Episode19 魔女の招集
月明かりの下、花園は静かな眠りについていた。
夜露をまとった花々が淡い光を放ち、風が通り抜けるたび、無数の花弁がさざ波のように揺れる。赤、青、白、紫――季節も開花時期も異なる花が同じ場所で咲き誇るその光景は、自然の摂理から外れていながら、不思議なほど調和していた。
花園の中央には、白い石で造られた円卓が置かれている。
その周囲に並ぶ椅子は、全部で七脚。
普段は空席の目立つその場所に、今夜は七人の魔女が揃っていた。
カルミアは自分の席に腰掛けながら、落ち着かない様子で周囲を見渡した。
「こうして全員で顔を合わせるなんて、久しぶりね~」
右隣から、間延びした柔らかな声が聞こえてくる。大罪の魔女、序列第四位――嫉妬の魔女、アネモ・プランダ。
アネモは頬杖をつきながら、楽しそうに円卓を見回した。
「特にフィグちゃんなんて、会うのは何年ぶりかしら?」
「あっはっは。アネモさんも元気そうで何よりですわ」
カルミアの左隣では、序列第六位――怠惰の魔女、フィグ・トレイリングが、椅子の背に深く身体を預けていた。
長い間、外へ出ていなかったためか、月の光さえ眩しそうに目を細めている。こうした集まりに姿を現すこと自体、彼にとっては極めて珍しいことだった。
カルミアの正面には、腕を組んだロベリアが無言で座っている。
その右隣では、序列第二位――暴食の魔女、ダチュラ・ネペンテスが、何も置かれていない円卓を恨めしそうに見つめていた。
「……腹が減った」
静かな花園に、低い声が落ちる。
「あんたね……少しくらい、我慢しなさいよ」
呆れたように返したのは、ロベリアの左隣に座る序列第五位――憤怒の魔女、シャルル・フィーリアだった。
そう言いながらも、シャルルは足元に置いていた籠を持ち上げる。
「まあ……菓子くらいなら焼いてきたけど。食べる?」
「いただこう」
先ほどまでの気怠そうな様子はどこへやら、ダチュラは即座に身を乗り出した。
「返事だけは早いのよね、あんた」
シャルルが呆れながら籠を差し出す。中には、花の形に焼かれた小さなクッキーが並んでいた。
ダチュラはその一つを摘まみ、味わう間もなく口へ放り込む。
「うまい。全部もらう」
「駄目に決まってるでしょ!」
二人のやり取りを挟む形で座っていたロベリアは、眉間に深い皺を寄せた。
「……会議が始まる前から騒がしい連中だ」
同じ大罪の魔女と呼ばれていても、その姿も性格も、纏う空気さえまるで違う。そんな者たちが一堂に会しているという事実に、カルミアは改めて肩を強張らせた。
「あ、あの……フィグさん」
カルミアは隣へ顔を向け、小さな声で話しかける。
「この間は、助けてくださって……ありがとうございました」
「ああ、気にせんといてや。ロベリアの指示に従っただけやし」
フィグは気の抜けた笑みを浮かべ、片手を軽く振った。
「それとな、カルミア。『さん』付けせんでもええで。うちら同期なんやから」
「で、でも……呼び捨てにするのは、その……」
カルミアは胸元で指を絡ませ、困ったように視線を泳がせる。
「調子に乗っているって、思われそうで……怖いです」
「そこまで考えんでもええと思うけどなあ……」
フィグは僅かに頬を引きつらせたものの、すぐに諦めたように肩をすくめた。
「まあ、呼びやすいように呼んだらええよ」
「は、はい……フィグさん」
それぞれが思い思いに会話を交わす中、円卓には一つだけ空席が残されていた。
序列第一位の席。
「どうやら、全員揃ったみたいだね」
不意に聞こえた声に、花園の空気が変わった。全員の視線が空席へ集まる。
そこには、いつから座っていたのか――序列第一位、強欲の魔女ダリア・グロキシニアが、さも当然のように脚を組んでいた。
月光を受けた長い髪が風に揺れ、その口元には悪びれる様子のない笑みが浮かんでいる。
しばしの沈黙の後、ロベリアが深々とため息をつく。
「……遅れてきた本人が、何を言っているんだ」
「はて? 何のことだか、僕にはさっぱり分からないな」
「空席だったのを全員が見ている」
「細かいことを気にしていると、早く老けるぞ?」
「誰のせいだと思っている」
ロベリアのこめかみに、僅かに青筋が浮かぶ。
それを見ても、ダリアは愉快そうに笑うだけだった。
「――さてと」
ダリアは円卓へ肘をつき、集まった魔女たちを順番に見渡した。
先ほどまで好き勝手に話していた者たちも、少しずつ口を閉ざしていく。
「それじゃあ、さっそく会議を始めようじゃないか」
そこでダリアは、何のためらいもなくロベリアへ顔を向けた。
「というわけで、報告と進行を頼んだよ。ロベリア」
「……招集しておいて、他は全部私に丸投げを?」
「僕は人を集める役。君は話をまとめる役だ。適材適所というものさ」
「都合のいい言葉を覚えたものだな」
ロベリアは忌々しげに吐き捨てながらも、円卓の中央へ視線を移した。
その瞬間、和やかだった空気が消える。
七人の魔女たちが静まり返り、花園には風に揺れる花々の音だけが残った。ロベリアは円卓を囲む全員を見渡し、低く告げる。
「それでは――カトレア魔法学園で起きた襲撃事件について報告する」
月明かりの下、久しく開かれていなかった七人の魔女による会議が、静かに幕を開けた。




