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大罪魔女の落ちこぼれ   作者: ゆずきあすか
実技訓練 編
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26/29

Episode24 戦いの最中

 フローレンスは後ろを振り向き、数歩離れた所で「あっ」と声を漏らした。何かを思い出したのか、アイリスたちの方へ身体を戻し、口を開いく。


「一つ言い忘れていました。僕に一度でも攻撃を当てるまでは、この形式で訓練を続けます。条件を達成できたら、次の段階へ進みましょう」


 話を終えると再び歩き出し、また数歩進んだ所で、アイリスたちの方を振り返る。


「ちなみにですが、僕はハンデとして防御魔法を一切使用しません」

「えっいいの?」


 ミネットの猫耳がぴんっと立つ。


「だったら簡単じゃない? ウチら二人がかりなんだし、余裕でクリアできるでしょ!」

「そう思いますか?」


 フローレンスは穏やかに微笑んだ。その表情は普段と何も変わらない。だからこそ、アイリスは妙な胸騒ぎを覚えた。


「なんで、一度に全部言わないのかしら……」

「忘れっぽいんじゃないかな?」


 二人が話している間、フローレンスは数歩離れた位置で足を止めた。軽く身体を馴染ませ、声を大にして話す。


「いつでも仕掛けて頂いて、結構ですよ」


 フローレンスの言葉と同時に、アイリスが右手を突き出し先手を切った。掌から魔力が溢れ、空中へ淡い緑色の魔法陣が描き出されていく。


「じゃあ、お言葉に甘えて――先手必勝よ! 旋風(ウィンド)――っ!」


 術式が完成する。あとは放つだけだった――が、アイリスは咄嗟に魔力を抑え込んだ。構成された魔法陣が不安定に揺らぎ、そのまま霧散する。

 理由は単純だった。


「やあぁぁっ!」


 すでにミネットがフローレンスの懐へ飛び込んでいたのだ。


「ちょっと、ミネット!?」


 ミネットは地面を蹴って身体を一瞬だけ加速させる。時には、低く構えながら拳を放つ。しかし、フローレンスは僅かに首を傾けてかわす。


「むっ!」


 続けて蹴り。拳。さらに身体を捻りながらの回し蹴り。身体能力の高い獣人の中でも、猫族特有のしなやかな身体から繰り出される連撃は速く、並の生徒なら反応することすら難しいだろう。

 だが――。


「ウソっ!? なんで当たらないの!」


 その全てを、フローレンスは紙一重で避けていた。大きく跳ぶこともなければ、防御魔法を使うこともない。身体を半歩ずらし、首を傾ける。僅かに腰を引く。

 それだけで、ミネットの拳はことごとく空を切っていく。


「流石、獣人の身体能力は高いですね。ですが――」


 フローレンスは、振り抜かれた拳の脇をするりと抜けた。


「動きがあまりにも素直です」

「んなっ!?」

「旋風(ウィンド)」


 圧縮された風がミネットの身体を正面から捉える。身体が宙へ浮き、そのまま数メートル後方へ吹き飛ばされた。


「ミネット!」


 アイリスが駆け寄る。

 しかし地面へ落ちる寸前、二人を覆っていた防護結界が淡く輝いた。衝撃が光へと変換され、ミネットの身体を包み込む。

 彼女は地面を転がりながらも、すぐに上半身を起こした。


「大丈夫!? ケガは?」

「う、うん……」


 ミネットは自分の身体を確かめるように腕や脇腹へ触れる。


「すごい……」

「え?」

「当たった瞬間は痛かったけど、もうほとんど消えてる。傷も全然ないよ」


 その言葉にアイリスも安堵する。


「攻撃の直前に視線が動く。踏み込む足も毎回同じ。これでは、次にどこを狙うのか教えているようなものですよ」


 あれだけの攻撃を避けていながらも、一切息を切らすことなく淡々と話す。


「じゃあ今度は、あたしが――」

「よーし!」


 ミネットが勢いよく立ち上がった。


「まだまだいっくよー!」

「あっ、ちょっと!」


 制止する間もなく、再びフローレンスへ向かって駆け出してしまう。


「もう!」


 アイリスは慌てて魔法陣を展開するが――。


「(ダメだ、撃てない……!)」


 狙いを定めても、その射線へミネットが入る。右へ回れば、ミネットも右へ。左から狙おうとしても、フローレンスを追う彼女が邪魔になる。


「(これだと狙いが定まらない……!)」


 アイリスの表情が険しくなった。

 一方、ミネットは多少の息を切らせながらも、なお拳を振るい続けていた。


「ずいぶん力任せですね」

「ウチ、体力には自信あるからね!」

「なるほど」


 フローレンスは平然とかわしながら、小さく頷く。


「旋風(ウィンド)」


 再び風が炸裂した。

 ミネットの身体が先ほどとほぼ同じ軌道を描き、アイリスの近くまで吹き飛ばされる。結界が反応し、淡い光が身体を包み込んだ。


「いったぁ……」


 アイリスがミネットに顔を向けるなり、フローレンスが話し出す。


「もう忘れたのですか? 相手によっては消耗戦になると、言いましたよね。例え、どれほど体力に自信があっても、相手がそれ以上なら意味がありません。戦闘において、自分の得意分野だけで押し切れると思うことは、いけません」


 その言葉を聞き、アイリスは小さく息を吐いた。


「――ミネット」

「ご、ごめん! 次こそ絶対――」

「そうじゃなくて!」


 立ち上がろうとするミネットへ、アイリスが声を荒らげる。


「一人で突っ込んでどうするのよ! あんたが先生に張り付いてたら、あたしが魔法を撃てないじゃない!」

「……」

「いい? あたしたちは魔術師よ」


 アイリスがフローレンスへ向き直る。


「だったら――魔法を使わないと」


 再び右手を掲げる。今度は迷わない。淡い緑色の魔法陣が展開された。


「旋風(ウィンド)!」


 突風が一直線にフローレンスへ襲いかかる。


「……っ!」


 案の定、フローレンスは僅かに身体を傾けただけで、その軌道から外れた。風が背後を駆け抜け、芝生を大きく揺らす。


「簡単には当たらないわよね……!」


 アイリスが歯噛みする。


「ミネット! あなたも雷魔法を使いなさい! 一緒に攻撃して二人で――」

「できないよっ!」

「……え?」


 この時、ミネットは初めて取り乱した。


「ウチ……魔法の……構成なんて、できないよ」


 ミネットは俯いたまま、躊躇うように答えた。


「今、なんて言ったの?」

「……ウチ、学園に来たの……今日が初めてなんだ。だから魔法のことなんて、分からないし、使うことできないよ……」

「……そんな」


 魔法の構成そのものを知らない。だったら、この訓練形式では――。


「先生!」


 アイリスはフローレンスへ向き直った。


「ミネットは、魔法そのものを習ったことがありません! このままでは訓練になりません。だから一度形式を――」


 ――ヒュン。


「っ!?」


 何かが、アイリスの頬すれすれを高速で通過した。風圧で髪が大きく揺れる。ほんの一瞬遅れて、トッ――。

 背後から鈍い音が聞こえた。

 恐る恐る振り返る。地面には一本の矢が突き刺さっていた。しかしそれは、木製でも、金属製でもない。淡い光によって形作られた――魔力の矢だ。

 やがてそれは、輪郭を崩し、光の粒となって消えていった。

 アイリスの頬を冷たい汗が伝う。


「変更はしません」


 穏やかな声。


「最初に言いましたよね。僕に一度でも攻撃を当てるまで、この形式で訓練をすると」


 この時、アイリスは初めてフローレンスの表情に、恐怖を感じた。


「ですが!」

「では聞きます」


 フローレンスの声が、僅かに低くなる。


「戦場において『魔法を使えないから戦い方を変えてほしい』と頼むつもりですか?」

「それは……」

「そんな理屈は通りません。もう一度言います――これは実(・)戦(・)形式です」


 アイリスは言葉を失った。


「――死ぬ気で考えなさい」


 言葉と同時に、フローレンスの周囲へ、新たな魔法陣が浮かび上がる。

 空気が張り詰める。アイリスは思わず息を呑んだ。

 今、目の前に立っている男から感じる圧迫感は、あの時――魔獣を前にした時のものよりも、遥かに巨大だと実感した。


「(こんなの……無茶苦茶よ……!)」


 それでも、フローレンスに訓練を止める気がないことだけは、痛いほど伝わってきた。

 アイリスは奥歯を噛み締め、隣にいるミネットへ視線を向ける。

 魔法を知らないミネット。魔法でしか戦えない自分。そして攻撃をことごとく見切るフローレンス先生。今ある手札だけで、あの教師へ一撃を届かせなければならない。


「(何としてでも、この状況を切り抜ける方法を考えないと……!)」

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