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大罪魔女の落ちこぼれ   作者: ゆずきあすか
森の魔女 編
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4/29

Episode4 ご主人様、捜査の時間ですっ!

「今日は、お前に仕事を持って来た」


 カルミアが外出から戻ると、家の中にはロベリアの姿があった。

 トレニアに出された紅茶を優雅に口へ運び、まるで最初からここに住んでいたかのように、当然の顔でくつろいでいる。


「デルフィニウム様、おかわりはいかがですか?」

「頂戴しよう」


 トレニアは慣れた手つきでカップに紅茶を注いだ。

 この光景はもはや、メイドと貴族。それを思わせる不思議な光景だった。


「えぇ……あの、私、仕事は……あまり、したくな――」


 カチャン!

 言い終わる前に、乾いた音が室内へ響いた。それはロベリアがカップを受け皿へ置いた音だった。


「ひぃっ!」


 反射的に肩が跳ね、身体がすくむ。


「その……私は、あまり戦闘向きではないので。仕事も、ろくにこなせる自信が……」


 そう言いながら、カルミアは無意識に指先を絡め、身体を縮こまらせた。視線は床へ落ち、声も喉の奥で消え入りそうになる。


「今回は簡単な仕事だ。竜討伐などの戦闘では無く、管轄捜査の代理をしてもらう」


「……管轄捜査の代理、ですか?」


 ロベリアは紅茶を一口含み、わざと一拍置いてから言葉を続けた。


「商業都市ペディランサス。引きこもりでも、名前くらいは聞いたことがあるだろう?」


 ペディランサス……。

 確か、以前アネモさんが旅行に行った場所だ。


「名前だけなら……」


 カルミアは目を泳がせながら、小さく答えた。


「ペディランサスは黒い噂が絶えない地域だ。最近では、使徒に関する情報も出ている。噂の裏に使徒まで関与しているとなれば、かなり厄介なことになる」

「……あの、ロベリアさん」


 カルミアは両手を胸の前で強く握りしめた。


「全然、簡単じゃないです……。むしろ責任が重すぎます。無理です」

「……そうか」


 ロベリアの声が、低く沈んだ。


「別に構わない。強制はしない。だが、お前はもう少し、自分の立場を理解する必要がある」


 そう言って、ロベリアはカルミアを真っ直ぐ見据えた。鋭い眼差しが、逃げ場なく突き刺さる。ひどく胸の奥が苦しくなる。

 でも、私一人じゃ……何もできない。


「ちょっと待ってください!」


 重苦しい沈黙を破るように、トレニアが声を上げた。


「その仕事、私《《たち》》が請け負います」

「トレニア、勝手に決めないでっ……!」


 思わず声を荒らげてしまい、カルミア自身が驚いた。慌てて口を押さえ、そのまま俯く。

 高ぶった感情と、分かってもらえない悔しさが胸いっぱいに込み上げてきた。そんなカルミアのそばへ、トレニアはそっと一歩だけ近づく。

 そして、いつもより落ち着いた声が静かに響いた。


「ご主人様が、すべてを一人で背負う必要はありません。たまには……私を頼ってください」

「トレニア……」

「私《《たち》》なら、きっとやり遂げられますよ!」


 トレニアは微笑んでいた。けれど、いつもの明るい笑顔ではない。

 少しだけ真剣で、少しだけ不安そうで――それでも、まっすぐこちらを見つめる優しい表情だった。

 そうだ。今の私は一人じゃない。


「ロベリアさん……私《《たち》》に、やらせてくださいっ……!」


 誰も、すぐには口を開かなかった。

 やがてロベリアは静かに立ち上がると、玄関へ向かう。


「あの、待ってください。私――」

「明日、出発しろ。宿は私の方で手配しておく」


 扉へ手を掛けたロベリアが、一度だけ振り返る。


「……くれぐれも、報告を忘れるな」


 それだけ言い残し、扉は静かに閉じられた。


「ご主人様……先ほどは、勝手なことをしてしまい、申し訳ございません」

「そんな……謝るのは私の方だよ。大きい声を出して、ごめん」

「ご主人様……」


 トレニアは優しく微笑んだ。


「必ず一緒に、やり遂げましょう!」


 その言葉に胸の奥が少しだけ軽くなる。

 ――大丈夫。私は一人じゃない。


◇ ◇ ◇


 翌日、二人は商業都市ペディランサスを訪れていた。

 城壁をくぐった瞬間、景色が一変する。

 石造りの建物が幾重にも連なり、見上げるほど高い商館の窓からは、色とりどりの布が垂れ下がっていた。

 中央広場では人波が渦を巻き、荷車や馬車が絶え間なく行き交っている。


「ほえー……大きな建物だらけですよー!」

「流石、商業都市……景気が良さそうだね」


 なんだか、明るすぎて落ち着かない。

 カルミアは目立たぬよう、フード付きのロングコートを選んでいた。隣を歩くトレニアは、いつもと変わらないメイド姿だ。

 二人とも少しだけ周囲から浮いている気がしたが、それをかき消すほど、街は賑わっていた。

 様々な出店から漂う甘い香辛料の香りと、焼き油の匂いが混ざり合い、熱気を含んだ空気が肌にまとわりつく。


「早く宿に行きたい……」


 カルミアは周囲を見回しながら、隣を歩くトレニアへ尋ねた。


「ねぇトレニア、方角はこっちで合ってるの?」

「ほうでふね、だいたいあっていまふよ」

「……何食べるの?」


 そう問いかけて、カルミアはようやく気づいた。

 トレニアの両手には、屋台で買い込んだらしい料理が山ほど抱えられている。串焼きに揚げ物、包み紙にくるまれた菓子。

 さらに何かを頬張っている。


「いつの間に、そんなに」

「ご主人様も食べますか?」

「私はいいや……空気でお腹いっぱい……」

「そうですか? では、こちらを差し上げます」


 トレニアは服のポケットから、見覚えのあるアクセサリーを取り出した。


「名物、マンドラゴラのアクセサリーです! これでお揃いですよっ!」

「あはは……ありがとう」


 やっぱり可愛くはない。

 それでもカルミアは、トレニアから渡されたアクセサリーをそっと指先でつまみ、太陽の光にかざした。

 その瞬間だった。


「……あれ?」


 ふと、違和感を覚える。

 同じアクセサリーのはずなのに、どこか違って見えた。

 思考を巡らせようとする。

 しかし、周囲からは笑い声や値段交渉の声が飛び交い、聞き慣れない言葉まで次々と耳へ入り込んでくる。

 頭の奥がじんわりと熱くなり、思考がうまくまとまらない。知らない人々の視線も、次々と肌へ突き刺さってくる。

 それだけで、胸の奥がきゅっと縮んだ。


「ご主人様っ!」


 そんなカルミアの様子など気にせず、トレニアが胸を張る。


「なっなに?」

「実は私、今日に備えて。昨日の夜、街に関する知識をしっかり頭へ叩き込んできました! 聞いてくれますか?」

「えぇ……まあ、歩きながらね」

「コホンッ。では――」


 トレニアは咳払いを一つすると、得意げに語り始めた。


「商業都市ペディランサス。各国の商人が集う三大都市の一つで、世界に流通する品のほとんどがここに集まると言われています。そのため貴族にも重宝され、街は常に富と人で溢れている――とかなんとか」

「それ、家にあった書物の内容だよね。私も知ってる内容だった」

「……勉強になりましたねっ!」

「どこが!?」


 思わずカルミアが突っ込む。

 そのやり取りのおかげか、先ほどまで感じていた息苦しさが少しだけ和らいだ。


「……あっ!」


 突然、トレニアの足が止まった。

 視線の先には、陽光を受けてきらきらと輝く小さな露店がある。そこには、色とりどりの宝石やアクセサリーが所狭しと並べられていた。


「見てください、ご主人様! 綺麗なブレスレットですよ!」


 トレニアは目を輝かせながら、露店へ顔を近づける。


「……値札、見て」

「えーっと……金貨三十枚!?」


 トレニアの顔が固まった。


「嬢ちゃん。金貨三十枚でも、これは安い代物だぜ?」


 店主がトレニアに話しかける。


「なんたってこれは、あの有名な鍛冶師、アリイ・オハイが手掛けた代物なんだからよ! 本当なら金貨六十枚はするんだぜ?」

「それはすごいですねえ」

「どうだい嬢ちゃん。今ならサービスで更に安く――」

「すみませーん。これを頂きたいんですけどー」

「はいはい! 少々お待ちを」


 店主が他の客に気を取られている隙に、トレニアはカルミアの耳元でこっそりと話す。


「ご主人様。これ一つで三年は暮らせる金額ですよ」

「本物ならね。ていうか、高額な商品を露店で売っている時点で怪しいけどね」

「それもそうですね」


 二人は顔を見合わせると、揃って露店から視線を逸らし、気づかれないようにそっと場を後にした。

 それからは誘惑に引き寄せられないよう、できるだけ屋台や店先を見ないようにして歩き、足早に人波を抜け、地図に記された道だけを追っていく。

 やがて、賑やかな大通りは少しずつ遠ざかっていった。空の色も、茜色からゆっくりと群青へ沈み始めている。


「……やっと、着いた……」


 何度も地図を確認しながら、二人はようやく目的地へ辿り着いた。


「貰った地図と名前からすると……ここ、みたいですね」


 そこにあったのは、都市の路地裏にひっそりと佇む、小さな建物だった。

 高い建物に挟まれているため、陽の光はほとんど届かない。石壁には湿った苔が広がり、看板も色褪せて、文字の一部が読めなくなっていた。

 その薄暗さに、カルミアは思わず足を止める。


「……ここ、本当に宿なの?」


 肩に掛けていた荷袋が、ずるりと落ちた。


「とりあえず、中に入って確認してみましょう」

「……そうだね」


 トレニアが先陣を切って、扉を開け中へ進む。


「すみませーん、誰かいませんかー?」


 返事はない。

 建物の奥から、風が抜ける音だけが、ひゅう、と低く響いていた。


「なんか……薄気味悪い……」


 カルミアは周囲を見回す。


「それに、少し寒いような……」

「そうですか? 私はむしろ、暖かく感じますよ?」

「えぇ……」


 同じ場所にいるはずなのに、感じ方がまるで違う。

 というか、宿にしては狭い廊下。まるで宿というより、ただの古い一軒家のようだった。


「ねぇ、トレニア――」


 違和感の正体を確かめようと、カルミアはゆっくり隣を振り返った。

 ――その瞬間だった。

 トレニアの背後、ほんの数歩先の闇から、シワだらけの顔が、ぬっと覗き込んでいた。白濁した目が、まっすぐこちらを見つめている。


「で、ででで出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 次の瞬間、視界が真っ白に弾ける。

 ――ばたり。


「ご主人様!?」


 倒れ込んだカルミアの身体を、トレニアが慌てて支える。


「しっかりしてください! こんなところで寝たら、風邪を引いちゃいますよー!」


 壊れそうなほど勢いよく前後に揺さぶっても、起きる気配はない。


「おやぁ、大変だね」

「うおっ! 誰ですか、あなたは!」


 背後から、のんびりとした声が降ってきた。


「ワタシかい?」


 老婆は、何でもないことのように首を傾げた。


「ワタシはねぇ……この宿の主じゃよ」

「なんと! 宿主様でしたか!」

「ほれほれ、早くその子をベッドに寝かせてあげな」


 老婆はカルミアの顔を覗き込む。


「顔色が真っ青じゃ。泡まで吹いとるぞ」

「あ、ああっ! ご主人様ぁぁぁ!!」


◇ ◇ ◇


 ――……さま。ご主人様……!


「(……トレニア?)」


 ぼんやりとした意識の底で、聞き慣れた声が揺れている。

 

「(……あれ、私……どうしたんだっけ。そうだ。宿に来て……お婆さんが……お婆さん?)」


 その瞬間、意識が一気に覚醒し、カルミアは勢いよく上体を起こした。


「勝手に入って、ごめんなさい! 成仏してください!」

「ご主人様!」

「……トレニア?」


 目の前には、心配そうな顔をした彼女がいる。


「それに、ここは……?」

「良かったぁ!」


 トレニアは胸を撫で下ろした。


「てっきり、死んでしまったのかと思いましたよっ!」

「勝手に殺さないでよっ!」


 胸を押さえながら息を整え、カルミアはようやく状況を思い出す。反射的に、部屋の中をきょろきょろと見回す。

 良かった……無事に成仏してくれたみたいで――。


「やっと目を覚ましおったか。もう夜明けじゃぞ」


 突然、扉が開いた。そして、そこに立っていたのは、あのお婆さん。


「ひぃっ! ま、まだこの世に未練がぁ……あわわ」

「勝手に殺すでない! ワタシはまだ生きとるわっ!」

「……おばけじゃ、ないんですか?」

「ご主人様、こちらの方は宿主様ですよっ!」

「宿主!?」


 カルミアは慌てて姿勢を正した。


「す、すみませんっ! 失礼な態度を取ってしまいました!」


 叫ぶなり、反射的にベッドの上へ正座する。そして――ばふっ。布団へ額を押しつけた。


「……ご主人様?」

「もう、何も言わないで……」


 あまりにも綺麗な土下座だった。


「別に構わんよ。ワタシも歳じゃ」


 老婆は苦笑しながら、カルミアを見つめる。


「それに……お前さんたちが、《《あの子》》の言っていた魔女か」

「……っ!?」


 一瞬、息が詰まった。

 心臓が跳ね上がり、カルミアは思わずトレニアへ視線を向ける。

 どうして、この人が私の正体を……?


「驚いた顔をしとるな」


 老婆は気にする様子もなく、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。


「ロベリアはワタシの知り合いじゃ。事情はすべて聞いとる。そう身構えんでもよい」

「……ありがとうございます」


 カルミアは少しだけ緊張を解いた。


「そういえば、自己紹介を忘れとったわ。ワタシの名は、アリイ・オハイ。ただの、しがない宿主じゃよ」

「……アリイ・オハイ?」


 その名前を聞いた瞬間、記憶の奥で小さく何かが弾けた。

 ――聞いたことがある。

 カルミアはゆっくりと息を吸い込み、震えそうになる声を押さえながら問いかけた。


「あの。間違っていたら、すみません……。もしかして、鍛冶師のアリイ・オハイさんでしょうか」

「なんじゃ知っとるのか」

「はい……来る途中で、その名を耳にしまして」

「そうか。鍛冶師……今はもう、金槌を握れない程に老いてしまった」


 その表情からは、とても悲しい感情が読み取れた。カルミアとトレニアは互いの顔を見つめ合わせる。


「そうじゃ、そこのメイドよ」

「はい。なんでしょう?」

「お主が身に着けておる、そのアクセサリー。それはワタシが作った、《《魔道具》》じゃな」


「「ま、魔道具!?」」


 二人の声が、見事に重なった。


「これ、魔道具だったんですかぁ!?」

「てっきり、ただの飾り物かと思ってました……」


 だって、アネモさんも「アクセサリー」って言ってたし。


「魔道具と言ってもな、それの《《本来の使い方》》を知らんと、そこら辺の飾り物と変わりはせん」

「本来の、使い方……?」


 老婆は、どこか意味ありげに目を細めた。


「証拠にワタシの名が刻まれておるじゃろう?」


 確かに、アネモさんから貰ったものにはイニシャルが刻まれている。


「まあ、大した代物じゃない。ただの趣味で作った試作品じゃよ。はっはっは」


 それだけ言い残し、オハイは部屋を出ていった。


「……ご主人様。以前、書物で読んだのですが。魔道具って確か、特殊な製造法で魔力を……媒体? にして、なんちゃら」

「うん。正確には魔力を媒体として術式を組み込む手法だね。今は誰でも使えるように、簡易的作られてるよ」

「それって私でも使えるんですか!?」

「使い切りの魔道具ならトレニアでも、扱えるよ。器を破壊する事で、魔法が発動される仕組みで、今は……それが主流になってるみたいだし」

「ご主人様! 今度、それを買いに行きましょう! 私も魔法を使ってみたいです! えっと、まず火属性とそれから――」


 陽気なトレニアに対し、カルミアは少し考え事をしていた。

 あの人からは魔力を一切感じなかった。

 それに、魔道具そのものにも本来なら多少なりとも魔力が宿っているはず。けれど、あのアクセサリーからは、それすら感じ取れない。


「そういえば。宿主様、気になることを言ってましたよね」

「うん、私も思ってた」


 トレニアはわざと声を低くし、オハイの口調を真似する。


「『大した代物じゃない』……って」

「……え?」


 トレニアはアクセサリーを見つめた。


「名のある鍛冶師が作った魔道具……。もしかしてこれ、相当な価値があるんじゃないですか!」

「そこなの!?」

「有名な画家だって、描いた駄作に多額の金貨が付けられた事もあるくらいですよ! これを売れば、お金持ちに……」


 トレニアの目が金貨に変わって見えた。

 気になったのは、そこじゃなくて「本来の使い方」の部分。これがもし本当に魔道具なら――。


「……気になることは色々あるけど。とりあえず、今は私たちの仕事を優先しよう」

「ですねっ!」


 カルミアはベッドから降りると、机の上に畳まれていたコートを手に取った。


「今日は街全体を確認しよう。裏路地も含めて、気になった場所はメモしておく」

「了解ですっ!」


 ここからが、本当の仕事。魔女として、初めての単独任務。

 正確にはトレニアも一緒だから、単独じゃないけど。


 「私なんかに、できるのかな」


 不安は消えなかった。


「大丈夫ですよ! 私が付いています!」

「――そうだね。きっと大丈夫!」


 それでも、立ち止まる理由にはならない。

 カルミアはトレニアと視線を交わし、静かに宿の扉を開いた。

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