 だが、もう遅かった。言われたそばからカルミアは植物へ近づいていた。距離が縮まるにつれ、植物が小さく震える。すると、植物のツルが生き物のように蠢《いごめ》いた。

 ――次の瞬間。

 ツルが一斉に伸び、カルミアの手足へ絡みついた。


「うぅ……なんですか、これ……!」

「もう、何やってるのよ!」


 アイリスが即座に手をかざす。


「――旋風《ウィンド》!」


 鋭い風が走り、ツルを一気に切断した。

 拘束を解かれたカルミアは、その場に尻もちをつく。


「す、すみません……」

「今のはラクバクソウっていうの。花の香りで獲物を引き寄せて、捕まえる植物よ」


 アイリスはしゃがみ込み、手を差し出した。


「大丈夫?」

「……ありがとう、ございます」


 その手を取った瞬間「きゅるるる……」と、静かな植物園に情けない音が響いた。


「……お腹、空いた?」

「……はい」


 カルミアは恥ずかしそうに俯いた。


「じゃあ、そろそろ中へ戻りましょう。最後はとっておきの場所よっ!」


 アイリスはカルミアの手を引き、校舎へ戻っていく。


「あ、あの……どこに……」

「食堂よ。今の時間なら空いてるはずよ」


 アイリスは今日一番の笑顔を見せた。


◇ ◇ ◇


 食堂へ到着した瞬間、カルミアの目が輝いた。


「こ、これは……っ!」


 広い空間に並ぶ、豪華な料理の数々。

 バイキング形式で用意された料理は、どれも宝石のように色鮮やかだった。


「あの……こんな贅沢な料理、本当に頂いていいんでしょうか……」

「ええ、大丈夫よ。でもまあ、学費はあたしたちの両親が――」

「わぁっは~! これと、これと、これも! あと、これも!」


 カルミアは夢中になって料理を皿へ盛っていく。


「……って、聞いてないわよね」


 アイリスは近くの皿を手に取ると、カルミアの傍に歩み寄った。


「ちょっと、食べきれる分だけにしなさいよ」

「はいっ!」

「ち、な、み、に、あたしのおすすめは――」


 アイリスが料理へ手を伸ばした、その時だった。

 ドサッ。


「いたっ……ごめんなさい」

「チッ! 邪魔なんだよ、女が!」


 肩をぶつけてきたのは、学園の男子生徒だった。

 相手は自分たちよりも背が高く、目つきは険しく、見るからに不機嫌そうだった。


「あーあ。謝罪の言葉も無しか」

「……だから、ごめんなさいって謝ったでしょ」

「はあ? 『ごめんなさい』だって?」


 男は鼻で笑った。


「いいか? 俺様はエーヴェルハルト家の長男だぞ? 分かってんのか、貴族に対する礼儀がなってねーんだよ。『ごめんなさい』じゃなくて『申し訳ございません』だろがよ!」

「貴族ですって……? そんなもの、この学園では関係ないでしょう! 身分も種族も関係なく、誰もが平等に学べる。それが、この学園の掲げる理念じゃない!」


 アイリスが睨み返す。

 いつの間にか周囲には多くの生徒たちが集まっていた。張り詰める空気の中、誰も二人の言い争いを止めようとはしなかった。

 誰も貴族と言う権力者に目をつけられたくないのだ。だが、カルミアは目の前で険悪になっていく二人を止めようと、人混みをかき分け、中央へ向かう。

 ――その時。


「君たち。喧嘩はやめなさい」


 一人の男性教師の声が、周りを囲う生徒たちの外から聞こえた。


「フローレンス先生!?」

「……チッ」


 フローレンスが歩み寄ると、生徒たちは自然と道を開ける。


「アイリスくんが言う通り、ここでは身分も種族も関係なく、誰もが平等に学べる場です。いくら権力を振るっても、意味は無いですよ」


 教師の冷たい視線がエーヴェルハルトを捉える。


「それに――君は今年卒業生です。揉め事を起こせば、卒業に影響が生じると思いますよ」


 するとエーヴェルハルトは、ばつが悪そうに目を逸らした。


「……クソがっ。覚えておけよ!」


 捨て台詞を吐き、彼はその場を去っていった。

 周囲の生徒たちが解散すると、カルミアはすぐにアイリスのもとへ駆け寄った。


「アイリスさん! 大丈夫、ですか?」

「ええ。フローレンス先生も、ありがとうございます」

「いえ。僕は大したことはしていませんよ」


 フローレンスは穏やかに笑う。


「怪我がなくてよかったです、アイリスくん。それと――」


 視線がカルミアへ向いた。


「は、初めまして。えっと……今日から編入して来ました。カルミア・ジーニアス、です」

「あー君でしたか! 初めまして。僕は生物学を担当している、アザミ・フローレンスです。よろしくお願いします」


 彼の笑顔は不思議だった。


「それにしても、困りましたね。身分を盾にするなんて……」

「フローレンス先生は良かったんですか。エーヴェルハルト家は、この国で高い権力を持っている貴族ですけど……」

「それを言ったら、アイリスくんだって同じですよ。僕は臨時教師ですし、ここの出身ではないので……。あ、すみません長話してしまって。食事前ですよね、ごゆっくりお過ごし下さい」


 そう言い残し、フローレンスは去っていった。


「さあ、面倒事も解決した事だし、頂きましょう」

「はい!」


 二人は並んで近くの席に腰を下ろした。


「そういえば、アイリスさんって色々とお詳しいんですね」

「まあ、一年も過ごしてたら自然と知識が増えただけよ」


 その後、夕食を済ませ、二人はそれぞれの部屋へ戻った。

 カルミアは部屋に戻るなり、ベッド思いっきりダイブする。ふかふかの毛布を抱きながら今日の出来事を思い返してみる。

 学園を案内してもらい、植物に襲われ、食堂では騒ぎに……。今思えば、初日にしては波乱万丈な一日だった。

 そこでカルミアは、ある事を同時に思い出す。


「――そういえば、私、今日何も調査してない」


 こうして、カルミアの新しい生活が始まった。

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