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大罪魔女の落ちこぼれ   作者: ゆずきあすか
実技訓練 編
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28/29

Episode26 オルフェンの魔法

 アイリスたちが勝利の余韻に浸っていた、その頃――セシルたちは文字通りの地獄を見ていた。


「はあ……はあ……っ」

「ふふっ。あらあら、もう息を切らしてるの? 情けないわねぇ、坊やたち」


 訓練開始から、三十分以上が経過している。

 地面には炎によって焦げた跡や、水魔法によって濡れた芝生が点々と残っていた。それだけ二人が攻撃を繰り返した証拠だ。

 にもかかわらず、その中心に立つオルフェンだけは、服の裾一つ乱れていなかった。

 セシルとルシアンに与えられた課題は、至って単純。


「私の身体へ、一度でも触れること。攻撃魔法で怯ませてもいいし、拘束してもいい。二人で挟み撃ちにしても構わないわ」


 さらにオルフェン自身から『その場から避けない、防御魔法も使わない』という条件まで提示されている。普通に考えれば、圧倒的に二人が有利なはずだった。

 だというのに――未だ一度たりとも、指先すら届いていない。


「へっ……まだまだ、これからだぜ!」


 過度の魔力消費により、息を切らしながらも、セシルは強がるように口角を上げた。


「熱いわねぇ。そういう男の子、嫌いじゃないわよ」

「気色悪いこと言ってんじゃねえ!」


 言い返しながら、セシルは自分の中に残された魔力を探る。


「(……けど、マジでまずいな)」


 魔力は残り僅か。

 ここまで小、中規模の火属性魔法を何度も放っている。このまま同じことを繰り返しても、先にこちらの魔力が尽きるだけだ。


「俺は一か八かの賭けに出るぜ」


 セシルが右手を前へ翳し赤い魔法陣が展開される。


「ベイビー、何をするつもりだい?」


 ルシアンの表情が変わった。

 周囲の空気が熱を帯び、魔法陣へ注ぎ込まれる魔力の密度が、これまでとは明らかに違っていた。


「決まってんだろ」


 セシルが不敵に笑う。


「俺の持ってる中で、一番デカいのをぶち込む!」

「ちょっと待ちたまえ! 今の魔力量でそれを撃てば、ほとんど空になる! それに……その威力は訓練で使うものじゃ――」

「アイツが言ったんだろ。何でもありだって」

「限度というものがあるだろう!」

「知るか!」


 魔法陣が眩い赤光を放つ。

 火炎が渦を巻きながら一点へと集まり、巨大な砲口のような形を作り出した。


「一泡吹かせてやる……喰らいやがれ――! 極炎砲《プロミネンス・バースト》!」


 凝縮された灼熱の奔流が解き放たれた。

 轟音とともに火炎が一直線に訓練場を駆け抜け、そのままオルフェンの姿を飲み込む。

 ドォォォン――!


「っ……!」


 爆風が吹き荒れ、二人は思わず腕で顔を覆った。視界が炎と煙に埋め尽くされる。


「……どうだ!」


 肩で息をしながら、セシルは煙の向こうを睨みつける。やがて煙が晴れていくと、奥から人影が薄っすらと浮かび上がって来た。


「なかなか良い火力じゃない」

「――っ」


 そこには、先ほどと変わらぬ姿のオルフェンが立っていた。

 傷一つない。それどころか、楽しそうに頬へ手を添えている。


「ちょっと惚れそうになっちゃったわ」

「……化け物かよ」


 セシルは呆然とした。


「(ありえねえ……あの魔法は、少なくとも正面から防御魔法で受け止めきれる威力じゃねえ。しかもあいつ――本当に防御魔法を使ってないのか?)」


 答えが出る前に、オルフェンが小さく笑った。


「坊やたち、少し無茶しすぎよ。時には休息も必要ね」


 するとオルフェンは、まるで指揮者の様に両手を構え、低く、深い声で唱えた。


「低音域(バス)」

「――ぐっ!?」


 その声を耳にした瞬間。セシルたちの全身へ、見えない重石がのしかかった様に負荷を実感する。


「な、なんだこれ……身体が……!」


 膝が折れ、耐え切れず、両手を地面についた。隣にいたルシアンも同様に膝をつく。だが表情だけは変えず額に汗を流しながらもキープし続けている。


「はは……これは、なかなかハードだね。身体そのものが重くなったみたいだ。立ち上がるだけでも……骨が折れるよ」

「丁度いいわ。坊やたちに、ちょっとした座学をしてあげる」


 オルフェンは言葉を紡ぎながら、指揮棒でも握っているかのように両手をしなやかに動かしていた。手首を返し、指先で拍を刻む。その一挙一動は、まるで目の前に存在しない楽団を率いているようだった。


「私の扱う音魔法は、一般的な五大属性のどれにも属さない――無(・)属(・)性(・)魔法」


 オルフェンは微笑む。


「幼い頃は散々言われたものよ。――でも私は、この魔法だけでここまで来た」


 オルフェンが指を鳴らす。

 カン――。澄んだ音が、その場に響いた。


「属性が珍しいから、魔力が多いから強いわけじゃない。大切なのは自身の力を、どこまで理解して使いこなせるかよ」


 オルフェンが両腕を広げ、その状態で動きを止めた。


「さて。坊やたちに、私の壁を越えられるかしら?」


 トン、トン。

 足先で地面を叩き、一定のリズムを刻み始める。それに呼応するように空気が震えた。オルフェンは再び指揮をとり、熱はクライマックスに達した。


「そろそろフィナーレのお時間よ!」


 同時にオルフェンの背後に、巨大な魔法陣が広がった。


「――絶対楽章《アブソリュート・シンフォニー》」


 すると、その魔法陣からは、大小さまざまな楽器が彼の背後へ次々と浮かび上がった。ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、トランペット――。

 しかし、それらに実体はない。半透明の魔力によって象られた、音の幻影。誰も触れていないというのに、それぞれの弦が震え、鍵盤が沈み始める。


「なんだよ……あれ」

「実に美しい演奏じゃないかっ」

「感動してる場合か!」


 オルフェンが指揮を振り上げる。


「中高音域(テノール)――&(アンド)、低音域(バス)」


 それが振り下ろされると同時に、正面から強烈な衝撃が叩きつけられる。

 ドン――!


「ぐあっ!?」


 二人は背後の結界へ身体を打ち付けられた。


「二つ同時に!?」

「私の絶対楽章《アブソリュート・シンフォニー》は、一度構成した音魔法を一つの楽(・)譜(・)として記録するの」


 オルフェンの背後で、幻影の楽器がそれぞれ異なる旋律を奏でる。


「楽譜へ書き込まれた魔法は、私自身が一つずつ術式を組み直す必要がない。指揮さえすれば――」


 再び指揮が振り下ろされると、まったく同じ状況で瞬時に発動された。


「この通り、異なる魔法を一つの演奏として同時に発動できるわ」

「んなのぉ反則だろ! ……くそ」


 遠距離と広範囲に特化した魔法。何か解決策を考えねえと、一方的に攻撃される。それに――攻撃魔法すら、どういう方法か分からねえまま、無効化されてる。


「どうやら、僕の出番みたいだね……ベイビー」

「お前、何か策でもあんのか?」

「もちろんさ。彼の演奏と僕の美が干渉する事で、より僕の美しさが際立つっ!」

「黙れよ」


 ちくしょう……なんで俺はこんなやつと訓練を……。演奏と干渉した所で――干渉? そういや、以前どっかで音魔法について聞いたような……。

 セシルの脳裏に、ある記憶が蘇る。それは騒動事件の当日、講義の時だった。


◇ ◇ ◇


 ―― 休符(レスト)。

 ――これは音魔法と言って、周囲の音に干渉する事が出来る魔法ですよ。

 ――座学でも理論さえ理解していれば、無詠唱で展開できますよ。


◇ ◇ ◇


 そうか、音魔法の原理は周囲の音に干渉する事。つまり、音との干渉を断てば攻略できる!


「おい、ルシアン」

「なんだいベイビー?」

「お前の発想、悪くなかったぜ」


 セシルは自分の両耳に手を当て、奇妙な行動をする。だがそれは、解決への糸口だった。


「音の干渉を防ぐ。そうすりゃあ、音魔法は効果を発しない!」

「なるほど、ものすごく単純な方法だけど。即効性は有りだね」


 二人は耳を塞いだまま、オルフェンの元へと走った。

 結論、この行動は正しかった。完全ではないものの、魔法の影響を軽減可能とした。その状態で一気に懐まで距離を縮め、腕を振り下ろす前にタッチする。その作戦は有効に思えた。

 しかし、一点だけ見落としていた。それは――。


「甘いわね」


 ドゴッ!


「ぐえっ!?」


 オルフェンの長い脚が、セシルの腹部へ叩き込まれた。身体は勢いよく吹き飛び、防護結界が淡く発光する。


「ベイビーっ!」

「近距離戦に持ち込まれるなんて、想定の内よ」

「がはっ……!」


 ルシアンもまた、腹部へ強烈な一撃を叩き込まれる。防護結界が淡く発光し、二人は元居た場所へと戻されてしまった。

 あと一歩まで迫った。だが、自分らは遠距離攻撃=近距離が苦手だと、勝手に思い込んでいた。それが仇となった。


「誰も反撃しないなんて言ってないんだから、反則とか言わないでよね」


 オルフェンは優雅に脚を下ろした。

 セシルは腹を押さえながら起き上がる。ダメージ事態は結界が肩代わりをしているが、それでも衝撃は大きい。


「ダメだ……これでは勝てない」

「おい。まだ魔力残ってんだろ?」

「……何をするんだい」


 セシルはルシアンに耳打ちで作戦を話す。


「――どうやら、血迷ったみたいね」


 ルシアンは魔法陣を構成する。青く輝く魔法陣に残りの魔力、全てを乗せた最大の魔法。


「これで良いんだよね、ベイビー!」

「ああ、任せろ!」

「じゃあ行くよ! 水槍(ウォーター・スピア)!」


 巨大な水の槍がオルフェンへ向かう。

 それを迎え打とうとするオルフェンが息を吸う。


「中高音域(テノール)――!」

「今だ!」


 セシルも魔法陣を展開する。


「火球(ファイアボール)!」


 ただし、狙ったのはオルフェンではない。ルシアンの巨大な水の槍だった。火と水の魔法が正面から衝突した。

 ジュワァァァ――! それは互いに相殺し、猛烈な蒸気が発生する。周囲一帯が一瞬で白い霧に覆われた。同時にオルフェンの視界から二人の姿が消える。


「(なるほど、水蒸気で目隠しね。考えたじゃない)」


 だが、慌てる様子はない。


「(でも残念。私には必要ないのよ――視界なんて)」


 オルフェンが静かに目を閉じる。

 視界を奪われても、周囲に響く音さえあれば位置は分かる。

 ――タッ、タッ、タッ!

 左側から足音。


「そこね!」


 オルフェンが一瞬で振り向き、白い蒸気の向こうへ蹴りを放つ。


「がはっ!」


 蹴りは確かに命中した。だが――。


「引っ掛かったね」


 地面へ倒れたのはルシアンだった。腹部を抑えながら、その場に立ち上がる。


「正解は――あっちだよ。ベイビー!」

「――!」


 オルフェンが反対側を向く。瞬間、白い蒸気の中から一つの拳が現れた。


「俺たちの――勝ちだ!」


 ゴンッ!

 セシルの拳が、オルフェンの頬を真正面から捉えた。同時に、周囲を覆っていた防護結界が淡く輝き、その役目を終えたように消えていく。

 ――数秒後、オルフェンがゆっくりと顔を戻した。


「……見事だったわ」

「へっ」


 セシルが得意げに笑う。


「でも、一つだけ教えて頂戴。音を立てずに、どうやって近づいたの?」

「前に講義で、音魔法を見たことがあってよ。残りの魔力で俺の周囲の音を消した」

「まあ、僅かな魔力で、持続と範囲は賭けだったけどね。ベイビー」


 オルフェンは少しだけ目を見開いた。

 水蒸気で視界を奪い、ルシアンがわざと足音を立てて、自分の位置を誤認させる。そしてセシルだけが、自らの足音を消して反対側から接近する。


「――合格よ」

「よっしゃ!」

「当然の結果さ」


 二人がそれぞれ喜びを見せる。


「ただし」


 オルフェンの笑顔が、僅かに深くなった。


「私は『身体に触れれば合格』とは言ったけど――顔面を殴っていいなんて、一言も言ってないわよ?」

「……え」

「低音域(バス)」


 ズンッ!


「ぐおおおおっ!?」


 セシルの身体が再び地面へ沈み込む。


「ご、ごめんなさい! 調子に乗りました!」

「あらぁ。素直な子は好きよ♡」

「だったら解除しろぉぉぉ!」


 その様子を眺めながら、ルシアンは優雅に髪をかき上げた。


「ふっ……戦いの後に芽生える師弟の絆。実に美しいね、ベイビー」

「勝手に締めてんじゃねぇぇぇよぉぉぉ!」


 こうして――セシルとルシアンもまた、少々痛い代償を払いながら、最初の訓練を突破した。

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