Episode9 やはり私の学園生活は普通じゃない。
学園に到着すると、校門の前には、ひときわ背筋の伸びた女性が立っていた。
鋭さと気品を併せ持つ眼差しが、こちらを捉える。
女性はすぐにカルミアへ歩み寄った。
「編入生のカルミア・ジーニアス様ですね。お待ちしておりました。わたくし、事務員のサーベラスと申します」
「は、初めまして……」
思わず背筋が伸びる。
すらりとした長身に、きっちりと整えられた制服。無駄のない所作と凛とした声。
「(か、かっこいい……)」
「それでは早速ですが、学生寮までご案内いたします。お荷物を置き次第、教室へ向かっていただきますね」
「あ、はいっ!」
サーベラスの後を追いながら、カルミアはきょろきょろと周囲を見回した。
広々とした石畳の通路。その両脇を緑が彩り、奥には巨大な校舎がそびえ立っている。まるで、お城みたいだ。
見慣れない景色に、胸が落ち着かない。
「(……ちゃんと、やっていけるのかな)」
ふと脳裏に浮かんだのは、森の小屋で自分を見送ってくれたトレニアの顔だった。
ロベリアさんも一緒だったけど……今頃、どうしてるのかな。
胸の奥に小さな不安を抱えたまま、案内された自室へ入る。広さは八畳ほどで、長方形型の構造をしている。窓際には机とベッド、入口付近にはポールハンガーが置かれていた。
「(思ったより広いかも。ベッドも気持ちよさそうだし、日当たりも――)」
「カルミア様、お時間が無いので手短に」
「は、はいっ!」
サーベラスに急かされ、カルミアは荷物を置き部屋を後にした。
――その頃。森の小屋では、布巾が棚を叩く音や、箒が床を擦る音が忙しなく響いていた。
「ほら、そこ。まだ埃が残っていますよ。もっと丁寧に拭きなさい」
「いったい、いつまで居座るんですかぁ。デルフィニウム様ぁ~!」
「私がいると、何か不満でも?」
「い、いえっ……あはは……」
視線だけで空気を凍らせるロベリアに、トレニアは引きつった笑みを浮かべる。
しばらくして、窓ガラスを拭いていた手が止まった。
「……はぁ」
トレニアは深いため息をつく。
布巾を握る手に、じんわりと力がこもった。
「ご主人様、大丈夫でしょうか……」
ぽつりと漏れた声。
視線は窓の外、森の向こうへ向けられていた。
「きっと今頃、貴族や性格の悪い相手に嫌がらせを受けていますよ!」
「……その偏見はどこから出て来たんだ。いいから騒がず、手を動かせ」
「だってー」
頬を膨らませるトレニア。
「――そういえば、デルフィニウム様たちは、どうしてあの時ペディランサスに来ていたんですか?」
一瞬だけ、ロベリアの動きが止まった。
「偶然だ」
「ははーん……」
トレニアの口元がにやりと歪む。
「も、し、か、し、て……ご主人様が心配で、こっそり様子を見に来てたとかっ!」
しかし、ロベリアは眉一つ動かさない。
「あーあ。私も行きたかったなぁー」
その言葉に、ロベリアは古書から目を離した。
「魔法学園は魔法を学ぶ場だ。そもそも魔力を持たないお前が行く意味がない」
「ガーン!!」
「論外だ」
「ガガーン!!」
ロベリアは紅茶を一口飲む。
「ひどいですよっ! 悪魔をいじめるなんて、悪魔より悪魔です!」
「何を訳の分からないことを……。ほらっ手が止まっている。口より手を動かせ」
「ふえぇぇぇ、ご主人様ぁぁぁぁ!」
トレニアの悲鳴が、森へ響き渡った。
◇ ◇ ◇
――場面は戻り、カルミアは教壇の上で小さく身を縮めていた。
チョークが黒板を擦る音。紙をめくる音。そして、あちこちから聞こえる小さなざわめき。「編入生」という言葉だけで、教室中の視線がカルミアへ集まっていた。
胸の奥が、きゅっと縮む。指先が冷たい。
「えー、今日からこのクラスに編入生が加わることになった」
白い髭をたくわえた高齢の教師が、カルミアへ視線を向ける。
「君、自己紹介を」
「は、はひっ!」
声が裏返った。
喉が張り付いたように息が詰まり、心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。
「あの、えっと……カルミア・ジーニアス……ですっ。学園の事とか……分からない事が多いので、教えてもらえると……嬉しい、です」
視線は定まらず、声も小さい。
それでも最後まで言い切った。ほんの少しだけ、自分を褒めてあげてもいい気がした。
「では、ジーニアスくん。君の席は……リオールくんの隣じゃな」
カルミアは小さく頷き、教室の奥へ向かう。
階段状に高くなる座席。進むほどに、背中へ突き刺さる視線が増えていく。
それだけで足取りが重くなる。
ようやく席へ辿り着くと、張り詰めていた身体から力が抜けた。
ふわりと椅子へ腰を下ろす。
「初めまして。あたしはアイリスよ。よろしくねっ」
「あ、は、はい!」
突然声をかけられ、カルミアは驚いて顔を向けた。
淡い黄色の長い髪。桃色の瞳。整った顔立ちを見た瞬間、胸の奥を奇妙な既視感が掠めた。
記憶を探ろうとする。けれど、思い出そうとすればするほど、その感覚は遠ざかっていった。
「ねえ。あたしで良かったら、放課後に学園を案内するわ」
「い、いいんですか! ありがとうございます!」
カルミアは勢いよく頭を下げた。
「ちょっと、大げさよ! 頭を上げて!」
「すみません……その、嬉しくて、つい」
指先を合わせ、照れくさそうに俯く。
そんなカルミアを見て、アイリスはほんの一瞬だけ笑った。
それから放課後までの時間は、あっという間に過ぎた。カルミアとアイリスは並んで学園内を歩いている。
廊下では、授業を終えた生徒たちが行き交い、あちこちから楽しそうな談笑が聞こえてくる。
「ねえ、ちょっとこっち来て」
「はい?」
アイリスは足を止め、窓際へカルミアを招いた。
ガラス越しに見えるのは、学園の中心にそびえ立つ巨大な時計塔。夕陽を浴びた金属と石造りの外壁が、静かに輝いている。
「あの時計塔、ただの時計塔じゃないの。内部には特殊な結界魔法が組み込まれていて、外部からの攻撃や魔獣から、あたしたち生徒を守る役割をしているの」
「この時計塔にも、ちゃんと役割があるんですね……」
カルミアは、そびえ立つ時計塔を見上げる。自分の立場と、どこか重なる気がした。
私も、自分の役割を果たさないと。
「ちなみに、時計塔の西側が女子寮で東側が男子寮よ」
そう説明してから、アイリスはカルミアを見る。
「あたしは学生寮を利用するんだけど、あなたは?」
「あっ私もです」
「じゃあ、最後にとっておきの場所を案内するわ。楽しみにしててっ!」
その笑顔に、カルミアの胸が少し軽くなる。
いくつかの施設を巡ったあと、二人が辿り着いたのは裏庭にある大きな植物園だった。
「ここは園芸部門が管理していて、約二千種類の植物が栽培されているのよ」
「すごい数ですね……」
感嘆しながら歩いていると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。その先にあったのは、艶やかな赤い花。
「それと、外側にある植物には絶対に近づいちゃ――」
「へ?」
アイリスが振り返る。
だが、もう遅かった。言われたそばからカルミアは植物へ近づいていた。距離が縮まるにつれ、植物が小さく震える。すると、植物のツルが生き物のように蠢いた。
――次の瞬間。
ツルが一斉に伸び、カルミアの手足へ絡みついた。
「うぅ……なんですか、これ……!」
「もう、何やってるのよ!」
アイリスが即座に手をかざす。
「――旋風!」
鋭い風が走り、ツルを一気に切断した。
拘束を解かれたカルミアは、その場に尻もちをつく。
「す、すみません……」
「今のはラクバクソウっていうの。花の香りで獲物を引き寄せて、捕まえる植物よ」
アイリスはしゃがみ込み、手を差し出した。
「大丈夫?」
「……ありがとう、ございます」
その手を取った瞬間「きゅるるる……」と、静かな植物園に情けない音が響いた。
「……お腹、空いた?」
「……はい」
カルミアは恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあ、そろそろ中へ戻りましょう。最後はとっておきの場所よっ!」
アイリスはカルミアの手を引き、校舎へ戻っていく。
「あ、あの……どこに……」
「食堂よ。今の時間なら空いてるはずよ」
アイリスは今日一番の笑顔を見せた。
◇ ◇ ◇
食堂へ到着した瞬間、カルミアの目が輝いた。
「こ、これは……っ!」
広い空間に並ぶ、豪華な料理の数々。
バイキング形式で用意された料理は、どれも宝石のように色鮮やかだった。
「あの……こんな贅沢な料理、本当に頂いていいんでしょうか……」
「ええ、大丈夫よ。でもまあ、学費はあたしたちの両親が――」
「わぁっは~! これと、これと、これも! あと、これも!」
カルミアは夢中になって料理を皿へ盛っていく。
「……って、聞いてないわよね」
アイリスは近くの皿を手に取ると、カルミアの傍に歩み寄った。
「ちょっと、食べきれる分だけにしなさいよ」
「はいっ!」
「ち、な、み、に、あたしのおすすめは――」
アイリスが料理へ手を伸ばした、その時だった。
ドサッ。
「いたっ……ごめんなさい」
「チッ! 邪魔なんだよ、女が!」
肩をぶつけてきたのは、学園の男子生徒だった。
相手は自分たちよりも背が高く、目つきは険しく、見るからに不機嫌そうだった。
「あーあ。謝罪の言葉も無しか」
「……だから、ごめんなさいって謝ったでしょ」
「はあ? 『ごめんなさい』だって?」
男は鼻で笑った。
「いいか? 俺様はエーヴェルハルト家の長男だぞ? 分かってんのか、貴族に対する礼儀がなってねーんだよ。『ごめんなさい』じゃなくて『申し訳ございません』だろがよ!」
「貴族ですって……? そんなもの、この学園では関係ないでしょう! 身分も種族も関係なく、誰もが平等に学べる。それが、この学園の掲げる理念じゃない!」
アイリスが睨み返す。
いつの間にか周囲には多くの生徒たちが集まっていた。張り詰める空気の中、誰も二人の言い争いを止めようとはしなかった。
誰も貴族と言う権力者に目をつけられたくないのだ。だが、カルミアは目の前で険悪になっていく二人を止めようと、人混みをかき分け、中央へ向かう。
――その時。
「君たち。喧嘩はやめなさい」
一人の男性教師の声が、周りを囲う生徒たちの外から聞こえた。
「フローレンス先生!?」
「……チッ」
フローレンスが歩み寄ると、生徒たちは自然と道を開ける。
「アイリスくんが言う通り、ここでは身分も種族も関係なく、誰もが平等に学べる場です。いくら権力を振るっても、意味は無いですよ」
教師の冷たい視線がエーヴェルハルトを捉える。
「それに――君は今年卒業生です。揉め事を起こせば、卒業に影響が生じると思いますよ」
するとエーヴェルハルトは、ばつが悪そうに目を逸らした。
「……クソがっ。覚えておけよ!」
捨て台詞を吐き、彼はその場を去っていった。
周囲の生徒たちが解散すると、カルミアはすぐにアイリスのもとへ駆け寄った。
「アイリスさん! 大丈夫、ですか?」
「ええ。フローレンス先生も、ありがとうございます」
「いえ。僕は大したことはしていませんよ」
フローレンスは穏やかに笑う。
「怪我がなくてよかったです、アイリスくん。それと――」
視線がカルミアへ向いた。
「は、初めまして。えっと……今日から編入して来ました。カルミア・ジーニアス、です」
「あー君でしたか! 初めまして。僕は生物学を担当している、アザミ・フローレンスです。よろしくお願いします」
彼の笑顔は不思議だった。
「それにしても、困りましたね。身分を盾にするなんて……」
「フローレンス先生は良かったんですか。エーヴェルハルト家は、この国で高い権力を持っている貴族ですけど……」
「それを言ったら、アイリスくんだって同じですよ。僕は臨時教師ですし、ここの出身ではないので……。あ、すみません長話してしまって。食事前ですよね、ごゆっくりお過ごし下さい」
そう言い残し、フローレンスは去っていった。
「さあ、面倒事も解決した事だし、頂きましょう」
「はい!」
二人は並んで近くの席に腰を下ろした。
「そういえば、アイリスさんって色々とお詳しいんですね」
「まあ、一年も過ごしてたら自然と知識が増えただけよ」
その後、夕食を済ませ、二人はそれぞれの部屋へ戻った。
カルミアは部屋に戻るなり、ベッド思いっきりダイブする。ふかふかの毛布を抱きながら今日の出来事を思い返してみる。
学園を案内してもらい、植物に襲われ、食堂では騒ぎに……。今思えば、初日にしては波乱万丈な一日だった。
そこでカルミアは、ある事を同時に思い出す。
「――そういえば、私、今日何も調査してない」
こうして、カルミアの新しい生活が始まった。




