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Episode3 大罪魔女の女子会

 竜討伐直後、ロベリアとカルミアは別行動になり、ロベリアは悠々と空へ消え、残された私は大地を踏みしめていた。魔力は、きれいさっぱり空っぽ。歩いて帰るしかなかった。

 道中に村があれば、食事や宿に持ち合わせの硬貨で済ませ、上りと下りの道を何度も繰り返した。運よく馬車に乗る事が出来た時は、今まで以上に、お馬さんへ感謝をした。

 一日も経過すると飛行魔法が使用できるくらいには、魔力は回復していた。だが、飛行魔法を使う事はしなかった。単純に怖いから。

 意地を張って、帰宅できたのは竜討伐から三日後の早朝だった。


「た、ただいま……」

「ご主人様~! お帰りなさいませ!」


 三日間も家を空けていたカルミアが扉を開けた瞬間、待ち構えていたトレニアが声を上げて飛びついた。そのまま勢いよく抱きしめられ、カルミアの視界は一気にふさがる。


「ちょ、トレニア……く、苦し……っ!」


 ふかふかの感触に顔を埋められ、文字通り息が詰まりかけて、必死に腕をばたつかせた。


「あぁ……ご主人様の匂い、久しぶりですぅ~」

「あんまり嗅がないでよ! その、お風呂に入れてなくて、汗もかいたから、臭うかも……」

「でしたらっ! 今から一緒にお風呂に入りましょう!」

「えぇっ! 私だけ入ってくるよ……」

「遠慮しないでくださいよ~」


 トレニアは何も言わずにカルミアの手を引き、脱衣所へと連れていった。

 抗議する暇もなく準備は整えられており、その手際の良さに、カルミアは小さく息を呑む。

 扉を開けると、湯気の向こうから、浴室の灯りが揺れている。


「さあさあ、ご主人様~お背中流しますよ~」

「うぅ……」


 湯が擦り傷に触れ、カルミアは思わず肩をすくめる。


「なんだか懐かしい気分ですね~、昔はよく一緒に、お風呂に入ってましたよね~」

「……そうだね」


 記憶の中の光景と、今の温もりが重なっていく。不思議と、胸の奥に溜まっていた疲れが、少しずつ溶けていった。時々背中に当たる胸が、やや癪に障るが口には出さず、自身で割り切った。

 二人は並んで湯に浸かる。水の滴る音が静けさを一層際立たせる。

 そんな中、カルミアは竜討伐の出来事を思い出していた。そして、ある事をトレニアに問いかける。


「ねぇ、トレニア」

「はい? なんですか、ご主人様?」

「トレニアは……私が主人で本当に、よかったの……?」


 声が、思ったよりも震えていた。

 隣のトレニアが一瞬だけ目を丸くした。僅かな沈黙のあと、ぎゅっと、湯の中で距離が縮まった。


「当たり前じゃないですかっ!」


 はっきりとした声。それに少しだけカルミアは驚いた。


「私のご主人様は、カルミア様以外にあり得ませんっ!」

「……そっか」


 カルミアは俯き、微かに笑った。


「ありがとう」


 湯と区別のつかない雫が、頬を伝う。

 二人は肩を寄せ合い、狭い湯の中で、静かに温もりを分け合っていた。


◇ ◇ ◇


「あぁ……気持ち良かったぁ……」


 三日ぶりの湯は、肌に張りついていた疲れも、奥に沈んでいた不安も、ゆっくりと溶かして流してくれた。濡れた髪を軽く拭きながら居間に戻ると、体の芯まで温まったせいか、足取りまで少し軽い。

 湯上がりの火照りに頬を染めたまま、椅子に腰を下ろしたその時だった。


「そういえば、ご主人様が不在の間に、お手紙が届いてましたよ?」

「手紙……? 誰からだろう」


 なんとなく胸の奥が、ひくりと小さく鳴った。

 差し出された封を受け取り、ゆっくりと蝋を剥がす。指先に伝わる紙の感触は、なぜかひどく冷たく感じられた。差出人の名を見た瞬間、息が止まった。


「……っ」


 さっきまで緩んでいた表情が、音を立てて固まる。

 湯上がりの火照りが一気に引き、背筋に冷たいものが走った。


「……女子会の招待状」


 胸の奥に、嫌な記憶がよみがえる。

 カルミアは封筒の縁を、無意識にぎゅっと握りしめていた。


「差出人は……やっぱり、ダリアさんだよね」

「グロキシニア様からですね! でも、どうしてご主人様は、青ざめた顔をしていらっしゃるのですか? お知り合いですよね?」


 ダリア・グロキシニア。彼女は大罪の魔女の一人、強欲の魔女である。

 ありとあらゆる情報と知識は、右に出る者はいない。彼女が欲しいと思ったものは、全て自身の手元にある、と言われるほどの強欲なのだ。


「女子会は苦手なんだよね……」


 みんな同じ話題で会話して、高そうな菓子や紅茶を頂いて、まるで貴婦人の様。毎日、森に引きこもってる私は、特に話す話題も無いし、共通する話も無い。ただ紅茶を頂くだけの貧乏魔女。


「ご主人様って、デルフィニウム様以外だと、ほとんど話さないですよねー。人見知りですか?」

「うぐっ……あんまり、口に出して言わないで……」


 ロベリアさんは付き合いも長いから、それなりには話せるけど。他の皆さんとは、ほとんど交流も無いし……個性的な人が多い。

 カルミアはテーブルに肘をつき、頬をムニッ、と押しつぶすようにして唸った。


「どうしようかな、女子会」

「参加しましょう! この機会に、人見知りを克服するんですよっ!」


 なぜか食い気味に、気合が入っているトレニア。


「でも、無理に克服する必要も無いんじゃないかなぁー」

「それと、余ったお菓子を持って帰ってきてください!」


 そっちが本音だよね。ね?

 でも、苦手な事に目を向けず、逃げてばかりも良くない。克服するって意味だと、トレニアが言う通り正しいとは思う。建前だけど。

 カルミアは長い沈黙のあと、胸の前でぎゅっと拳を握りしめ、そっと息を整えた。


「……分かった。参加するよ」

「やったー! 楽しみにしてますね!」


 うん、なんのことか良く分からないけど。


「開催日は明後日か……。トレニア、明日は街に行って手土産でも買いに行こう」

「ご主人様が、自分から街に行こうだなんて……っ! 明日、雨が降らないと良いですねー」


 なんか馬鹿にされてる気がする。


「私だって、トレニアが一緒なら街くらい行けるからっ!」

「あーご主人様、私の事を便利屋とか、荷物運び使い魔とか、思ってますねー」

「荷物運びとは思ってないよ。ただ……知らない人の前だと、一人の時、うまく話せないだけ」

「ものすごい人見知りじゃないですかー」


 トレニアは半目になってこちらを見つめ、わざとらしく唇を尖らせた。


「でもそれって、私の事をとても信頼していらっしゃるって事ですよねっ!」


 自分の言葉に、トレニアは一瞬で機嫌を直した。

 いつも通りの日常に安堵したのか、長く張りつめていた緊張と不安が解けた途端、溜まりきっていた疲れが一気に押し寄せ、カルミアは抗えない眠気に襲われた。


「――あれ、ご主人様?」


 いつの間にか、カルミアはテーブルに頬を預けたまま、静かな寝息を立てていた。


「……お疲れ様です、ご主人様」


 その可愛らしい寝顔を見て、思わず笑みがこぼれた。

 トレニアは、そっと肩に毛布を被せ、朝食の準備を始めるのであった。


◇ ◇ ◇


 翌日、街に出向いた二人は手土産の菓子を買い、久しぶりに穏やかな一日を過ごした。

 そして迎えた女子会当日。

 カルミアはいつもより少しだけ気合の入った服を身にまとい、鏡の前で何度も裾を整えていた。

 会場までの行き方は、手紙に書かれていた通り、転移魔法を唱えるだけ……とのこと。


「じゃあ、行ってくるね」

「はいっお気をつけて!」


 トレニアに見送られ、カルミアは静かに目を閉じる。

 胸の奥で一度、小さく息を整えてから、そっと唇を動かした。


「我が足はここにあらず、我が道は主君と共に約束の地にあり。理を越え、我が歩む地を導け、転移(フェレンティア)


 言葉とともに、足元に淡い光の魔法陣が浮かび上がる。

 肩幅ほどの円がゆっくりと回転し、少しの浮遊感に肩をすぼめた。同時に、眩い光がカルミアの身体を包む。

 ――ふっと、足元に感覚が戻った。

 次に目を開けた時、瞳に映った光景は驚きを隠せなかった。どこまでも広がる緑の庭園と、丁寧に手入れされた色とりどりの花々。

 木陰には白いテーブルと椅子が置かれ、柔らかな陽光の中で、紅茶を片手に優雅に過ごす女性の姿が二人、そこにあった。

 カルミアが声をかけようとしたが、相手が先にこちらへ気づいてしまった。


「おや? 最後の参加者が到着したみたいだね」

「あらっカルミアちゃん久しぶりー! 元気にしてた?」


 右手側には、橙色の衣装を纏う、気品に溢れた強欲の魔女、ダリア・グロキシニア。

 左手側には、青色のドレスを纏う、どこか母性溢れる嫉妬の魔女、アネモ・プランダ。


「はい、おかげ様で――」

「ああ、もうっ可愛いんだから! 前より背も少し伸びたんじゃない? 髪も長くなったし、今度切ってあげましょうか? あっそうそう、先日訪れたペディランサスで買ったお土産、カルミアちゃんにも渡すわね!」


 アネモさんは、普段は凛としていて、大人しい人だけど……私と会う時は、いつもこんな感じ。


「はいっ名物のマンドラゴラのアクセサリー!」

「わ、わーい……嬉しいなぁー」


 気持ちは本当に嬉しいんだけど……いつも変わったものを買ってくる。こういう時、トレニアは「センスが皆無ですね~」とはっきりものを言うだろうなぁ。


「ダリアさんにも、はいっ!」

「ありがたく頂くよ。私のコレクションには、まだ無い代物だからね」


 流石、強欲の魔女。なんでも欲しがるんだなぁ。


「これで全員だね。他の魔女……ダチュラやシャルルも誘ったんだが、二人とも忙しいみたいなんだ」


 ――ダチュラの返答――

 興味なし。アーシは食事がしたいから不参加。


 ――シャルルの返答――

 その日は予定があるから無理ね……まあでも、どうしても? あたしに来て欲しいって言うなら別に参加してあげてもいいんだからね!


「あらぁ残念ね。せっかくみんなにもアクセサリーを買ってきたのに……」

「(全員、同じモノを買って来たんだ……)」

「不要なら、私が全部もらうよ?」

「ダメよ、これは私が後でみんなに届けるわ……さっ楽しく女子会を始めましょう!」


 この女子会、一番張り切っているはアネモのみ。


「ねぇカルミアちゃんは、気になる男性とか出来たの?」

「ふぇ!? い、いいいないです、けど……」


 うわぁ、いきなりぶっ飛んだ質問だ。


「そんなの勿体ないわよ! こんなにも可愛らしいのに。髪もサラサラで肌も綺麗、それに誰よりも優しい心の持ち主なんだから」

「あは、あはは……」


 アネモさんは誰よりも恋バナにがめつい……。年齢は聞いた事ないけど、長年恋愛が出来ていないらしく、本当に自分を愛してくれる方と出会いたい、らしい。

 主催者のダリアさんと言うと……紅茶を飲みながら、ただ話を聞いているだけ。多分、情報が欲しくて女子会を開催するんだと思う……。

 私はいつも、緊張で疲労するだけ……紅茶の味も、会話の内容も、ほとんど頭に入ってこない。

 カルミアはただ、早く終わらないかなと、そればかり考えていた。


「仕事ついでの旅行を楽しむのは良いが、用心を怠ってはいけない」

「分かってるわよ! 魔力探知は常に警戒状態だから……でも、そのせいで旅行の気分も半減しちゃうのよねぇ~」

「だが、使()()の行動は予測不可能。ここ数年で、目撃情報も増えている。カルミア、君も気を付けるんだよ」

「は、はい……」


 使徒。分かっている情報は、魔女を崇拝している事のみ。

 だけど、度々起こる事件の裏には、使徒と思われる影が確認されていて、関与の可能性が高い。

 あの時、お父さんを――


「それより、ダリアさんの恋愛事情も聞かせてくださいっ!」

「残念だが、私は恋愛に興味が無くてね。土産話の一つも無いのだよ」

「だったら、私にピッタリの男性とか――」


 その後、女子会は五時間にも及び、カルミアはようやく解放された。

 帰宅するなり、台所の大きなテーブルに両腕を投げ出し、力が抜けたように上半身を「べしゃっ」と預ける。


「つ、疲れた……」


 魂まで抜けたような声だった。

 それを見て、トレニアはどこか既視感でも覚えたように、じっとカルミアを眺める。


「もう、ご主人様は体力が無いんですから~」

「……デジャブ」


 ロベリアさんにも、まったく同じことを言われた気がする。


「それはそうと、ご主人様、その手に持っているモノは? お菓子ですか?」

「あぁ……アネモさんから貰った、お土産のアクセサリー、だけど――」


 きっと「センスが皆無ですね~」って言うんだろうなぁ。

 そう思いながら、手に持っているアクセサリーを差し出す。


「おお! マンドラゴラのアクセサリーですか! キモカワですねぇ~!」

「……え?」

「おや、後ろに小さく名前も彫られています! いやぁ~プランダ様、なかなかセンスがありますね! 今度お会いした時は、是非ともお喋りしたいです!」


 思わぬ大絶賛だった。

 私のセンスがおかしいのかな。でも、トレニアが喜んでいるなら……まあ、いっか。


「そういえば、ご主人様。お菓子はどこですか?」

「無いよ」

「そんなぁぁぁ! 持ってきてくれるって言ってたじゃないですかぁぁぁ!」

「言ってないよー」


 テーブルに突っ伏したまま、適当に返す。

 トレニアは完全に駄々っ子モードに入っていた。


「さぁてと……お風呂に入って、寝よう……」

「ああっ! 逃げないで下さいよぉ! ご主人様ぁぁぁぁぁ!」


 背後から必死な声が飛んできたが、もう振り返る元気も残っていなかった。

 夜の森に、今日も元気な使い魔の叫び声が響くのだった。

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― 新着の感想 ―
エピソード3まで拝読しました。 恐ろしい「色欲の魔女」の噂と、実際のカルミアの気弱で心優しい性格とのギャップがとても魅力的でした。使い魔のトレニアとのコミカルなやり取りや、横暴だけどどこか憎めないロベ…
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