Episode5 本来の使い方
私たちは一週間、毎晩宿を抜け出して、身辺調査を行った。
そして分かった事がいくつかある。
1、夜になると闇の商業が開かれ、密売などの取引が各地で行われている事。
2、表は栄えている商業都市だけど、裏では貧困問題が深刻化している事。
3、黒いフードを被った集団を目撃。しかし行先が途中で途絶えてしまう。
「……なんと言う事だ。これほどまでに問題が出てくるとは」
カルミアの報告書を読み、分かりやすく、頭を抱えるロベリア。
想像以上の成果に評価を上げるも、問題が解決している訳ではない。むしろ増えている。
「大変そうですわね、ロベリア」
「あなたは平凡の様で羨ましいですよ、ダリア」
ロベリアの独り言に口を挟んだのは、紅茶を優雅に飲むダリアだった。
「ふふ、わたくしは効率よく策略を立て、それを実行しているだけですわ」
「それが出来るのは、固有魔法を持つ貴方だけ、なのでは?」
「確かに、そうかもしれませんわね。でしたら、こういうのはどうでしょうか?」
ダリアは席を立つとロベリアの方へと近づく。
「わたくしが、貴方の近い未来を占う、というのは?」
「ほう、それは助かります。手間が一つ省ける」
「それでは――始めますわ」
強欲の魔女、ダリア・グロキシニア。彼女の固有魔法「未来予知」は未来を予知する事ができ、それは確実に起こりうる。これを用いた簡易的なタロット占いは、少ない魔力消費で行うことが出来る。
「……これは、いい結果とは言えませんね」
「どういう意味だ?」
「そうですわね……貴方に結果を伝えるのは心苦しいですが――その前に一つ、貴方に聞きたいのです」
「強欲とは突然として起きるモノなのか?」
「ロベリアは、どうしてあの子に、こだわるのですか?」
「……さぁ」
◇ ◇ ◇
――ダメだ。私、魔女なのに……未だに何一つ掴めていない……どうしても途中で追跡が出来なくなる。
カルミアは報告書を書きながら、今まで起きた出来事を整理し、振り返っていた。
「ご主人様、デルフィニウム様から返事が届いていますよ!」
「返事? 今までそんな事なかったけど」
トレニアが渡してきた手紙の封を開ける。手紙にはロベリアの筆跡で「途中で追跡が出来なくなるのは魔法の類だ」と一言だけ書いてあった。
「魔法……」
仮に隠密魔法でも、魔力探知には反応するはずだし、転移魔法は使用時に詠唱と特殊な魔法陣が現れるのに、その痕跡も無しに、いきなり消えるんだもん!
「ご主人様、少しお休みになった方が良いと思いますよ?」
「うぅ……そうしたいけど、報告書が出来てない……」
半べそをかくカルミア。しかし状況は変わらない。策も無く、ただ時間だけが過ぎていく。
「うーん……あっそうだ! オハイ様に聞いてみるには、どうでしょうか!」
「この事、話しても大丈夫なのかな……」
「魔道具にも精通しているみたいですし、仮に言っちゃいけない事を知っても、どうせ先は長くないですよー」
「不謹慎だからね! 人前で絶対に言っちゃダメだから!」
トレニアは時々、とんでもない爆弾発言をする。
しかし、このままでも進展は見込めないので、カルミアはオハイの元に足を運び、なんかいい感じに説明をした。
「なるほど……全くわからんな」
「えぇ……」
「それに、ワタシは魔力など持っておらん。初めにも言ったが、あれは趣味で作った、だけじゃ」
話を終えたカルミアとトレニアは重い足取りで二階の客室へと戻って行った。
「完全に無駄足でしたねぇー」
「……」
魔力を持っていない。それが本当なら、あの時に言っていた本来の使い方ってなんだろう。
オハイへの疑問がますます深まるばかりである。
――晴れない疑問は残るが、今日もまた、教団の追跡に向かう。
夜の商業都市は、昼とはまるで別の顔を見せていた。
大通りは月明かりに照らされるが、細い通りは等間隔に置かれた街灯に灯されているものの、その光は路地の深い所までは届かず、建物の隙間には濃い影が溜まっている。
遠くでは酒場の笑い声や楽器の音が聞こえる。
だが一歩裏道へ入るだけで、空気は重く、湿った冷気が肌にまとわりついた。
「ぶへっくしょん! うぅ……夜は冷えますねぇ」
石畳は夜露で湿り、靴を履いていても足裏に冷たさが伝わってくる。
「そんな薄着で来るからだよ」
トレニアの服装は、やや肌を露出した身軽い姿。
一方でカルミアは、フードの付いた長いコートで全身を覆っていた。
「ご主人様を、お守りするためです! 速さに重さは命取りです!」
「よくわかんないけど……――っ!」
人の気配。
足音、衣擦れ、低く抑えた話し声――誰かこっちに来る。
「トレニア、屋根の上に移動するよ」
カルミアはフードの奥で息を潜め、気配を辿る。
魔力探知に反応はない。恐らく魔力を持たない人間。
暗闇の中、目を凝らすと姿が徐々に認識できる。相手は黒いコートを着た大人が二名。
「教団の連中ですね、ご主人様」
「うん、このまま追跡をするよ」
「はいっ!」
黒いコートを着た大人たちは、時々会話を挟みながら、どこかへと向かっている様子。
この方角だと……多分、あそこかな。
それは決まって必ず追跡が途絶える場所……北広場の路地裏だ。
「やっぱり……いつもここで追跡が途絶える」
「本当に不思議ですね。魔法を使った使用後の痕跡も無ければ、そもそも魔力を持たない人間」
「……ロベリアさんは魔法の類だって。きっと、どこかにヒントが……ヒントが、あるはず」
「うーん、今こそ、このアレの出番ですかね?」
「アレ?」
するとトレニアは「テッテレー」と言いながら、ポケットからマンドラゴラのキーホルダーを取り出した。にわかに信じがたいが、これは魔道具らしい。
「マンドラゴラのキーホルダーです!」
「それをどうするの?」
「うーん……本来の使い方を模索してみましょう! 例えば、月の光に当ててみるとか!」
「……なにも起きないね」
「ぐぬぬ……だったら、炙る! 沈める! 煽てる――」
トレニアは、思いつく限りの事をやってみるが、どれも効果は無い。
というか、あれだけ雑に扱っても傷一つ付かないなんて……やっぱり魔道具、なのかな。
「ええい! こんなものっ!」
「ちょっと投げないでよ!」
一応、私が貰ったアネモさんからの、お土産なんだけど!
トレニアがマンドラゴラのキーホルダーを路地裏の方に投げた。するとキーホルダーは、あっという間に姿を消してしまう。消えた瞬間、今回は空気が一拍遅れて戻ったように見えた。まるで、何かに飲み込まれたみたいに。
「同じ消え方だ……」
いったい、どういう事……私たちが超えても、特に何も起こらなかった。だけど、キーホルダーだけ消えて、行方が分からなくなった。
いや違う、違和感はあった。けど、言葉に出来るような感覚じゃない。
「……魔法を使った、痕跡が無い。ねぇトレニア、もしかして私たち、ずっと勘違いをしてたのかも」
「勘違い、ですか?」
「うん……魔法を使って消えたと思っていたけど、それだと、使用後の痕跡が残らない説明がつかない。だけど、ずっと魔法を使っている状態だったら、使用後の痕跡が無くても説明がつく、よね?」
「それってつまり――結界魔法、ですか?」
「だと思う」
確証は無いけど……。
簡単に結界魔法を説明するなら――そう、鍵付きの扉みたいなもの。結界を張るには座標の記憶が必要……錠前ってイメージかな。単純だけど、これを使うには、魔道具が必須になる。だから――
「消えた座標から直線状に調べれば、必ず魔道具が見つかる」
「ご主人様。直線状っと言っても、最高地点は分かっても、最低地点は分かりません。仮にも地下室や地面に埋められていたら、特定は難しいです!」
「大丈夫、魔道具は多少の魔力を纏ってるから、指定を絞って魔力探知をすれば見つけられるよ!」
魔力探知の範囲を狭くして、微量な魔力だけを探知できるように指定……。
「――見つけた。トレニア、その樽の中から魔力反応!」
「了解しました! おりゃあ!」
トレニアの蹴りが樽を一瞬で粉砕する。
その中から出て来た魔道具、その正体は意外でもあり、薄々感づいていた代物だった。
「マンドラゴラのキーホルダー……本当に魔道具だったんだ」
このキーホルダーからは魔力を感じる。それに座標の指定と、術式が記憶されている。
本来の使い方、結界魔法の魔道具。しかもこれは、魔力を込めて初めて機能する代物。最初から魔力を纏っていると使用に不便だから、魔力をわざと無くしているんだ。
「それで、ご主人様? 見つけてどうするんですか?」
「術式を変えて、私たちも結界の中に入れるようにするの」
簡単な術式の上書きなら、五分もあれば普通は出来る。なぜなら学校で習う程度のレベル。しかしカルミアは、倍の時間を使ってしまった。
「これで大丈夫……な、はず」
「座標はこの先なんですよね? 早速入って見ましょう!」
「ちょっと待って! まだ安全じゃ――」
カルミアが静止する間もなく、トレニアは座標の先に進んでしまった。すると一瞬にしてトレニアの姿が消えてしまった。まだ安全の確保が出来ていないのに……。
トレニアの後を追いかけようと、一歩前に足を踏み出した。すると次の瞬間、恐怖と不安が一気に押し寄せてくる。
――怖い。
自分の身に何が起こるか分からない。相手が待ち伏せしている可能性もある。罠の可能性、他にも――でも、ここで引き返したら、トレニアは、どうなるの……? 私は、また何も出来ずに……ただ――そんなの嫌だ。私はもう、後悔したくない! 大罪の魔女として、仕事をやり遂げるんだ!
強い意志と共に、カルミアも座標の先へ歩んだ。
「トレニア、大丈夫――」
次の瞬間、何か爆発する音と共に、まばゆい光が上空から照らした。
「どう、いうこと?」
辺りを見渡すと、追跡していたと思わしき大人二名の姿と、別の日に追跡していた人物が複数人集まっていた。しかも、みんなフードを脱いで、笑顔で視線をこちらに向け拍手をしている。
全く予想もしていなかった状況に、カルミアは思考が追いついていない。
「おめでとう、カルミアちゃん!」
聞き覚えるある声だった。
人と人の間から、こちらへと歩いてくる人物がいた。それは声の主でもあり、カルミアが良く知る人物――大罪の魔女の一人、嫉妬の魔女アネモ・プランダ、だった。
その瞬間、胸の奥で、張り詰めていた何かが音を立てて崩れた。




