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大罪魔女の落ちこぼれ   作者: ゆずきあすか
森の魔女 編
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7/29

Episode7 過去と境遇

 ペディランサスの捜査から数日後。

 ロベリアは書斎で読書に耽っていた。

 窓越しから差し込む夕暮れの光が、静かな室内を橙色に染めている。低く傾いた陽光は本棚の背表紙を照らし、空中を漂う埃の粒さえも浮かび上がらせていた。

 ――ふと。以前、ダリアから投げかけられた言葉が脳裏をよぎった。


『君はどうして、そこまで彼女に執着する?』


「……」


 ロベリアは古書から視線を外し、机の上段にある引き出しへ目を向けた。

 しばらく迷った末、ゆっくりと引き出しを開ける。

 そこに収められていたのは、小さな魔石の首飾りと、カルミアから渡された魔道具《アクセサリー》はだった。

 紅い魔石が、夕暮れの光を受けて淡く輝いている。

 ロベリアはそれを手に取った。


「……あれから二十年」


 ロベリアは、遠い記憶へと思いを馳せる。


◇ ◇ ◇


 ロベリア・デルフィニウム。

 彼の本当の名前を知る者は、存在しない。そもそも――最初から名前など存在しなかったのかもしれない。

 物心がついた頃には、すでに孤児院で暮らしていた。彼を育てたのが、孤児院の責任者であるマーガレット・デルフィニウムだった。


「ロベリア、こっちにおいで」

「はい、母様」

「あなたも、この子たちと一緒に勉強しましょう」

「ロベリアお兄ちゃん、わたしに文字の読み書き教えて!」

「……ああ、いいぞ」


 マーガレットは孤児院の子どもたちを我が子のように育てていた。そしてロベリアには、彼女が名を与えてくれた。


 ――ロベリア・デルフィニウム。


 それが、彼にとって初めて与えられた『家族』だった。そんなマーガレットにも、頼れる友人が一人いた。


「よう、ロベリア! 今日も勉強を教えてるのか?」

「オハイさん、こんにちは!」


 彼女の名は、アリイ・オハイ。

 マーガレットの古い友人であり、腕の良い鍛冶師でもあった。


「相変わらず気持ちのいい挨拶だな! そんなお前には、ワタシからプレゼントだ!」


 オハイが差し出したのは、小さな魔石だった。


「これは?」

「私からオハイに頼んでいた首飾りよ。今日はあなたの十三歳の誕生日でしょう?」


 ロベリアは目を丸くした。


「その魔石には、ワタシ特製の結界魔法が組み込まれていてな。結界魔法と言って様々な――」

「はいはい、そこまで。アリイの話は長いんだから」

「なにぃ!?」


 マーガレットが苦笑する。

 オハイは魔力を持つ人間だった。しかし彼女は魔術師では無く、魔力を利用した特殊な道具――魔道具を作る鍛冶師の道を歩んだ。

 彼女は魔道具を売って得た金で生計を立て、マーガレットとともに孤児院を支えていた。


「ロベリア」


 マーガレットは優しく微笑んだ。


「あなたも魔力を持っていると、アリイから聞いてるわ。大きくなったら、その魔力で大勢の命を救いなさい。決して、誤った使い方をしないこと」

「母様……」

「約束よ?」

「……はい!」


 ロベリアは首飾りを胸元で握りしめた。


「これ、一生大切にします!」


 あの頃は――幸せだった。

 血は繋がっていない。それでも、母の優しさも、温もりも、愛情も。確かに感じていた。この場所こそが、自分の居場所なのだと。


「さあ、みんな。今日はもう寝る時間よ」

「マーガレット、ちょっと工房を借りるぞ」

「もう……あまり大きな音は出さないでよね?」

「大丈夫だって。結界魔法で音は最小限にするからさ」


 その夜も、いつもと変わらなかった。他の子たちと一緒に眠りにつく。明日も、きっと同じ一日が続く。

 ――そう思っていた。次に目を覚ました時。


「――暑い」


 異様な熱気に包まれていた。

 ぼんやりと目を開ける。視界に飛び込んできたのは――炎だった。


「……え?」


 燃えている。

 壁が。天井が。何もかもが、赤い炎に包まれていた。

 目の前の状況に頭が追いつかない。


「かあさ……っ!」


 反射的に名前を叫ぶ。

 しかし、起き上がろうとした瞬間、激しく咳き込む。


「ゲホッ、ゲホッ!」


 煙が充満している。息を吸うたびに喉が焼ける。


「みんな……? 母様……?」


 返事はない。

 ただ、炎が木材を焼く音だけが響いている。


「はやく……逃げないと……」


 ふらつく足で立ち上がる。だが、煙のせいで頭がうまく働かない。

 このままでは――。


「ロベリア! ロベリア、無事か!?」

「オハイ……さん……?」


 炎の向こうから、オハイが駆け込んできた。


「無理に喋るな! 今は急いでここから逃げるぞ!」


 オハイはロベリアを抱き上げ、そのまま燃え盛る孤児院から脱出した。

 外へ出た瞬間、冷たい夜風が頬を撫でる。徐々に意識が鮮明になっていく。

 そして――ロベリアは、目の前の光景を理解した。


 孤児院が燃えている。

 自分の家が。

 大切な場所が。


「いったい……どうして……」


 その時だった。


『――古いね古すぎるよ』

「……っ」


 燃え盛る炎の向こうから、声が聞こえた。

 誰かがいる。だが、炎に遮られて顔までは見えない。


『善意だけでは利益を得られない。哀れな幼子を拾って育てる? 馬鹿だね馬鹿らしいよ。繁殖する生命は売れば金になる。奴隷売買も出来ないなんて、正義気取りか?』


 幼いロベリアには、その言葉の意味など理解できなかった。

 ただ――。


「母様たちのことを悪く言うな!」


 震える声で叫んだ。


『君、自分が何で無事なのか分かって無いのか? 無知は恐ろしいね、あー恐ろしい……。よく聞け小僧。未来栄光、千客万来――期待してるよ、僕ちゃん』

「おい、待て!」


 炎の向こうにいた人影が、闇へと消えていった。

 追いかけようとする。だが、オハイに肩を掴まれた。


「ロベリア!」

「オハイさん……!」


 振り返る。


「ロベリア。よく聞け。助かったのは――お前とワタシだけだ」

「……嘘。何かの悪い冗談ですよね。そんな運よく僕たちだけ助かるなんて……きっと、どこかへ避難しているんですよね?」

「マーガレットも……あの子たちも……もう助からない」

「……」

「すでに、殺されていた」


 その言葉を聞いた瞬間。

 世界から、音が消えた。何も、何も聞こえない。ただ胸元に残った、首飾りの感触だけが妙に鮮明だった。


 ――ロベリアが生き残れたのは、その首飾りのおかげだった。オハイの組み込んだ術式は、対象者を保護する結界の魔法。この術式は一度、発動させると焼き切れてしまい、再度使用する事は不可。

 オハイがロベリアの生存と位置を特定できたのは、魔力探知を使用したからだった。

 後日、調査が行われた。そこで分かった情報は、放火によるものだという事だけ。誰が放火したのか、あの夜、炎の向こうにいた人物は誰だったのか。


 ――何も分からなかった。


 ロベリアの世話はオハイが引き受けた。二人は鍛冶師として生計を立て暮らしていた。そんなある日、ロベリアの元を一人の魔女が訪れた。名を、ダリアという。彼女はロベリアに魔法を教え、長い年月を経てロベリアは魔女の称号を得た。

 そして今。彼は大罪の魔女の一人、傲慢の魔女ロベリア・デルフィニウムとして生きている。


◇ ◇ ◇


 夕暮れの書斎。

 ロベリアは手の中の首飾りを見つめていた。


「……ジーニアス」


 小さく、その名を呟く。

 なぜ自分が、あの少女にここまでこだわるのか。答えなら、とっくに分かっている。


「私は――」


 紅い魔石を、そっと握りしめる。


「彼女に自分の居場所を見つけて貰いたい」


 かつての自分が、同じ境遇であった様に。

 それが――ロベリアがカルミアを守ろうとする、最大の理由だった。

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