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大罪魔女の落ちこぼれ   作者: ゆずきあすか
森の魔女 編
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3/29

Episode3 大罪魔女の女子会

 竜討伐を終えた後、別の村で宿を借り軽い休息を取った。宿を出ると、ロベリアとカルミアは別行動となった。


「私は今回の件を報告しに戻る。お前も気を付けて帰りなさい」


 そう言い残したロベリアは、悠々と空へ舞い上がっていった。


「えっ、ちょっと待ってください! 私も――」


 言い終える頃には、もうその姿は小さくなっている。


「連れて行って……くだ、さい」


 その声が届くわけも無く、カルミアは一人、呆然とした。歩けるほどは魔力が回復したが、飛行魔法を使うほど万全ではない。


「……歩いて帰ろう」


 こうしてカルミアの帰路は始まった。

 道中に村があれば、手持ちの硬貨で食事と宿を確保した。時に親切な商人の方に、次の村まで馬車に乗せてもらい、山道を上り、下り、また上る。村に着くと今まで以上に馬へ感謝した。

 ――お馬さん、ありがとう。心の中で何度も礼を言った。

 それから、カルミアが森の我が家へ帰り着いたのは、竜討伐から四日後の早朝だった。


「た、ただいま……」

「ご主人様あああ! お帰りなさいませえええ!」


 扉を開けた瞬間だった。

 待ち構えていたトレニアが、勢いよく飛びついてきた。


「わぷっ!?」


 そのまま抱き締められ、カルミアの視界が一気に塞がる。


「ちょ、トレニア……く、苦し……っ!」

「あぁ……ご主人様の匂い、久しぶりですぅ~」

「あんまり嗅がないでよ! その……お風呂にも入れてないし、汗もかいたから、臭うかも……」

「でしたらっ!」


 トレニアの瞳が輝いた。


「今から一緒にお風呂に入りましょう!」

「えぇっ!? わ、私は一人で入ってくるから……」

「遠慮しないでくださいよ~」

「遠慮じゃなくて……!」


 抗議する暇もなかった。


 トレニアはカルミアの手を引き、ずるずると脱衣所へ連れていく。すでに浴室には湯が張られていた。


「……準備、早くない?」

「ご主人様が帰ってくる頃だと思って、準備しておいたんですよ」

「そっか」


 カルミアは小さく息を吐いた。

 帰ってきた。その実感が、ようやく湧いてきた気がした。


「さあさあ、ご主人様。お背中流しますよ~」

「うぅ……」


 温かな湯が、傷ついた身体を包み込む。擦り傷に湯が触れるたび、少しだけ痛んだ。けれど、それ以上に心地よかった。


「なんだか懐かしい気分ですね~。昔はよく一緒にお風呂に入りましたよね」

「……うん」


 カルミアは小さく笑った。

 昔から変わらない温もりだった。竜との戦いで張り詰めていた身体から、少しずつ力が抜けていく。

 二人は並んで湯に浸かった。水滴が静かに落ちる音だけが、浴室に響いている。

 しばらくして――カルミアがぽつりと呟いた。


「ねぇ、トレニア」

「はい? なんですか、ご主人様?」

「トレニアは……私が家族で、本当によかったの……?」


 トレニアが目を丸くする。ほんの僅かな沈黙。

 そして――。


「当たり前じゃないですかっ!」


 トレニアは勢いよく、その場で立ち上がる。


「私のご主人様は、ご主人様以外にあり得ませんっ!」

「……そっか」


 カルミアは俯いた。湯の中で、そっと指を握る。


「ありがとう」


 頬を伝った雫が、湯に溶けて消えた。

 それが涙だったのか、それともただの水滴だったのか。トレニアは何も言わなかった。ただ、そっとカルミアの肩へ寄り添った。

 風呂から上がる頃には、カルミアの表情も幾分か柔らかくなっていた。


「あぁ……気持ちよかったぁ……」


 四日ぶりの湯は、肌に張り付いていた疲れだけでなく、心の奥に沈んでいた不安までも洗い流してくれたようだった。

 濡れた髪を軽く拭きながら居間へ戻り、椅子へ腰を下ろす。


「そういえば、ご主人様」

「ん?」

「ご主人様が不在の間に、お手紙が届いてましたよ?」

「手紙……?」


 トレニアから封筒を受け取る。差出人の名前を確認した瞬間、カルミアの表情が固まった。


「どうしました?」

「……招待状。女子会の」


 胸の奥に、嫌な記憶が蘇る。

 封筒を持つ指先に、無意識に力が入った。


「差出人は……やっぱり、ダリアさんだよね」

「グロキシニア様ですね! お知り合いなのに、どうしてそんなに青ざめてるんですか?」

「良い人なんだけど……ちょっと苦手なんだよね」


 カルミアは遠い目をした。


「そういえば、ご主人様ってデルフィニウム様以外とは、ほとんど話しませんね」

「うぐっ……」

「もしかして、人見知りですか?」

「あんまり、はっきり言わないで……」


 ロベリアさんとは付き合いが長い。

 だからこそ、あの横柄な態度にも慣れている。けれど、他の魔女たちとはほとんど交流がない。

 何より彼女たちは皆、個性的すぎる。


「どうしようかな……女子会」

「参加しましょう!」


 トレニアが食い気味に言った。


「この機会に、人見知りを克服するんですよっ!」

「でも、無理に克服する必要もないんじゃ……」

「それと、余ったお菓子は持って帰ってきてください!」

「……そっちが本音だよね?」

「えへへ」


 絶対にそうだ。

 カルミアは呆れながらも、少しだけ笑った。

 苦手だからといって、いつまでも逃げているわけにもいかない。竜討伐で、カルミアは思い知らされた。

 自分には、まだ足りないものが多い。

 だからこそ――。


「……分かった。参加するよ」

「やったー!」

「開催日は明後日か……」


 招待状を眺めながら、カルミアは呟いた。


「トレニア。明日は街へ行って、手土産でも買おう」

「ご主人様が自分から街に行くだなんて……」


 トレニアが目を見開く。


「明日、雨が降らないといいですねえ」

「なんか馬鹿にされてる気がする」

「気のせいですよ~」

「絶対そうじゃん」

「それはそうと、ご主人様」

「なに?」

「私のことを便利屋とか荷物持ちとか思ってませんよね?」

「荷物持ちとは思ってないよ。ただ……知らない人の前だと、一人では上手く話せないだけ」


 宿の時も、馬車に乗せてもらった時も、ずっとしたを向いたまま、ただ頷いていた。それだけでも、話は通じたし、問題は無かった。


「ものすごい人見知りじゃないですか~」

「うぅ……」


 図星のカルミアを見て、トレニアは嬉しそうに笑った。


「でも、それって私のことを、とても信頼してくださっているってことですよねっ!」


 自分の言葉に、トレニアは一瞬で機嫌を直した。

 いつも通りの日常に安堵したのか、長く張りつめていた緊張と不安が解けた途端、溜まりきっていた疲れが一気に押し寄せ、カルミアは抗えない眠気に襲われた。


「……あれ? ご主人様?」


 カルミアはテーブルへ頬を預け、そのまま静かな寝息を立て始めた。


「お疲れ様です、ご主人様」


 トレニアは微笑むと、そっと毛布を肩へ掛け、朝食の準備を始めるのであった。


◇ ◇ ◇


 そして――女子会当日。

 カルミアは、いつもより少しだけ気合の入った服を身に纏い、鏡の前で何度も裾を整えていた。


「……変じゃないよね?」

「大丈夫ですよ、ご主人様! とっても可愛いです!」

「そ、そうかな……」


 鏡の中の自分を見る。青色のゴシックロリータ。

 なんだか落ち着かない。


「じゃあ……行ってくるね」

「はいっ! お気をつけて!」


 トレニアに見送られ、カルミアは静かに目を閉じた。

 胸の奥で一度だけ深呼吸する。緊張で少し速くなった鼓動を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐いた。


「我が足はここにあらず、我が道は主君と共に約束の地にあり。理を越え、我が歩む地を導け――」


 詠唱に呼応するように、足元へ淡い光が集まり始める。

 一つ、また一つと幾何学模様が浮かび上がり、幾重にも重なった魔法陣が静かに回転していく。


「――転移《フェレンティア》」


 最後の言葉を紡いだ瞬間、魔法陣が一際強く輝いた。

 次の瞬間、周囲の景色が歪んだ。身体が引き伸ばされるような奇妙な感覚。けれど、それは一瞬だった。


 ――ふっ。


 足元に、再び大地の感触が戻ってくる。


「……わぁ」


 カルミアは思わず目を見開いた。

 目の前に広がっていたのは、どこまでも続く緑の庭園だった。

 丁寧に手入れされた花々。木陰に置かれた白いテーブル。その向こうでは、二人の女性が紅茶を楽しんでいた。


「おや? 最後の参加者が到着したみたいだね」

「あらっ、カルミアちゃん! 久しぶりー!」


 右側に座っているのは、橙色の衣装を纏った女性。気品に満ちた佇まい。強欲の魔女ダリア・グロキシニア。

 そして左側にいるのは、青色のドレスを纏った女性。どこか母性的な雰囲気を持つ、嫉妬の魔女アネモ・プランダ。


「はい、おかげ様で――」

「ああ、もうっ! 可愛いんだから!」


 カルミアの言葉を遮り、アネモが立ち上がる。


「前より背も少し伸びたんじゃない? 髪も長くなったし! そうそう、この前ペディランサスへ行ったから、お土産もあるのよ!」

「えっ、あ……」

「はいっ!」


 勢いのまま差し出されたのは、手のひらサイズの小物だった。


「マンドラゴラのアクセサリー!」

「わ、わぁ……」


 カルミアの笑顔が僅かに引き攣る。

 嬉しくないわけではない。ただ、独特な見た目をしている。こういう時、トレニアは「センスが皆無ですね~」とはっきりものを言うだろうなぁ。


「ダリアさんにも、はいっ!」

「ありがとう」


 ダリアは受け取ったアクセサリーを眺める。


「僕のコレクションには、まだない代物だね」


 流石、強欲の魔女。なんでも欲しがるんだなぁ。


「これで全員だね。他の魔女、ダチュラやシャルルも誘ったんだが、二人とも忙しいみたいなんだ」

「残念ねぇ」


 アネモが肩を落とす。


「せっかくみんなにもアクセサリーを買ってきたのに……」

「……全員、同じものを?」

「不要なら、僕が全部もらうよ」

「ダメよ。これは後で本人たちに届けるの」


 アネモが即座に断った。


「さあ、楽しく女子会を始めましょう!」


 ――どうやら、この女子会で一番張り切っているのはアネモらしい……嫌な予感しかしない。


「ねぇ、カルミアちゃん」

「はい?」

「気になる男性とか、出来たりした?」

「ふぇっ!?」


 いきなりだった。


「い、いないですけど……!」

「あらぁ、勿体ない!」


 アネモが身を乗り出す。


「こんなに可愛いのに! 髪もサラサラで、肌も綺麗。それに誰よりも優しい心の持ち主なのよ?」

「あは……あはは……」


 アネモは普段こそ凛としていて大人しい。

 しかし、恋愛の話になると別人のように食いついてくる。本人曰く、本当に自分を愛してくれる男性と出会いたいらしい。

 一方、主催者であるダリアは、紅茶を飲みながら二人の会話を静かに聞いている。

 多分、この人は情報が欲しいだけなんだろうな。


「仕事ついでの旅行や恋愛を楽しむのはいいが、用心を怠ってはいけないよ」


 ダリアがふと口を挟む。


「分かってるわ。魔力探知は常に警戒状態だから。でも、そのせいで旅行気分も半減しちゃうのよねぇ」

「だが、《《使徒》》の行動は予測不可能だ。僕だって把握できる情報には限度があるからね」


 ダリアの声が僅かに低くなる。


「ここ数年で関与が疑わしい事件も増えている。カルミア、君も気を付けるんだよ」

「は、はい……」


 ――使徒。


「それより! ダリアさんの恋愛事情も聞かせてください!」

「残念だが、僕は恋愛に興味がなくてね。土産話の一つもないのだよ」

「だったら、私にぴったりの男性とか――」


 そこから先は、カルミアの記憶にほとんど残っていない。

 紅茶を飲み。相槌を打ち。笑って、また相槌を打つ。それを延々と繰り返した。

 ――そして、女子会は五時間にも及んだ。


「つ、疲れた……」


 帰宅したカルミアは、台所のテーブルへ両腕を投げ出した。

 そのまま、べしゃっ、と上半身を預ける。魂まで抜け落ちたような声だった。その様子を見たトレニアは、目の前に紅茶を出すと一言。


「もう、ご主人様は体力がないんですから~」

「……デジャブ」


 ロベリアにも、まったく同じことを言われた気がする。


「それはそうと、ご主人様」

「んー……?」

「そのポケットの膨らみは何ですか? お菓子ですか?」


 トレニアが左ポケットを凝視する。


「あぁ……これ?」


 カルミアが取り出したのは、アネモからもらったマンドラゴラのアクセサリーだった。


「お土産だけど……」


 きっと「センスが皆無ですね~」って言うんだろうなぁ。そう思いながら、手に持っているアクセサリーを差し出した。


「おおっ! マンドラゴラのアクセサリーですか! キモカワですねぇ~!」

「……え?」

「後ろには小さく名前も彫られてますよ!」


 トレニアは嬉しそうにアクセサリーを眺める。


「いやぁ~、プランダ様、なかなかセンスがありますね! 今度お会いした時は、是非ともお喋りしたいです!」


 思わぬ大絶賛だった。

 私のセンスがおかしいのかな。でも、トレニアが喜んでくれるなら、まあ、いっか。


「そういえば、ご主人様」

「ん?」

「お菓子はどこですか?」

「無いよ」

「そんなぁぁぁぁぁぁっ! 持って帰ってきてくれるって言ってたじゃないですかぁぁぁ!」


 トレニアの絶叫が森に響き渡った。


「言ってないよー」

「言いました!」

「言ってないってばぁ……」


 テーブルに突っ伏したまま、適当に返す。トレニアは完全に駄々っ子モードに入っていた。


「さぁてと……お風呂に入って、寝よう……」

「ああっ! 逃げないでくださいよぉ! ご主人様ぁぁぁ!」


 背後から聞こえてくる叫び声。カルミアは振り返ることすらしなかった。

 夜の森に、今日も元気なトレニアの声が響くのだった。

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― 新着の感想 ―
エピソード3まで拝読しました。 恐ろしい「色欲の魔女」の噂と、実際のカルミアの気弱で心優しい性格とのギャップがとても魅力的でした。使い魔のトレニアとのコミカルなやり取りや、横暴だけどどこか憎めないロベ…
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