Episode3 大罪魔女の女子会
竜討伐を終えた後、別の村で宿を借り軽い休息を取った。宿を出ると、ロベリアとカルミアは別行動となった。
「私は今回の件を報告しに戻る。お前も気を付けて帰りなさい」
そう言い残したロベリアは、悠々と空へ舞い上がっていった。
「えっ、ちょっと待ってください! 私も――」
言い終える頃には、もうその姿は小さくなっている。
「連れて行って……くだ、さい」
その声が届くわけも無く、カルミアは一人、呆然とした。歩けるほどは魔力が回復したが、飛行魔法を使うほど万全ではない。
「……歩いて帰ろう」
こうしてカルミアの帰路は始まった。
道中に村があれば、手持ちの硬貨で食事と宿を確保した。時に親切な商人の方に、次の村まで馬車に乗せてもらい、山道を上り、下り、また上る。村に着くと今まで以上に馬へ感謝した。
――お馬さん、ありがとう。心の中で何度も礼を言った。
それから、カルミアが森の我が家へ帰り着いたのは、竜討伐から四日後の早朝だった。
「た、ただいま……」
「ご主人様あああ! お帰りなさいませえええ!」
扉を開けた瞬間だった。
待ち構えていたトレニアが、勢いよく飛びついてきた。
「わぷっ!?」
そのまま抱き締められ、カルミアの視界が一気に塞がる。
「ちょ、トレニア……く、苦し……っ!」
「あぁ……ご主人様の匂い、久しぶりですぅ~」
「あんまり嗅がないでよ! その……お風呂にも入れてないし、汗もかいたから、臭うかも……」
「でしたらっ!」
トレニアの瞳が輝いた。
「今から一緒にお風呂に入りましょう!」
「えぇっ!? わ、私は一人で入ってくるから……」
「遠慮しないでくださいよ~」
「遠慮じゃなくて……!」
抗議する暇もなかった。
トレニアはカルミアの手を引き、ずるずると脱衣所へ連れていく。すでに浴室には湯が張られていた。
「……準備、早くない?」
「ご主人様が帰ってくる頃だと思って、準備しておいたんですよ」
「そっか」
カルミアは小さく息を吐いた。
帰ってきた。その実感が、ようやく湧いてきた気がした。
「さあさあ、ご主人様。お背中流しますよ~」
「うぅ……」
温かな湯が、傷ついた身体を包み込む。擦り傷に湯が触れるたび、少しだけ痛んだ。けれど、それ以上に心地よかった。
「なんだか懐かしい気分ですね~。昔はよく一緒にお風呂に入りましたよね」
「……うん」
カルミアは小さく笑った。
昔から変わらない温もりだった。竜との戦いで張り詰めていた身体から、少しずつ力が抜けていく。
二人は並んで湯に浸かった。水滴が静かに落ちる音だけが、浴室に響いている。
しばらくして――カルミアがぽつりと呟いた。
「ねぇ、トレニア」
「はい? なんですか、ご主人様?」
「トレニアは……私が家族で、本当によかったの……?」
トレニアが目を丸くする。ほんの僅かな沈黙。
そして――。
「当たり前じゃないですかっ!」
トレニアは勢いよく、その場で立ち上がる。
「私のご主人様は、ご主人様以外にあり得ませんっ!」
「……そっか」
カルミアは俯いた。湯の中で、そっと指を握る。
「ありがとう」
頬を伝った雫が、湯に溶けて消えた。
それが涙だったのか、それともただの水滴だったのか。トレニアは何も言わなかった。ただ、そっとカルミアの肩へ寄り添った。
風呂から上がる頃には、カルミアの表情も幾分か柔らかくなっていた。
「あぁ……気持ちよかったぁ……」
四日ぶりの湯は、肌に張り付いていた疲れだけでなく、心の奥に沈んでいた不安までも洗い流してくれたようだった。
濡れた髪を軽く拭きながら居間へ戻り、椅子へ腰を下ろす。
「そういえば、ご主人様」
「ん?」
「ご主人様が不在の間に、お手紙が届いてましたよ?」
「手紙……?」
トレニアから封筒を受け取る。差出人の名前を確認した瞬間、カルミアの表情が固まった。
「どうしました?」
「……招待状。女子会の」
胸の奥に、嫌な記憶が蘇る。
封筒を持つ指先に、無意識に力が入った。
「差出人は……やっぱり、ダリアさんだよね」
「グロキシニア様ですね! お知り合いなのに、どうしてそんなに青ざめてるんですか?」
「良い人なんだけど……ちょっと苦手なんだよね」
カルミアは遠い目をした。
「そういえば、ご主人様ってデルフィニウム様以外とは、ほとんど話しませんね」
「うぐっ……」
「もしかして、人見知りですか?」
「あんまり、はっきり言わないで……」
ロベリアさんとは付き合いが長い。
だからこそ、あの横柄な態度にも慣れている。けれど、他の魔女たちとはほとんど交流がない。
何より彼女たちは皆、個性的すぎる。
「どうしようかな……女子会」
「参加しましょう!」
トレニアが食い気味に言った。
「この機会に、人見知りを克服するんですよっ!」
「でも、無理に克服する必要もないんじゃ……」
「それと、余ったお菓子は持って帰ってきてください!」
「……そっちが本音だよね?」
「えへへ」
絶対にそうだ。
カルミアは呆れながらも、少しだけ笑った。
苦手だからといって、いつまでも逃げているわけにもいかない。竜討伐で、カルミアは思い知らされた。
自分には、まだ足りないものが多い。
だからこそ――。
「……分かった。参加するよ」
「やったー!」
「開催日は明後日か……」
招待状を眺めながら、カルミアは呟いた。
「トレニア。明日は街へ行って、手土産でも買おう」
「ご主人様が自分から街に行くだなんて……」
トレニアが目を見開く。
「明日、雨が降らないといいですねえ」
「なんか馬鹿にされてる気がする」
「気のせいですよ~」
「絶対そうじゃん」
「それはそうと、ご主人様」
「なに?」
「私のことを便利屋とか荷物持ちとか思ってませんよね?」
「荷物持ちとは思ってないよ。ただ……知らない人の前だと、一人では上手く話せないだけ」
宿の時も、馬車に乗せてもらった時も、ずっとしたを向いたまま、ただ頷いていた。それだけでも、話は通じたし、問題は無かった。
「ものすごい人見知りじゃないですか~」
「うぅ……」
図星のカルミアを見て、トレニアは嬉しそうに笑った。
「でも、それって私のことを、とても信頼してくださっているってことですよねっ!」
自分の言葉に、トレニアは一瞬で機嫌を直した。
いつも通りの日常に安堵したのか、長く張りつめていた緊張と不安が解けた途端、溜まりきっていた疲れが一気に押し寄せ、カルミアは抗えない眠気に襲われた。
「……あれ? ご主人様?」
カルミアはテーブルへ頬を預け、そのまま静かな寝息を立て始めた。
「お疲れ様です、ご主人様」
トレニアは微笑むと、そっと毛布を肩へ掛け、朝食の準備を始めるのであった。
◇ ◇ ◇
そして――女子会当日。
カルミアは、いつもより少しだけ気合の入った服を身に纏い、鏡の前で何度も裾を整えていた。
「……変じゃないよね?」
「大丈夫ですよ、ご主人様! とっても可愛いです!」
「そ、そうかな……」
鏡の中の自分を見る。青色のゴシックロリータ。
なんだか落ち着かない。
「じゃあ……行ってくるね」
「はいっ! お気をつけて!」
トレニアに見送られ、カルミアは静かに目を閉じた。
胸の奥で一度だけ深呼吸する。緊張で少し速くなった鼓動を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐いた。
「我が足はここにあらず、我が道は主君と共に約束の地にあり。理を越え、我が歩む地を導け――」
詠唱に呼応するように、足元へ淡い光が集まり始める。
一つ、また一つと幾何学模様が浮かび上がり、幾重にも重なった魔法陣が静かに回転していく。
「――転移」
最後の言葉を紡いだ瞬間、魔法陣が一際強く輝いた。
次の瞬間、周囲の景色が歪んだ。身体が引き伸ばされるような奇妙な感覚。けれど、それは一瞬だった。
――ふっ。
足元に、再び大地の感触が戻ってくる。
「……わぁ」
カルミアは思わず目を見開いた。
目の前に広がっていたのは、どこまでも続く緑の庭園だった。
丁寧に手入れされた花々。木陰に置かれた白いテーブル。その向こうでは、二人の女性が紅茶を楽しんでいた。
「おや? 最後の参加者が到着したみたいだね」
「あらっ、カルミアちゃん! 久しぶりー!」
右側に座っているのは、橙色の衣装を纏った女性。気品に満ちた佇まい。強欲の魔女ダリア・グロキシニア。
そして左側にいるのは、青色のドレスを纏った女性。どこか母性的な雰囲気を持つ、嫉妬の魔女アネモ・プランダ。
「はい、おかげ様で――」
「ああ、もうっ! 可愛いんだから!」
カルミアの言葉を遮り、アネモが立ち上がる。
「前より背も少し伸びたんじゃない? 髪も長くなったし! そうそう、この前ペディランサスへ行ったから、お土産もあるのよ!」
「えっ、あ……」
「はいっ!」
勢いのまま差し出されたのは、手のひらサイズの小物だった。
「マンドラゴラのアクセサリー!」
「わ、わぁ……」
カルミアの笑顔が僅かに引き攣る。
嬉しくないわけではない。ただ、独特な見た目をしている。こういう時、トレニアは「センスが皆無ですね~」とはっきりものを言うだろうなぁ。
「ダリアさんにも、はいっ!」
「ありがとう」
ダリアは受け取ったアクセサリーを眺める。
「僕のコレクションには、まだない代物だね」
流石、強欲の魔女。なんでも欲しがるんだなぁ。
「これで全員だね。他の魔女、ダチュラやシャルルも誘ったんだが、二人とも忙しいみたいなんだ」
「残念ねぇ」
アネモが肩を落とす。
「せっかくみんなにもアクセサリーを買ってきたのに……」
「……全員、同じものを?」
「不要なら、僕が全部もらうよ」
「ダメよ。これは後で本人たちに届けるの」
アネモが即座に断った。
「さあ、楽しく女子会を始めましょう!」
――どうやら、この女子会で一番張り切っているのはアネモらしい……嫌な予感しかしない。
「ねぇ、カルミアちゃん」
「はい?」
「気になる男性とか、出来たりした?」
「ふぇっ!?」
いきなりだった。
「い、いないですけど……!」
「あらぁ、勿体ない!」
アネモが身を乗り出す。
「こんなに可愛いのに! 髪もサラサラで、肌も綺麗。それに誰よりも優しい心の持ち主なのよ?」
「あは……あはは……」
アネモは普段こそ凛としていて大人しい。
しかし、恋愛の話になると別人のように食いついてくる。本人曰く、本当に自分を愛してくれる男性と出会いたいらしい。
一方、主催者であるダリアは、紅茶を飲みながら二人の会話を静かに聞いている。
多分、この人は情報が欲しいだけなんだろうな。
「仕事ついでの旅行や恋愛を楽しむのはいいが、用心を怠ってはいけないよ」
ダリアがふと口を挟む。
「分かってるわ。魔力探知は常に警戒状態だから。でも、そのせいで旅行気分も半減しちゃうのよねぇ」
「だが、《《使徒》》の行動は予測不可能だ。僕だって把握できる情報には限度があるからね」
ダリアの声が僅かに低くなる。
「ここ数年で関与が疑わしい事件も増えている。カルミア、君も気を付けるんだよ」
「は、はい……」
――使徒。
「それより! ダリアさんの恋愛事情も聞かせてください!」
「残念だが、僕は恋愛に興味がなくてね。土産話の一つもないのだよ」
「だったら、私にぴったりの男性とか――」
そこから先は、カルミアの記憶にほとんど残っていない。
紅茶を飲み。相槌を打ち。笑って、また相槌を打つ。それを延々と繰り返した。
――そして、女子会は五時間にも及んだ。
「つ、疲れた……」
帰宅したカルミアは、台所のテーブルへ両腕を投げ出した。
そのまま、べしゃっ、と上半身を預ける。魂まで抜け落ちたような声だった。その様子を見たトレニアは、目の前に紅茶を出すと一言。
「もう、ご主人様は体力がないんですから~」
「……デジャブ」
ロベリアにも、まったく同じことを言われた気がする。
「それはそうと、ご主人様」
「んー……?」
「そのポケットの膨らみは何ですか? お菓子ですか?」
トレニアが左ポケットを凝視する。
「あぁ……これ?」
カルミアが取り出したのは、アネモからもらったマンドラゴラのアクセサリーだった。
「お土産だけど……」
きっと「センスが皆無ですね~」って言うんだろうなぁ。そう思いながら、手に持っているアクセサリーを差し出した。
「おおっ! マンドラゴラのアクセサリーですか! キモカワですねぇ~!」
「……え?」
「後ろには小さく名前も彫られてますよ!」
トレニアは嬉しそうにアクセサリーを眺める。
「いやぁ~、プランダ様、なかなかセンスがありますね! 今度お会いした時は、是非ともお喋りしたいです!」
思わぬ大絶賛だった。
私のセンスがおかしいのかな。でも、トレニアが喜んでくれるなら、まあ、いっか。
「そういえば、ご主人様」
「ん?」
「お菓子はどこですか?」
「無いよ」
「そんなぁぁぁぁぁぁっ! 持って帰ってきてくれるって言ってたじゃないですかぁぁぁ!」
トレニアの絶叫が森に響き渡った。
「言ってないよー」
「言いました!」
「言ってないってばぁ……」
テーブルに突っ伏したまま、適当に返す。トレニアは完全に駄々っ子モードに入っていた。
「さぁてと……お風呂に入って、寝よう……」
「ああっ! 逃げないでくださいよぉ! ご主人様ぁぁぁ!」
背後から聞こえてくる叫び声。カルミアは振り返ることすらしなかった。
夜の森に、今日も元気なトレニアの声が響くのだった。
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