Episode20 審議の見極め
ロベリアの進行のもと、会議は始まった。
今夜、話し合うべきことは大きく二つある。一つは、カトレア魔法学園を襲撃した者たちの正体と、その目的。
そしてもう一つは――今回の事件に「使徒」が関与している可能性についてだった。
花園を照らす月明かりは穏やかだったが、円卓を囲む魔女たちの表情に先ほどまでの緩さはない。中央に置かれた白い石の卓上には、学園の見取り図と現場の報告書が並べられていた。
その隣には、残留している魔力を記録した小型の水晶。
淡い光が一定の間隔で明滅し、そこへ記録された魔力の痕跡を映し出している。
「今回の学園襲撃について、私は個人の犯行ではなく、使徒による計画的な犯行だった可能性が高いと考えている」
ロベリアは椅子に腰掛けたまま、円卓を囲む魔女たちを順番に見渡した。
「現在確認されている実行犯は二人。しかし、学園への侵入経路、魔獣の準備、魔石の設置、そして襲撃のタイミングまで考えれば――二人だけで事前準備を整えたにしては多い情報量だ。何者かが裏で手引きをしていたと考えれば、実行犯が二人でも可能だろう」
ロベリアが指先で卓面を軽く叩く。すると、中央の水晶板が反応した。白い光が広がり、円卓の上に学園の立体的な見取り図が浮かび上がる。
魔獣が出現した場所には赤い光点。
戦闘が行われた場所には青い光が灯され、魔石が置かれていた中庭だけが、ひときわ濃い紫色に染まっていた。
「そこで、現場に残された魔力の痕跡と術式を、それぞれの得意分野から分析してもらった」
ロベリアは一度、全員を見渡す。
「順番に報告してくれ」
「ほな、まず僕からいきましょか」
フィグが片手を上げた。
指を鳴らすと、学園の見取り図が消える。代わりに、円卓の中央へ一体の魔獣が浮かび上がった。その身体を包むように、複雑な魔力の流れが可視化されていく。
「僕が調べたんは、学園に現れた魔獣の構造」
フィグは椅子に身体を預けたまま、気の抜けた口調で続ける。
「先に結論から言うとな――あの魔獣たちは洗脳状態やったと思う」
「洗脳……ですか?」
カルミアが呟く。
「せや」
フィグは魔獣の頭部へ指を向けた。
「本来の魔獣が持っとる魔力の流れに、不自然な干渉が入っとった。恐怖や怒り、攻撃性みたいな本能を強制的に刺激して、理性を抑え込んどる。自我もほとんど残っとらんかった。命令信号で、ただ目の前の相手を襲う――そういう状態やったんや」
「あむ……えぐいことをするもんだな」
ダチュラが、シャルルから受け取ったクッキーを頬張りながら眉をひそめる。
「ねえ。それに関する事なんだけど、いいかしら?」
フィグの間にシャルルが手を上げた。
「これを見て欲しいの」
シャルルは指を鳴らす。
すると、魔獣の映像が消え、代わりに一株の植物が円卓の中央へ浮かび上がった。黒ずんだ茎。幾重にも重なった肉厚の葉。そして、その中央にある大きな花。開いた花弁は、まるで獣の口のようだった。
「これは学園で採取された植物よ」
「……学園で、ですか? でも私、こんな植物初めて見ました」
「でしょうね。これは改良された植物で、その全体図なの。元々は上の方にあるツルの部分だけ。名前は――ラクバクソウって言うのよ」
「ラクバクソウ……」
カルミアが小さく呟く。
学園へ来たばかりの頃。自分がこの植物に襲われたことを思い出す。
「根や土壌に残されていた魔力を調べたところ、学園を襲った魔獣たちの魔力と非常によく似ていたわ。詳しい仕組みは分からないけど、多分ツルが対象者の魔力を吸って成長する。そして時期が来たら花を咲かせ、種を落とす」
「ちょっと待ってや。その流れやとまるで――植物から魔獣が生み出されたみたいな言い方やで?」
フィグが映像を覗き込む。
「そうね。可能性は高いわね」
「……ほんまかいな」
「でもね、不自然な大量発生。洗脳状態、似た魔力性質……どれも説明がつくのよ」
「あの植物は……園芸部門が管理している場所です……」
「なるほどな。その園芸部門に所属している誰かが植えた可能性が高いな」
ロベリアが答える。
「でも、園芸部門以外でも学園内の人物なら誰でも可能なんじゃないの?」
アネモが頬杖をつきながら言った。
「とりあえず、魔獣と植物の関連性については分かった。次に、魔石が置かれていた石造物について報告してくれ」
ロベリアが話を進める。そして、その視線がダリアへ向いた。ダリアは一瞬だけ瞬きをする。
「……ああ、僕の番か」
「ふざけていますか?」
「まさか。少し考え事をしていただけさ」
ダリアは涼しい顔で笑った。
そう言って、円卓へ手をかざす。植物の映像が消え、代わりに現れたのは、中庭に残されていた石造物だった。
古びた石の表面には、現在では使われていない複雑な紋様が刻まれている。中央には、魔石を収めるための窪み。その周囲には、魔力を流すためと思われる溝が幾重にも刻まれていた。
「この石造物なんだけど……現代の技術で作られたものじゃないね」
「どれくらの年代なんだ?」
「かなり古い」
ダリアは映像を拡大する。
「僕も実物を見るのは初めてだけど、この構造と刻印には見覚えがある。これは古代魔道具の一種――魔晶揺籃だね」
そして、刻まれた紋様の一部を指先で示した。
「仕組み自体は、それほど難しくない。中央へ魔石を設置する。すると内部の術式が魔石に宿った魔力を増幅し、周囲へ拡散する」
「それって何に使われていたの?」
アネモが尋ねる。
「そうだね。都市や施設へ魔力を供給するための装置だったと考えられている。ただし――増幅されるのは、純粋な魔力だけとは限らない。魔石に別の魔法や呪いが込められていれば、それらも一緒に周囲へ拡散される。使い方を誤れば、魔晶揺籃そのものが大規模な汚染装置になる」
「ならば、カルミアが言っていた彼の暴走も原因の一つは、その魔力だろうな」
ロベリアが答える。
「可能性は高いね。ただし――それだけでは説明できない。魔晶揺籃は、あくまで魔力を増幅する装置だ。誰かの感情を生み出すものじゃない」
ダリアは静かに言った。
「彼の中にあった憎しみを増幅した可能性はある。けれど、その感情をどうしてあそこまで歪められたのか――そこには別の要因があるはずだ」
「……」
カルミアは拳を握った。
「では、最後に拘束した二人についてだ。尋問の結果を報告してくれ」
ロベリアがアネモへ視線を向ける。
「は~い」
アネモは待っていましたとばかりに手を上げた。
「尋問の結果なんだけど……どちらも無言のまま。成果なしよ」
「……こうなってしまうと、やはり彼女の記憶が頼りになるね」
ダリアが口を開いた。
「ただ、疑問がある。僕はずっと、記憶が途中で途絶えた事が引っかかるんだ」
ダリアは円卓へ指先を滑らせた。すると、空中に一冊の本が浮かび上がった。
「記憶というものは、単純に『ある』か『ない』かで分けられるものじゃない。記憶を一冊の本に例えてみよう」
ダリアが本のページをめくる。
「一ページ目から順番に人生が記されている。けれど、もし途中のページが破り取られていたら――その先に何が書かれていたのか、本人には分からない」
「……つまり、記憶喪失ってこと?」
シャルルが口を開く。
「それだけなら単純なんだけどね。でも今回の彼は、少し違う」
ページの一部が黒く塗り潰される。
「消えたというより、上から書き重ねられているように見える。本来の記憶を覆い隠すように、別の記憶や認識を植え付けられている可能性がある。だから本質の記憶が途絶えたんじゃないかな」
「……じゃあ」
カルミアが小さく呟く。
「彼の記憶には、まだ何か隠されているんですか?」
「そうだね。記憶の深層部に答えがあるのかもしれない。カルミア、よく聞いてくれ」
ダリアは椅子の背へ身体を預け、いつもの余裕ある笑みを浮かべる。
「君はすでに一度、彼の記憶へ入っている。しかも君は、彼の秘密を見ている。記憶の深層に何が隠されているのか」
ダリアが静かに告げる。
「その真実を見つけられるのは――君しかいない」
彼女は、カルミアをまっすぐに見つめた。
カルミアは息を呑む。魔女たちの会議は、まだ終わっていない。むしろ。本当の事件は、ここから始まろうとしていた。




