Episode21 命の対価
カルミアはロベリアに付き添われ、学園を襲撃した内の一人、アコネルと再び面会することになった。
二人が向かっているのは、花園の地下に設けられた拘禁区画だ。
白い石造りの階段を一段ずつ下りていくにつれ、地上に満ちていた花の香りは次第に薄れていく。代わりに、冷たく湿った地下特有の空気が肌へまとわりついた。
壁に一定間隔で埋め込まれた魔石灯が青白い光を放ち、二人の影を長く伸ばしている。
足音だけが、静かな地下通路に規則正しく響いていた。
「……私に、できるでしょうか」
カルミアは不安そうに呟き、胸元に下げた小さな魔道具へ手を添えた。
会議を終えた後、ダリアから渡されたものだ。
掌に収まる程度の銀色の円盤。その表面には幾重もの魔法陣が刻まれ、中央には淡い紫色の魔石が埋め込まれている。
それを受け取った時の会話が、脳裏に蘇る。
◇ ◇ ◇
「君には、もう一度、記憶共鳴を再現してもらいたい」
「記憶共鳴を……再現するんですか?」
カルミアは渡された魔道具を両手で受け取り、困惑した顔でダリアを見上げた。
「まあ、そんなに難しく考えなくていいよ」
ダリアは気楽そうに笑う。
「記憶共鳴そのものは、魔法学の分野でも完全には解明されていない。ただ、一つ有力な仮説がある」
「仮説……?」
「強い魔力同士が干渉した際、それぞれが持つ魔力波長が偶発的に一致した瞬間、互いの魔力に刻まれていた記憶への一時的な接続が発生する――というものさ」
ダリアはカルミアの手にある魔道具を指差した。
「そしてこれは、その波長の一致を疑似的に作り出すための魔道具だ」
◇ ◇ ◇
「ダリアは長々と説明していたが……」
隣を歩くロベリアが、面倒そうに口を開いた。
「要するに、その魔道具が本当に使えるのか、お前で実験したいだけだ」
「うぅ……」
「安心しろ。少なくとも、即死するような代物ではない」
「そんな取って付けた様な事、言わないで下さい!」
カルミアは肩を落とす。
だが、少し歩いたところで、ふと疑問が浮かんだ。
「でも……どうして私なんでしょう」
「何がだ?」
「記憶共鳴を一度経験したとはいっても、仮説どおりなら、もっと魔力の多い人の方が成功する可能性は高いんじゃないですか?」
「……」
ロベリアは僅かに考え込んだ後、吐き捨てるように答えた。
「アイツの考えていることは、私にも分からん」
「ですよね……」
妙に納得してしまった。
やがて二人は、拘禁区画の最奥へ辿り着いた。部屋の前には、アネモの使い魔が見張りとして立っている。二人の姿を認めると、使い魔は無言で一礼し、扉を覆っていた結界へ手をかざした。
淡い光の膜がほどけるように消えていく。
重い扉が、低い音を立てながらゆっくりと開いた。
「――アコネル、さん?」
カルミアの声が止まった。
部屋の中に一歩足を踏み入れることさえできず、扉の前で立ち尽くす。
「どうした。そんな所で立ち止ま――」
ロベリアも、部屋の奥を見た瞬間に言葉を失った。
「……っ」
床に一人の男が倒れていた。
「そんなこと……」
その身体は微動だにしない。
カルミアの手から、銀色の魔道具が滑り落ちた。乾いた音を立てて床を転がる。
何かを確かめるように一歩、足を踏み出す。そこでようやく、彼の口元から床へ広がる赤黒いものが目に入った。
「――っ」
息が詰まる。
口元だけではない。床には大量の血痕が残り、その一部はすでに乾き始めていた。鉄臭い匂いが、遅れて鼻を突く。
カルミアの膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「おい! すぐに医療班を呼べ! それとダリアを連れて来い!」
ロベリアの鋭い声が地下へ響いた。
アネモの使い魔は一瞬だけ目を見開いたが、すぐさま頷き、その場から駆け出した。ロベリアはアコネルの傍らへ膝をつき、首元へ指を添える。
そして――僅かに目を伏せた。
その表情だけで、カルミアには結果が分かってしまった。
「……」
カルミアは震える手を握り締めた。
――それからしばらくして。
拘禁区画には医療班が到着し、アコネルの遺体は別室へと運ばれていた。人気のなくなった廊下で、ロベリアとダリアが向かい合っている。
普段なら軽薄な笑みを絶やさないダリアも、今ばかりは険しい顔をしていた。
「カルミアは?」
「今はアネモとシャルルが傍についている」
ロベリアは壁へ背を預け、腕を組む。
「……この結末は、あいつには少々酷だ」
「そうか」
ダリアは目を伏せる。
「医療班によれば、アコネルが息を引き取ったのは数時間前。僕も遺体を調べてみたけれど……体内から微量の魔力残滓が見つかった」
「毒か?」
「いや――これは呪いだよ」
ダリアの声が僅かに低くなる。
「しかも即効性のものじゃない。何か特定の条件を満たした時点で発動し、時間をかけて身体を内側から侵食する術式だ」
ダリアは珍しく苛立ったように息を吐いた。
「まったく……趣味が悪い」
「条件は、おそらく供述に関するものだろうな」
ロベリアの目が細くなる。
「僕もそう思うよ」
「白羊は、自分へ繋がる情報を徹底して消すつもりか」
「となると、彼は最初から口封じを施された状態で送り込まれていたことになる」
ダリアは静かに続ける。
「本人が、そのことを知っていたかどうかは別としてね」
「……」
「残念だけれど、使徒へ繋がる最も有力な手掛かりは失われた」
ダリアは壁際へ視線を向ける。
そこには、カルミアが落とした記憶共鳴用の魔道具が置かれていた。
「残されたのは、カルミアが見た記憶だけだ」
「ならば、なおさらあいつを危険に晒すわけにはいかんな」
「そうだね。それに今回の件で分かった」
ダリアの瞳から笑みが完全に消える。
「僕たちは、使徒を少し甘く見ていたのかもしれない」
ロベリアは答えなかった。
ただ、その沈黙が肯定を意味していた。
「今後は呪い対抗する策を考えなければならない。そうでなければ――」
「情報へ辿り着くたびに、相手が死ぬ」
「……そういうことさ」
冷たい空気が、二人の間を抜けていった。
◇ ◇ ◇
話を終えたロベリアは、カルミアたちのいる部屋へ向かった。
扉を軽くノックする。
すぐに内側から扉が開き、シャルルが顔を覗かせた。
「カルミアは?」
「……今は眠ってる。アネモの膝の上でね」
シャルルは声を落とし、扉を少し閉め、カルミアに声が届かないようにする。
「ずっと泣いてたわ」
シャルルが静かに口を開いた。
「身体も震えてた。何度も自分を責めるような発言もね……」
「……そうか」
「あの子、本気で自分のせいだと思ってる」
シャルルは僅かに目を伏せ呟く。
「……ほんの少しだけ、あの子の気持ちが分かるの」
「それは、自分自身とカルミアを重ね合わせているということか」
「同じだなんて言わないわ」
シャルルの声に、珍しく棘がなかった。
「あの子の方が、ずっと重いものを背負ってる。あたしなんかと一緒にしたら失礼よ」
「……」
「でも、自分が信じていたものが目の前で壊れて、それを全部自分の責任だと思い込む気持ち……それは闇よりも暗く、深い絶望よ」
ロベリアは扉の隙間から、眠るカルミアへ視線を向けた。
小さな身体。握り締められたままの指先。
「明日の朝、トレニアを迎えに寄越す」
「その方がいいわね」
「あいつなら、少しはカルミアの気持ちを落ち着かせられるだろう」
ロベリアはそれだけ告げると、静かに扉から離れた。
地下通路を歩きながら、ふと足を止める。青白い魔石灯が、一度だけ不規則に明滅した。
――アコネルは死んだ。
彼が抱えていた真実も、白羊へ繋がる記憶も、その多くが永遠に失われた。
だが――それは事件の終わりを意味しているわけではない。
むしろ逆だった。
一人の口を封じるためだけに、時間差で命を奪う呪いを仕込む。
古代魔道具を持ち出し。
殺戮兵器を蘇らせ。
人の記憶さえ書き換える。
「……使徒」
ロベリアが、小さくその名を呟いた。
その声に応える者はいない。
地上では、何も知らない花々が月明かりを浴び、静かに揺れている。けれど、その美しい花園のさらに深い場所で――。
確かに一つの命が、何者かの意志によって摘み取られた。
そしてこの夜を境に。七人の魔女と十二の使徒を繋ぐ糸は、誰にも気づかれぬまま、ゆっくりと張り詰め始めていた。




