Episode25 攻略の手がかり
張り詰めた空気の中――先に動いたのは、フローレンスだった。
「風刃嵐」
「っ!?」
その周囲で、突如として風が渦を巻き始める。
最初は頬を撫でる程度だった風が、瞬く間に勢いを増していく。やがて渦の中から幾筋もの風刃が形成され、四方八方へと放たれた。
「ミネット!」
アイリスの表情が強張る。
「(広範囲攻撃……! あたしは防御できても、ミネットは――!)」
考えるより先に身体が動いた。
ミネットのもとへ駆け寄り、その前へ躍り出る。アイリスの正面に魔法陣が展開され、防御魔法が形成された。その直後――無数の風刃が殺到する。
ヒュンッヒュンッ――! 鋭い音が無数に被弾する。
「くっ……!」
自分だけならば十分に防げた。だが、今はミネットまで覆うように術式の範囲を広げている。咄嗟に構成を変更したことで魔力の密度にばらつきが生じ、攻撃のすべてを相殺することはできなかった。
「アイリスっ!」
防壁を抜けた数発が、アイリスの肩や脇腹を捉える。鈍い痛みが身体を駆け抜けた。
だが同時に防護結界が淡く明滅する。傷は光へと変換され、アイリスの身体から消えていった。
「平気よ……」
アイリスは痛みに顔をしかめながらも、立ち上がる。
「結界のおかげで、傷一つないわ」
「でも……」
「大丈夫。心配なんていらない」
そう答えたものの、額には薄く汗が滲んでいた。傷こそ残らないが、痛覚までは消してくれない。
「(これを結界なしでまともに受けたら……立っていられるかも怪しいわね)」
「……ごめん」
ミネットが申し訳なさそうに耳を伏せる。その言葉に、アイリスは答えず必死に考えた。
「(何か方法はないの……?)」
手札には、魔法が使える自分と、人間とは比較にならない獣人の身体能力がある。けれど、その二つが噛み合っていない。
「(今の戦い方だと、あたしとミネット……お互いの長所を活かせていない。互いに足りないところ――それを補える方法……)」
その時。ふと、フローレンスが訓練前に口にした言葉が蘇った。
――彼女は座学よりも、実際に身体を動かしながら覚える方が得意だと、オルフェン先生から聞いています。
「……身体で、覚える」
アイリスが小さく呟く。そして、ある方法を思いついた。
「ミネット! 今からあんたに――身体強化魔法をかけるわ!」
「強化魔法?」
強化魔法は属性魔法と比べ、術式そのものは単純だ。
対象者の身体へ直接魔力を流し込み、筋力や反射速度を一時的に引き上げる。例え外部から付与された魔法であっても、その魔力が身体を巡った軌跡は、僅かながら肉体へ残り記憶される。
普通なら、こんな無謀な方法は考えない。でも、今から術式を教えるよりも効率的で、特徴を活かせる唯一の方法。
「一か八かの賭けには、なっちゃうところもあるけど……! 迷ってる暇はないっ!」
アイリスは素早く術式を組み上げていく。
注意すべき点はミネット自身の身体へ負担。いくら獣人とはいえ、強化魔法は肉体を破壊しかねない。何度も付与することを考慮すると、できるだけ継続時間は短く。その代わり、瞬間的な加速へ特化させる。
「――できた!」
アイリスの魔法陣が、ミネットの両腕と両脚へ重なる。
「今から手足に強化魔法を付与するわ。効果時間は十秒だけ」
「じゅ、十秒?」
「ええ。切れる前に一度戻ってきて。そして何度か付与を繰り返す。その魔力の流れを身体で覚えてみて」
ミネットの猫耳がぴんっと立った。
「分かった! ウチ、やってみる!」
強化魔法を付与した次の瞬間。ミネットの姿が消えた。
先ほどとは比較にならない速度で、フローレンスとの間合いが一気に詰まる。しかし、それでもなお放たれる拳、蹴りをフローレンスは僅かに身体を逸らして回避。その表情には、まだ余裕が残っていた
「なるほど、強化魔法ですか。彼女の身体能力を理解し、その長所をさらに伸ばした。良い判断です――ですが……」
ミネットの攻撃にフローレンスがカウンターを入れる。
「速くなっただけで、攻撃の癖も、狙う場所も変わっていません。それでは、何度繰り返しても結果は同じですよ」
十秒。ミネットは一度大きく後ろへ跳び、アイリスのもとまで戻った。
「もう一度いくわよ」
アイリスが再び強化魔法を構成しようとする。
「待って!」
だが、ミネットがその手を止めた。
「……今度は、ウチに雷魔法を使ってみて」
「は?」
アイリスは耳を疑った。
「バカ言わないでよ! 雷魔法と強化魔法とは違うのよ!? それを受けたら、ただじゃ――」
「お願い!」
珍しく真剣な声だった。
「ウチ……試してみたいことがあるんだ」
ミネットの目には迷いがなかった。それを見たアイリスは深く息を吐く。
「……分かったわよ。でも、どうなっても知らないからね」
「大丈夫……ああ、それと――」
ミネットはアイリスへ顔を寄せ、その耳元で小さく囁いた。
その様子を、フローレンスは少し離れた位置から興味深そうに眺めていた。二人の準備が整うと、アイリスがミネットへ掌を向ける。
「いくわよ!」
「いつでも!」
黄色い魔法陣が構成され、彼女目掛けて魔法は放たれた。
「雷撃!」
「っ!?」
ミネットの全身がびくんっと跳ね、尻尾の毛が僅かに逆立っていた。
「結構ビリってくるんだね……!」
「だから言ったでしょ!」
それでもミネットは、自分の手を握ったり開いたりしながら、身体の中へ残る感覚を確かめていた。
流れ込んできた魔力。筋肉を刺激する感覚。そして、雷が身体を抜けていった経路。
「……よし!」
ミネットが地面を蹴った。
「――っ!」
先ほど以上の速度で、一瞬にしてフローレンスの懐へ潜り込んだ。その時、初めて彼の表情から、僅かな驚きが漏れる。
「(……強化魔法の効力が上がっている。まさか――)」
ミネットの拳をかわしながら、フローレンスは呟く。
「一度、身体を通っただけの術式を……感覚だけで再現したのですか」
「最初に言ったでしょ!」
ミネットは少し口角を上げ、続けて話す。
「ウチ、身体で覚えるタイプだって!」
続けざまに繰り出した蹴りが、フローレンスの髪を掠める。
「それに、この格闘技だってオルフェン先生から教えてもらったんだから!」
「……なるほど。だからどれも、ワンパターンなのですね」
「でもね――今回ばかりは、違うからっ!」
ミネットが回し蹴りの態勢へ入る。先ほどと同じ攻撃、当然フローレンスも回避へ移る――はずだった。
バチッ!
「――!」
蹴りを放つ直前、ミネットの軸足から雷が炸裂した。
――瞬間的な加速。
それを見逃さなかったフローレンスは、前回とは異なる大きな回避行動を見せた。
「(今は……見間違いか?)」
フローレンスの目つきが変わる。
ミネットは更に蹴りの連撃を二撃、三撃と放つ。またも攻撃の瞬間だけ雷が弾ける。
「(強化魔法だけでは、この加速を連続しては出せない)」
ミネットが蹴り込むたび、接地している脚から雷光が地面へ走った。
「(まさか雷魔法の併用か! 放電を利用して、攻撃の瞬間だけ身体を加速させている。しかも身体を通る電流を、接地した脚から地面へ逃がしているのか……!)」
初めて、フローレンスの回避に余裕がなくなった。
「これが――ウチの新しい技!」
「……素晴らしい発想力ですね。自分の身体能力に合わせて、その場で使い方を変えた」
獣人の身体能力、友人のサポート、それが噛み合うだけで実現できるような事ではない。それはまさに――天才の所業。
しばらくした所で、ミネットは連撃を止め一度大きく跳び上がり――右拳を振りかぶった。
「いっけぇぇぇっ!」
強化魔法の付与、そして地面との接触に放つ雷。二つを拳へ集中させ、そのまま地面へ叩きつける。その瞬間、強大な力が加わったことにより、地面が大きく陥没した。
同時に砕けた石と土が弾丸のように周囲へ飛び散る。
「――っ!」
フローレンスはその場から大きく後方へ跳び、態勢を立て直す。
「外しましたね」
着地したフローレンスが告げる。だが、ミネットは地面へ拳をついたまま、笑っていた。
「ううん。最初から当てるつもりなんて、ないよ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「こっちが――本当の狙いだよ!」
フローレンスが何かに気づく。
「まさか……!」
フローレンスが顔を向ける。その視線の先には、すでに術式を完成させていたアイリスが姿が目に入った。巨大な魔法陣が、その掌の前で眩い緑色の光を放っている。
周囲の風が、ただ一点へ吸い込まれていく。
「先生!」
――ミネットが耳打ちした作戦。
「これが――あたしたちの答えです!」
圧縮された風が、甲高い音を立て、アイリスが魔法陣を解き放った。
「風穿!」
極限まで圧縮された風が一本の槍となり、一直線に駆け抜けた。
「――見事です」
風の槍が、フローレンスの身体を捉えた次の瞬間。
パリン――!
甲高い音とともに、アイリスたちを覆っていた防護結界へ無数の亀裂が走る。フローレンスへ届くはずだった衝撃を肩代わりし、その許容量を超えた結界が、光の欠片となって砕け散る。
無数の光片が、三人の周囲をきらきらと舞った。
アイリスは息を切らせながら、恐る恐るフローレンスを見る。
「……当たったの?」
土埃が舞い、視界が悪い。と、そこへミネットがアイリスの元に駆け寄る。
「アイリスっ!」
「ミネット……」
「防護結界が壊れちゃったけど、これウチらが勝ったて、こと?」
二人が困惑していると、土埃の向こうからフローレンスが姿を現し、こちらへと歩み寄っていた。
「あの時、ミネットくんの役目は僕に攻撃を当てることではなく――アイリスくんが狙いやすい場所まで誘導すること、だったんですね」
フローレンスは軽く咳をしながら埃を払う。
「アイリスくんの行動は、互いの得意分野を活かし、足りない部分を補い合う」
フローレンスは満足そうに頷いた。
「――お見事です。二人とも、よくできましたね」
「……!」
二人の顔が、同時に明るくなる。
「やったぁぁぁ!」
ミネットが勢いよく飛び上がる。
「ちょっ――」
そのままアイリスへ抱きついた。
「やったよ、アイリス! ウチらの勝利だよ!」
「わ、分かったから! 離れなさいって! もう……」
そう言いながらも、アイリスの口元には自然と笑みが浮かんでいた。つい先ほどまで、まともに連携することすらできなかった二人。だが、実戦での教訓を得て――それぞれが成長を遂げた。
こうしてアイリスとミネットは無事に次のステップへと進むことになる。




