Episode7 ロベリア・デルフィニウム
とある日の事、ロベリアは書斎にて、読書を嗜んでいた。
窓越しに差し込む夕暮れの光が静かに満ち、低く傾いた陽光は、本棚の背表紙を橙色に染め、埃の粒を浮かび上がらせている。
ロベリアは机に肘をつき、分厚い古書に視線を落としていた。紙をめくる音だけが、時折、部屋の静寂を破る。
ふと、ロベリアの脳裏に、以前ダリアから質問された言葉が思い浮かんだ。
◇◇◇
「ロベリアは、どうしてあの子に、こだわるのですか?」
◇◇◇
「……」
ロベリアは、意識を目先の古書から外し、机の上段の引き出しに視線を向ける。
一瞬、躊躇いを抱くが、それを押し切り上段の引き出しを開けた。そこには小さく紅い輝きを見せる魔石の首飾りだった。
◇ ◇ ◇
――ロベリア・デルフィニウム。彼の本当の名前を知る者は存在しない。もしくは、名前など初めからなかったのかもしれない。
物心が付いた時、彼はすでに孤児院で過ごしていた。どこで生まれたのか、親は誰なのか、自分の本当の名前すら知らない。
「ロベリア、こっちにおいで」
「はいっ母様?」
「あなたも、この子たちと一緒に勉強しましょう」
「ロベリアお兄ちゃん、わたしに文字の読み書き、おしえてっ!」
「……ああ、いいぞ」
孤児院の責任者、彼女の名はマーガレット・デルフィニウム。また、ロベリアを養子して育てる母親でもあった。ロベリアと言う名も、マーガレットが名を付け、彼女は孤児院の子と一緒に、育児に専念していた。
そんなマーガレットにも頼れる人物が一人存在する。
「よう、ロベリア! 今日も勉強教えてるのか?」
「オハイさん、こんにちは!」
彼女はアリイ・オハイ。マーガレットの友人にして鍛冶師だ。
「相変わらず気持ちの良い挨拶だな! そんなお前にはワタシからのプレゼントをやろう!」
ロベリアはオハイが握る左手から鉱石らしきものを渡された。
「これは?」
「私からオハイに頼んだ首飾りのプレゼントよ。今日はあなたの、十歳の誕生日よ」
「その魔石には、マーガレットの言葉が記憶されいる。ちなみに、首飾りに使っている魔石には、ワタシ特製の結界魔法を用いて作った――」
「はいっそこまで! アリイの話は長いんだから」
オハイは魔力を持つ人間であり、特殊な道具、魔道具を作れる。それで得た金貨で生計を立て、二人で孤児院を営んでいた。
「ロベリア、あなたが一人寂しくなった時、その言葉を聞いて、私を思い出して。そうすれば、悲しいこと、寂しさも忘れて、笑顔が戻ると思うわ」
「オハイさん……母様、ありがとうございます! 一生、大切にします!」
私は幸せだった。血は繋がっていないが、母親の優しさ、温もり、愛情を感じた。
「さあ、みんな。今日はもう寝る時間ね」
「マーガレット、ちょっと工房借りるぞ」
「あまり大きい音出さないでよね?」
「大丈夫だって、結界魔法で音は最小限にするからさ」
私は母様と、子どもたちのみんなで一緒に寝室で眠りについた。幸せな一日で終わるはずだった。次に目を覚ました時……私の目の前は火の海だった。
異様な暑さに目を覚まし、入った視界には地獄の光景。みんなの、母様の姿が見当たらない。
「かあさ……っ! ゲホッゲホッ!」
煙が充満していて、息を吸うと喉に鋭い刺激が走った。
火元は? みんなは? 母様は?
「はやく、逃げないと……」
息を吸うのも苦しい。徐々に頭も回らなくなってくる。まずい、このままじゃ……
「ロベリア! ロベリア無事か!?」
「オハイ、さん……」
「無理に喋るな。今は急いでここから逃げるぞ!」
朦朧とする意識の中、オハイさんが私を担いで、その場から救出してくれた。
外へ出ると意識は徐々に回復した。そして改めて実感する――これが現実だと。
「いったい、どうして……」
「――破滅でございますよ」
「っ!?」
燃え盛る業火の中、うっすらと見える人影と共に声が聞こえた。
朧気な記憶で姿は思い出せない。だが、あの時に対話した内容はハッキリと思えている。
「コイツら金貨が払えなくなって、手を出してはイケねーところに手を出した。その結果、身を滅ぼす破滅の結果を招いたって、ところでございますよ」
「そんな話、信じられない! お前は……いったい何者なんだ!」
「アーシですか?」
ロベリアの質問に多少なりとも頭を悩ませていた。
少しの間が空き、■■は、ゆっくりと口を開いて、こういった。
「そうでございますね……まあ自分で考えてみろでございますよ」
言葉と同時に、謎の人物の姿は火の海へと消えてしまった。
「おい待て!」
何が起きて……どうしてこんなことに……。
「ロベリア」
「オハイさん! 母様は、みんなどこに? 姿が見えないんのですが、どこに避難されたのですか!?」
「ロベリア、良く聞け。助かったのは――お前とワタシだけだ」
「……え?」
「マーガレットと、みんなは……もう助からない。すでに、殺されていた」
その日、私が生き残れたのは、母様とオハイさんがくれた首飾りのお陰だった。
オハイさんが作業のために張っていた結界魔法と偶然にも共鳴し、刺客から身を守った。後に犯人は騎士団に連行され、拷問では「証拠を消すために孤児院を燃やした」と供述をしたと聞いた。
私は、あの悲劇を今でも忘れてはいない。そして奴が放った「破滅」の言葉も。
――絶望の中、私を救ったのはダリアと名乗る魔女だった。
ダリアは私に魔法を教えてくれた。オハイさんと一緒に鍛冶師として生計を立てつつ、時間があればダリアと魔法の練習をする。不思議と彼女はいつも絶好のタイミングで私の元に現れる。
それから数年、数十年と歳を重ね、私は魔女の称号を得て、今は大罪の魔女が一人、傲慢の魔女ロベリア・デルフィニウムとして、デルフィニウム家の名を受け継いでいる。
カルミア・ジーニアス、私が彼女にこだわる最大の理由それは――私は、あの子の居場所を、失わせたくなかった。




