Episode23 五つの元素
アイリスたちのグループには、三名の教師が担当としてつくことになった。
生物学担当――アザミ・フローレンス。
数学担当――クレア・ノイエル。
そして音楽担当――オルフェン・ベルカント。
クレアは、先ほど魔力量についてアイリスたちへ説明していた若い女教師だ。三人が生徒たちの前へ並ぶと、その中央からフローレンスが一歩前へ出た。
「では皆さん。実技訓練を始める前に、一つ確認しておきたいことがあります」
穏やかな声だったが、生徒たちの視線は自然と彼へ集まる。
「それは――君たちの属性適性です。これは僕たち教師が把握するためと、君たちが自分に対する理解力を確かめるために行います」
「指名された人は、私たちの目の前で初級魔法を試してもらいます」
フローレンスに続いてクレアが説明を補足する。
それを聞いていたミネットが、隣にいるアイリスの袖をちょいちょいと引っ張った。
「ねえねえ、アイリス」
「どうしたの?」
「属性適性って何?」
「……え?」
アイリスが目を瞬かせる。
ミネットは悪びれる様子もなく、きょとんと首を傾げていた。
「えっと……」
アイリスはどう説明したものかと少し考えた後、近くに落ちていた一本の細い枝を手に取り、地面に図を書きながら説明を始めた。
「属性適性っていうのは、簡単に言えば、自分の魔力と特に相性がいい属性のことよ」
「うんうん」
「魔法には元素となる五つの属性があるの。火、水、地、風、光。この中で適性が高い属性ほど、少ない魔力でも効率よく魔法を使えるのよ」
ミネットは耳をぴくりと動かしながら聞いている。
「例えば、同じ量の魔力を使っても、火属性に適性がある人とない人じゃあ、炎の大きさも威力も変わってくるってこと」
「じゃあ、魔力がいっぱいあってもダメなの?」
「ダメってわけじゃないけど、相性が悪ければ効率は落ちるわね。逆に魔力量が少なくても、適性が高ければ、それを補える場合もあるわ」
「へぇ~!」
ミネットは感心したように何度も頷いた。
「あたしの場合は風属性。だから風魔法なら、他の属性よりずっと扱いやすいの」
「なるほど! アイリスって物知りなんだね!」
「……これ、一年生の授業で習わなかった?」
アイリスの質問に、ミネットは腕を組み斜め上を見つめる。猫耳まで考え込むように横へ傾いた。
「ウチ、難しい事は覚えてないんだ」
「必修だから、たぶん習ってるわよ」
アイリスは呆れたようにため息をついた。
そして、順番に属性適性の確認が進んでいく中、やがてミネットの番がやってきた。
「次、ミネット・フェレスさん」
「はいっ!」
元気よく返事をして前へ出たものの、ミネットはすぐに困った顔でフローレンスに尋ねた。
「あのー、先生。ウチ、自分と相性のいい属性、知らないんだけど……どうしたらいいかな?」
「大丈夫ですよ。忘れてしまった生徒や、稀に適性が変わる生徒もいるそうなので、こういったものが用意されています」
フローレンスがオルフェンへ合図を送ると、彼は他のグループから車輪つきの小さな机を持ってきた。その中央には、固定された水晶が乗せられており、両手で抱えるほどの大きさで、内部には淡い光の粒が漂っていた。
「これは属性適性を調べるための魔道具です。水晶へ手をかざして、普段通りに魔力を流してみてください」
「分かった!」
ミネットが水晶へ掌をかざす。瞼を閉じ、そっと魔力を流し込んだ――次の瞬間。透明だった水晶の内部に、鮮やかな緑色の光が灯った。
だが、それだけではない。
緑の中へ黄色い光が混ざり込み、細い稲妻のような輝きが水晶内部を走り抜ける。
「これは……」
クレアが少し驚いたように水晶を見つめる。
「ほう、珍しいですね。これは派生属性です」
「派生属性?」
フローレンスの言葉に、ミネットが再び首を傾げた。
「五大属性には、それぞれから性質が発展した特殊な属性が存在します。それを、一般に派生属性と呼びます。ミネットくんは風属性から派生する――雷属性です」
その物珍しさに、生徒一同が釘付けになる。だが当の本人は、あまりピンと来ていない様子だった。
全員の適性確認を終えると、七人の生徒はさらに三つのチームへ分けられた。アイリスとミネットを担当するのは、フローレンス。
セシルとルシアンの前には、オルフェンが立っており、残る三人をクレアが受け持った。
「よろしくねぇ――坊や、た・ち」
「……」
「……」
オルフェンは艶やかな笑みを浮かべながら、二人へ一歩近づく。
鍛えられた身体と、丁寧に整えられた髪。仕草の一つ一つが妙に優雅で、教師というより舞台俳優のような雰囲気を漂わせていた。
「あらぁ? どうしたの、その顔?」
オルフェンはセシルに近づき、頬へ手を添える。
「そんなに怯えなくても大丈夫よぉ。私が手取り足取り――優しく教えて、あ・げ・る」
「……」
セシルは無言で半歩後ろへ下がった。
頬に添えられた手から逃れるように顔を引き、露骨に眉をひそめる。
「(どうして俺の周りには、まともな奴が一人もいねえんだよ! 変人ばっかじゃあねえか!)」
◇ ◇ ◇
「さて」
一方、アイリスとミネットを連れたフローレンスは、他の生徒たちから少し離れた場所へ移動していた。
「それでは、僕たちも始めましょうか」
「はい!」
「はーい!」
二人が返事をする。
「今回、君たちには――実戦形式の訓練をしてもらいます」
「……え?」
アイリスの表情が固まった。
「い、いきなりですか!?」
「ええ……アイリスくんは先日の騒動で、実際に魔獣と戦闘を行ったと聞いています。まったくの未経験というわけではありませんから」
フローレンスはいつもの穏やかな笑みを崩さない。
「それと、ミネットくんですが。彼女は座学よりも、実際に身体を動かしながら覚える方が得意だと、オルフェン先生から聞いています」
「流石担任! ウチの事をよくわかってるね!」
「えっ? オルフェン先生って、ミネットの担任だったの?」
アイリスが横目を向ける。
「もちろん、いきなり危険なことをさせるつもりはありません」
そう告げると、フローレンスは片手を前へ差し出す。足元に淡い光の線が走し、それは二人を囲うように円を描き、幾重もの魔法陣へと形を変えていった。
アイリスが周囲を見渡すと、透明な膜のようなものが空間を覆い、外の景色が僅かに揺らいで見えた。
「これは防護結界です。結界内にいる者が受けた衝撃や魔法による損傷を、一定量まで肩代わりしてくれます」
フローレンスが説明する。
「じゃあ、本気で殴ってもいいってことだね!」
「まったく痛くない、とは言いません。衝撃そのものは多少残ります。それに――この結界も万能ではありません」
その言葉にアイリスとミネットの動きが止まる。
「許容量には上限があります。それを超えるほどのダメージを受ければ、結界そのものが破壊されます」
先ほどまで気楽そうにしていたミネットの耳が、僅かに後ろへ倒れる。アイリスもまた、表情を引き締めた。
「ですから、これは、攻撃を受けても大丈夫な訓練ではありません」
フローレンスは二人を交互に見つめる。
「防護結界はあくまで保護のため。これは――判断力の訓練です」
その一言で、空気が変わり緊張が走る。
「実戦では、誰も君たちを守ってはくれません。かといって、自分の身を守る術だけでは消耗戦となり、相手によっては不利になります」
そんな二人を見て、フローレンスは小さく笑った。
「それでは――始めましょうか」




