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大罪魔女の落ちこぼれ   作者: ゆずきあすか
森の魔女 編
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6/29

Episode6 後悔はしない

 窓の向こうから差し込んだ淡い光が、二人の肩をそっと包み込む。長い夜の終わりを告げるような、静かな朝だった。

 カルミアはアネモの胸の中で、ある感覚を思い出していた。

 目の前が暗くなる。

 意識が、少しずつ遠のいて――。


「あら、カルミアちゃん。どうしたの?」


 アネモがカルミアの顔を覗き込む。


 激しい感情の起伏に身体が耐えきれなかったのか、カルミアはそのまま泡を吹いて気絶してしまった。


「カルミアちゃん!? え、え、え、どうしましょう!?」

「あぁー、プランダ様がご主人様を殺しましたぁ~!」

「私のせいなの!?」


 状況は完全に混沌としていた。


 泣き叫ぶトレニア。あたふたするアネモ。周囲には気絶した残党と、氷漬けにされた男たち。

 そんな状況に一手を打ったのは、遅れてやって来た人物だった。


「全く……世話が焼けますね」

「ロベリアさん! ど、どうしましょう!? 泡を吹いて、そのっ!」

「アネモ、落ち着いてください。彼女はただ気絶しているだけです」


 ロベリアは倒れているカルミアを一瞥する。


「……泡を吹いていますが、まあ問題ないでしょう」

「適当すぎない!?」


 思わずアネモが突っ込んだ。


「とりあえず、宿まで運びます。あなたも手伝ってください」

「えっ、私も?」

「まだ説明をしていないでしょう」

「あ……」


 アネモはようやく思い出したように頷いた。


「そうだったわね」


 こうして三人は、気絶したカルミアを連れて宿へ戻ることになった。


◇ ◇ ◇


 ――魔法は使い方次第で、人を殺す魔法になる。しかし、反対に――。


 これは……夢?それとも、走馬灯なのかな。

 目の前が霞んでいる。誰かが遠ざかっていく。手を伸ばしても届かない。


「待って……!」


 行かないで。どうして私を置いていくの。

 そんな――。


「待って!」


 カルミアは荒い息を吐きながら、勢いよく上体を起こした。


「はぁ……はぁ……!」


 視線を巡らせる。見覚えのある古い扉。鼻をくすぐる、古びた木と薬草の匂い。

 ――宿だ。

 ベッドのすぐ隣では、トレニアがうずくまるようにして眠っている。


「すぅ……」


 そして、そのさらに隣には――。


「……アネモさん?」


 なぜかアネモまで一緒に寝ていた。


「なんで?」


 小鳥のさえずりが、優しく部屋へ響いている。カーテンの隙間からは、暖かな朝日が差し込んでいた。

 カルミアは二人を起こさないよう、そっとベッドから降りる。

 階段を下り、一階へ向かう。広間に置かれた時計を確認すると――。


「……昼過ぎ」


 どうやら、思っていた以上に眠っていたらしい。

 奥へ目を向ける。

 端に置かれたテーブルでは、一人の男が優雅に紅茶を飲んでいた。


「ロベリア……さん?」

「……やっと起きたか」


 ロベリアはカップを置く。


「随分と堕落した生活をしていたな」

「す、すみません……。あまり寝ていなかったので……」


 どうしてロベリアさんがここに……。

 カルミアは落ち着かず、足先を小さく揺らしながら視線を彷徨わせる。そんな様子を一瞬だけ眺めたロベリアは、静かに声を掛けた。


「お前も座れ。紅茶でいいなら、一杯くらいは出せる」

「あ……ありがとうございます」


 ロベリアはカルミアの前へ、もう一つカップを置いた。

 そして、ポットに残っていた紅茶を注ぐ。


「……いただきます」


 カルミアはカップを両手で包み、一口だけ紅茶を口に含んだ。

 温かな液体が喉を通り、身体の芯までゆっくりと温めていく。


「……美味しい」

「そうか」


 ロベリアも静かに紅茶を飲む。


「久しぶりだな。こうやって対面して紅茶を飲むのは」

「そう……ですね」


 カルミアは答えながら、手元のカップを見つめていた。

 もう中身はとっくに空になっている。それでも視線だけはそこから離れなかった。


「……お前は今、何を悩んでいる?」

「えっ!?」


 思わず顔を上げる。

 ロベリアは、少しだけ目を細めていた。


「空になったカップを見つめている時、お前は決まって考え事をしている」

「……」

「昔から変わらんな」


 胸の奥を、図星で突かれたような気がした。

 言うべきか。黙っているべきか。

 喉の奥で何度も言葉が引っかかる。

 それでも――。


「……自分が、情けないと思ったんです」


 ぽつりと零れた声は、自分でも驚くほど小さかった。両手で抱えたカップの中で、残った紅茶がかすかに揺れる。


「魔女なのに……実力不足で。臆病で。優柔不断で……」


 声が、少しずつ掠れていく。


「私は……大切な家族が危険な目に遭っていても……何もできなくて……ただ、戸惑って……見ているだけ」


 そこで言葉が詰まった。

 唇を噛みしめる。

 それでも、込み上げてくるものは止まらなかった。


「……そんな自分が……魔女なんて名乗っていいのか……分からなくなって……」

「話が長い」

「……え?」

「結局、何が言いたいんだ」


 カルミアは息を呑んだ。

 蒼い瞳が、真っすぐにロベリアを見つめる。


「私が、魔女でいる資格……ありますか」


 ロベリアの手が止まった。

 カップを口元へ運びかけていた手が、ゆっくりと下ろされる。その言葉に遠い記憶が重なった。


◇◇◇


『――俺が、魔女でいる資格はありますか』


◇◇◇


 ロベリアはカップを戻した。そして、顔を窓の外へ向ける。


「……そうだな」

「……ですよね」


 カルミアの表情が沈む。しかし――。


「お前は今、後悔をしているのか?」

「――言ったじゃないですか!」


 カルミアは顔を上げた。


「怖気づいて……何もできなかった。足手まといなんです」

「……確かに、お前は実力不足だ」

「……っ」

「だが――」


 ロベリアはカルミアを見る。


「お前は人一倍、優しい性格だ。無我夢中になれば、周りが見えなくなるほど走り出す」

「……」

「恐怖と対立した時、お前は逃げたのか?」


 その言葉に、カルミアの瞳が揺れる。


「違うだろう。足が竦んでも、怖気づいたとしても。誰かを見捨てる事は決してしない。なら、それを後悔する必要はない」

「……」

「それに、お前は昔から自分の悪いところばかりを――」


 ロベリアが言葉を止めた。

 カルミアは、いつの間にか大量の涙を浮かべていた。


「ひっ……ひっく……」

「おい」

「違うんです……」


 涙を拭いながら、カルミアは必死に言葉を紡ぐ。


「私、ずっと不安で……仕事もできなくて……無力な自分から、みんなが、遠ざかっていくのが怖かったんです……」

「……」

「でも……ロベリアさんは……」


 涙が、また頬を伝う。


「ロベリアさんは、勇気をくれました!」

「……はぁ。何を言っているのか、さっぱり分からん」


 呆れたように言いながらも、ロベリアの口元には、ごく僅かな笑みが浮かんでいた。


「カルミアちゃん! 目を覚ましたのね!」

「あ、アネモさん……!」


 ちょうどその時、二階からお目覚めのアネモが降りてきた。カルミアの姿を見るなり、駆け寄って――。


「よかったぁ!」

「わっ……!」


 そのまま思い切り抱きしめる。


「心配したんだから!」

「あ、あの……苦しいです……」

「あら、ごめんなさい」


 アネモは笑いながら腕を緩めた。


「こほん」


 ロベリアが咳払いをする。


「アネモ。カルミアに全てを話しなさい」

「ええ、そうね」


 アネモはロベリアの隣へ腰を下ろした。

 そして、一拍置いてから口を開く。


「今回、あなたに仕事を依頼したのは私よ」

「……アネモさんが?」

「ええ。この街では、密輸が後を絶たないの」


 アネモの表情が真剣になる。


「私たちが捜査しようにも、大人が動けば警戒される。だから、あなたに託したの」

「それと――」


 ロベリアが続ける。


「お前が追っていた連中は、大きな密輸団の一つ――黄昏(トワイライト)の一員だ」

「この街に潜伏している事は知っていたのだけれど。中々アジトの尻尾が掴めず苦戦していたの」


 アネモはカルミアの手をそっと取った。


「でもっあなたのおかげで、ようやく捕らえる事はできたわ! これは壊滅への大きな一歩よ!」


 その瞳は、きらきらと輝いていた。


「本当にありがとう。カルミアちゃん。あなたのお手柄よ!」

「……私が?」

「ええ」


 カルミアは自分の手を見つめる。

 自分がやったことが、誰かの役に立った。その事実が、胸の奥へ静かに染み込んでいく。


「そんなカルミアちゃんに、もう一つお願いがあるのだけれど……」


 アネモが、ちらりとロベリアを見る。その視線に、なぜか嫌な予感がした。


「……?」

「カルミアちゃんは来週から、カトレア魔法学園へ編入生として通ってもらいます!」


「……え? えぇぇぇぇぇぇ!?」


 その叫びは、宿の外まで響き渡った。


「私、何も聞いていませんよ!?」

「当然だ」


 ロベリアは平然と紅茶を飲む。


「お前には何も伝えていないからな」

「そんな平然と答えられてもっ!」


 カルミアは立ち上がる。


「私、学校なんて……!」

「あら?」


 アネモが楽しそうに笑った。


「ただの学園生活じゃないわよ? これは魔女としての仕事。潜入調査も兼ねているの」

「近い未来、カトレア魔法学園に危機が訪れる」


 ロベリアが淡々と告げる。


「ダリアから忠告された。具体的な内容までは分からんが、不可解な物事が続けざまに発生していると報告は受けている」


 室内の空気が、わずかに張り詰めた。


「カルミアちゃん」


 アネモが静かに問いかける。


「使徒について、前に話したことは覚えてる?」

「……はい」


 カルミアは頷いた。


「神を信仰する、十二の使徒……ですよね」

「そうだ。中でも白羊(しろひつじ)と呼ばれている使徒は、魔法学を追求している。セリオス共和国は、他国よりも魔法の技術が高い。それに、学園の図書館には多くの魔導書が寄贈されている」

「技術を盗みに襲撃する可能性もあるわ。それと、学園で起きている不可解な現象。これに関連性があるのか。それの調査をお願いしたいの」


 アネモは指先でカップの縁をなぞった。


「本当は私の管轄でもあるんだけど……ちょっと立て込んでて、あはは」

「……状況は分かりました。でも、どうして私なんですか」

 

 カルミアは膝の上で両手を握りしめる。


「理由は二つある」


 ロベリアが静かに答えた。


「一つは、今回の実績を考慮しての判断。もう一つは――」


 ロベリアは一瞬だけ視線を逸らし、淡々と言った。


「年齢が、ちょうど合致するからだ」

「絶対、後者が理由ですよね!?」


 カルミアは勢いよく立ち上がった。


「というか、根拠が両方とも薄いですよ!」


 ロベリアは何も答えなかった。

 ただ、紅茶を一口飲む。どうやら、それが答えのように思えた。


「でもね、カルミアちゃん」


 アネモが、にこりと笑う。


「あなたなら、きっと大丈夫よ。それに、あなたは絶対に喜ぶと思うの」

「私……?」


 その言葉の意味を考えようとした、その時だった。


「それじゃあ早速、制服を特注するからサイズを測るわよ!」

「えっ!?」


 アネモが勢いよく立ち上がった。


「さあさあ、カルミアちゃん。こっちに来て!」

「え、あっ、ちょっと! 私、まだ聞きたいことが――ロベリアさん!」

「全く……騒がしい奴らだな」

「助けてくださいよぉぉぉ!」


 抵抗もむなしく、カルミアはアネモに引っ張られ、奥の部屋へと連れていかれる。


 その様子を眺めながら、ロベリアは小さく息を吐いた。


「……やれやれ」


 こうして――森に住む大罪の魔女の一人、色欲の魔女カルミア・ジーニアスは、カトレア魔法学園へ編入生として潜入する使命を授かった。

 新しい場所。新しい人々。そして――使徒。


「(私、うまくやっていけるのかな……トレニア……)」


 その頃。

 ベッドの上では、当の本人がまだ気持ちよさそうに眠っていた。


「うーん……ご主人様ぁ……むにゃ……」


 カルミアの学園生活は――こうして始まることになった。

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