↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大罪魔女の落ちこぼれ   作者: ゆずきあすか
実技訓練 編
PR
29/29

Episode27 使命

 同時刻、実戦訓練を終えたアイリスたちも、最初に集合した場所へと戻ってきた。

 そこで真っ先に目に入ったのは、芝生の上に座り込み、見るからに疲弊しているセシルの姿だった。制服はあちこち土埃にまみれ、髪も乱れている。先ほどまで余程激しい訓練をしていたのだろう。

 それを見るなり、アイリスは呆れたように口を開いた。


「あんた、またコテンパンにやられてるの? ほんと懲りないわねえ」

「うるせえ! てか負けてねえし!」

「へえ? 魔力もほとんど残ってないみたいだけど?」

「てめえ、いい加減に――」

「はいはい。二人とも、喧嘩は後にしなさい」


 二人の間へ割って入ったのは、オルフェンだった。


「まだ授業中よ?」

「ちっ……」


 オルフェンは呆れたように息を吐くと、腰に提げていた小さな鞄から二本の瓶を取り出した。

 透明な瓶の中では、鮮やかな青色の液体が揺れている。


「ほら、坊やたちはこれを飲みなさい」


 セシルとルシアンへ、それぞれ一本ずつ手渡した。


「魔力回復用のポーションよ。まだまだ授業は続くんだから、ここで魔力切れなんて起こさないで頂戴」

「マジかよ……」


 瓶を受け取ったセシルの顔が、一瞬で引きつった。


「俺、昔これ飲んだことあるけど……クソ不味いんだよな」

「それくらい我慢して飲みなさい。男・の・子でしょ?」


 その様子を見たアイリスが、わざとらしく同情する。


「あらら~。かわいそうねえ」

「あ? だったらお前も飲めよ!」

「一応、アイリスくんたちの分も用意してありますよ」


 フローレンスが予備の瓶を差し出す。しかしアイリスは、即座に片手を前へ出した。


「大丈夫です。必要ありません」


 先ほどの実戦では確かに大技も使用したが、魔力にはまだ余裕が残っている。何より、セシルの反応を見れば、その味がどれほどのものなのか嫌でも想像できた。


「ウチはちょっと飲んでみたいかも!」


 横からミネットが興味津々といった様子で、青い瓶を覗き込む。猫耳は期待するようにぴんっと立っていた。


「やめとけ、マジでクソ不味いぞ」


 セシルが真顔で忠告した。


「そんなに?」

「ああ……薬草と泥水を混ぜて煮詰めて、それを五年間常温で放置したみてえな味だ……」

「なに、その例え……」

「経験者の俺が言ってんだ。間違いねえ」

「五年間放置した泥水を飲んだ経験があるの?」

「そういう意味じゃねえよ!」


 セシルは観念すると、瓶の蓋を開けた。


「……くそっ。いくぞ」


 覚悟を決め、一気に中身を飲み干す。


「――っ……まっず!」


 セシルは顔を歪め、舌を出す。

 一方のルシアンは、青い液体の入った瓶を夕日に透かしながら、どこか感心した様子で眺めていた。


「この透明感……僕の美しさを引き立てるには、なかなか悪くない色だね」

「……地獄を見るぞ」

「美を追求する者が、飲み物一つに怯えるとでも?」


 ルシアンは優雅な手つきで蓋を開け、一口。


「なるほど。これはまさに天上の――ウロロロロロロッ!」

「おいっ!? ここで吐くんじゃねーよ!」

「ははっ、ベイビー。僕ほど美しい男が吐くわけなウロロロロロッ!」


 あまりにも惨たらしい光景に、アイリスは静かに顔を背けた。


「……絶対飲まない」

「ウチもやめとこうかな……」


 先ほどまで期待に満ちていたミネットの耳も、いつの間にかしょんぼりと伏せていた。

 フローレンスは苦笑しつつ、手を叩く。


「少し休憩を取ったら、訓練を再開しますよ」


 フローレンスはアイリスとミネットへ目を向ける。


「アイリスくんは、味方と連携しながら魔法を使用する際の判断力。ミネットくんは、魔法の基礎と自身の身体能力を組み合わせる訓練が必要ですね。ここからは苦手な部分を埋めていきましょう」

「「はいっ!」」


 二人は息を合わせて返事をした。


「じゃあ坊やたちは、まず腕立て伏せからスタートね」

「なんで俺たちだけ筋トレなんだよ」


 オルフェンは腰に手を当て、胸を張る。


「筋肉は嘘をつかないのよ!」

「魔法は!? 俺たち、魔法を学ぶために――」

「魔術師だって、最後に頼れるのは自分の身体よ」


 そう言って、オルフェンは自分の逞(たくま)しい腕を軽く叩き、にっこりと笑う。


「筋肉があれば、物理的な攻撃にだって多少は耐えられるわよ」

「どんだけ筋肉に信頼あんだよ」

「ははっ、ベイビー。これくらいで根を上げていたら、美の高みには程遠ウロロロロロッ!」

「お前は一旦落ち着いてから喋れ!」


 そんな騒がしいやり取りを最後に短い休憩時間へ入った。ある程度、魔力と体力がある程度回復したところで、実戦訓練は再開される。

 今度は先ほどのような模擬戦ではなく、攻撃から防御への切り替え。複数人での連携。周囲の状況を確認しながら魔法を使用する訓練。そして、限られた魔力で長時間戦い続けるための出力調整。

 予期せぬ危険に遭遇した際、自分自身の命を守り、可能であれば仲間とともに生還するための力だった。

 やがて空が橙色へ染まり始めた頃、長かった一日の実戦訓練にもようやく終わりが訪れた。


『――本日の訓練は、これにて終了とする』


 訓練場全体へ、教師の声が響く。


『各自、今日の訓練で明らかになった課題を整理しておくように。また第二学年の次回訓練日は三日後じゃ。それまでは通常授業へ戻る。十分に身体を休めておくように。以上』

「やっと終わったぁ……」


 あちらこちらから安堵の声が漏れた。

 生徒たちは疲れ切った身体を引きずりながら、徐々に訓練場を後にしていく。教師たちも使用した魔道具や訓練器具を回収し、防護結界の解除や損傷した地面の確認へ取りかかっていた。

 ほんの数日前、魔獣の群れによって混乱へ陥った学園。校舎には今も補修途中の場所が残り、警備の人数も以前より増えている。

 それでも、生徒たちの笑い声が響き、教師たちが授業を行い、一日が終われば皆が帰路につく。

 少しずつ、いつもの学園へ戻りつつある。生徒たちの目には、そう映っていた。


「(そういえば、あ(・)の(・)時(・)――先生が使った魔法って何だったんだろう……)」


◇ ◇ ◇


 人気のなくなった校舎は、昼間とはまるで別の場所のように静まり返っていた。西日が長い廊下を赤く染め、窓枠の影を床へ細長く伸ばしている。

 フローレンスは一人、窓際に立っていた。


「……」


 窓越しに見えるのは、沈みゆく夕日。

 その視線は景色を眺めているようで、どこか別の場所を見つめているようにも見えた。


「――アザミ」


 突然、背後から声が響いた。

 足音いや、気配すら感じなかった。それでもフローレンスは驚くことなく、窓の外を見つめたまま答える。


「……教師は全員、帰りましたよ」

「古い友人の肩を持つのは構わない」


 相手はフローレンスの話には一切耳を傾けず、話を続けた。


「だが、私たちの本来の目的を忘れるな。生徒たちにも情を抱く必要は無い」

「分かっていますよ」


 先ほどまで生徒たちへ向けていた柔らかな声とは違う。低く、静かで冷たい声音。アザミはゆっくりと振り返る。


「だからこそ、彼女には今も調査を続けてもらっています。使徒の行方、それと――あの件も」

「……ならいいわ」


 廊下を夕闇が少しずつ覆っていく。


「使徒たちも動き始めている。ここを襲撃した目的は分からないけど、確実にその日は近づいているわ」

「ええ……」


 声の主は窓辺へ歩み寄り、フローレンスと同じように沈みゆく夕日へ視線を向けた。


「是が非でも、使徒(やつら)より先にノ(・)ア(・)の(・)箱(・)舟(・)を見つけ出す」


 その人物の瞳から、先ほどまで生徒たちへ見せていた柔和さが完全に消えた。フローレンスの表情にも、僅かな緊張が走る。


「それが私、愚者に与えられた使命よ」


 沈みかけた夕日が、二人の姿を赤く染める。フローレンスは静かに頷くと、その名を呼ぶ。


「ええ……もちろんです――オルフェン」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。