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大罪魔女の落ちこぼれ   作者: ゆずきあすか
カトレア魔法学園 編
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20/25

Episode18.5 はじめてのおつかい

 魔力を持たないはずのトレニアが、どうやってこの学園に辿り着いたのか。

 それは数時間前に遡る――。


 森の奥、カルミアの自宅。

 太陽がうっすらと差し込む室内で、トレニアはテーブルに肘をつき、口を尖らせていた。


「あーあ……ご主人様がいないと、今日も退屈で死にそうです」


 誰に向けるでもなく零れた愚痴。つい最近まで賑やかだったはずの部屋は、一人減っただけでも妙に広く感じられ、風の音だけが静かに通り抜けていく。


「暇すぎて、掃除も手につきません」


 普段なら落ち着きのないトレニアが、珍しく椅子から立ち上がらない。トレニアが不貞腐れていると、耳元で鈴の様な音が聞こえた。


「うんうん、その気持ち分かるよー」


 同時に軽い調子の声が、すぐそばから返ってきた。


(たの)しみがないと、なーんにもやる気、起きないよねっ」

「そうなんですよー……って、あなた誰ですか!?」


 気づけば、部屋の中央に見知らぬ少女が立っていた。


「不審者ですか……いったい、いつから……」


 扉が開いた音も、足音もない。だが、そこに立つ姿は不自然なほど馴染んでいる。無遠慮で、どこか人懐っこい笑顔。まるで最初から、この家にいたかのような自然さだった。


「ヒバナはヒバナだよー……それよりさ。メイドちゃんも、学園に行きたい感じかなー?」


 ヒバナは淡々と話を進める。


「……どちらかと言えば、ご主人様と一緒にいたい、ですね」


 迷いも、照れもない正直で真っすぐな、即答だった。

 その言葉を聞いた瞬間、ヒバナの表情が「ぱっ」と明るくなる。まるで、その返事を待っていたかの様だった。


「だったらさ。その願い――ヒバナが叶えてあげよっか?」

「……本当ですか。ご主人様に会えるんですか!?」


 トレニアの目が、その期待に「キラリ」と輝いた。疑うという選択肢は、最初から存在していない。ご主人様に会えるのなら、なんでもよかった。


「任せてよー!」


 ヒバナは肩に掛けたカバンを漁り、何かを取り出す。布擦れの音の後、掌に乗ったのは小さな魔石だった。それを掲げると、再び軽い調子に口調を変えた。


「テッテレー。てーんーいーまーせーきー(転移魔石)!」


 淡く輝く石の内部には、細かな紋様が幾重にも刻まれている。ただの装飾ではない。魔術に詳しくなくとも、それが特別である事は一目で分かった。


「これはね、転移先の座標が刻まれた特別製の魔石なの。魔力を持たない人でも、その場所になら一瞬で移動できちゃう優れものなのー!」

「なんと……便利な時代になりましたねー」


 素直な感想に、ヒバナは満足げに頷く。


「でしょ、でしょ! 馬車での移動なんて、もう古いの。魔法で空を飛ぶ? でもそれって、一般的じゃないでしょ? もっと手っ取り早く、簡単に、楽に移動がしたい! そんな願いを叶えてくれるのが、この魔石ちゃんなのっ!」


 ヒバナはトレニアに魔石を渡し、笑顔で答えた。


「ところで……どうやって使うのですか?」

「そ、ん、な、の、簡単だよ。砕くだけ」

「なるほど……」


 トレニアは魔石をじっと見つめる。掌に伝わる、ひんやりとした感触。その背後で、ヒバナが「ちなみに――」と何かを説明しようと背を向けた、その瞬間。


「えいっ」


 ――パキンッ。

 軽い音と同時に、床へ魔法陣が走った。幾何学模様が淡く発光し、空気が一瞬だけ歪む。


「ちょ、ちょっと!? それ片道しか使えな――」


 しかし、ヒバナの声は最後まで届かなかった。眩い光が弾け、視界が白に染まる。光が収まった後、そこにトレニアの姿はなかった。

 ヒバナは「ぽかん」と口を開け、一言ぼやいた。


「……もう、行っちゃった?」


 ――転移後。視界が白く弾け、次の瞬間。


「おー……本当に一瞬ですね!」


 足裏に伝わる感触が変わった。木の床でも、土の地面でもない。硬く整えられた石畳の冷たさ。

 顔を上げたトレニアの目の前には、聳え立つ巨大な校門があった。黒鉄で組まれた門扉には精巧な装飾が施されている。


「この門の先が学園でしょうか? だとしたら、ご主人様は目前! 早速入ってみましょう」


 だが、門は固く閉ざされていた。辺りに人影はなく、不自然なほど静かだった。


「えーっと……誰かいませんかー? 門を開けて欲しいのですがー」


 声を上げ、問いかけるが返答は返ってこない。首を傾げ、少し考える。するとトレニアは、何を思い立ったのか、門に沿って外周を歩き一周する。塀の高さは校門と同じく統一されている。他に入口らしき場所は無し。トレニア再び「うーん」と首を傾げ、少し考える。

 今度は何かを閃いたのか「ぱあ」と表情が明るくなる。


「ジャンプして、飛び越えましょう!」


 トレニアは軽く屈伸し、両腕を振る――次の瞬間。

 地を蹴った音すら小さく、トレニアの身体は宙を舞った。高さ数メートルはある校門を、まるで段差を越えるかのように軽々と飛び越え、内側へ着地する。


「よしっ」


 何事もなかったかのように、服の裾を払う。


「さて……ご主人様はどちらでしょうか」


 周囲を見回した、その時。違和感に足が止まる。

 学園の中には、あちらこちらと魔獣がうろついていた。その様子に眉をひそめる思考を巡らせる。


「学園って……魔獣を飼育する場所でしたっけ?」


 以前、ロベリアに学園とはどういった場所なのか。その様な会話をしていた。会話の中には動物を飼育していると、聞いた覚えはあるが、魔獣に関しては何も聞いていない。

 トレニアが、まじまじと様子を伺っていると、物陰から一匹の魔獣が咆哮を上げ、トレニアへと突進してきた。


「――グァアアッ!!」


 気づいた時には、すでに間合いに入っていた。

 だが、トレニアは慌てない。半歩、体を捻り、ごく自然な動作で蹴りを放った。それは魔獣の胴体を正確に捉えた。

 鈍く重い衝撃音が響き、魔獣の巨体は宙を舞う。

 獣の悲鳴が空気を引き裂き、そのまま二階部分の校舎へと叩きつけられた。


 ――ガシャァンッ!!


 窓ガラスが派手に砕け散り、木枠が軋み、魔獣の身体は室内へと突き抜けていく。静まり返っていた学園に、衝突音が響いた。

 少し遅れて、トレニアが声を上げる。


「あ、あわわわ……壊してしまいました……!」


 割れた窓を見上げ、申し訳なさそうに両手を胸元で合わせる。「弁償はデルフィニウム様がしますっ」と言わんばかりに。


「魔獣も中に入ってしまいましたし……とりあえず、様子を確認しましょう」


 一拍置いて、気を取り直したように頷く。

 トレニアは軽く膝を曲げ、跳ねるように地を蹴った。壁を掴むこともなく、砕けた窓枠を越えて、二階の室内へと、またもや難なく侵入する。

 教室の中は荒れていた。倒れた机、散乱した椅子、床には砕けたガラス片。

 その中央では、先ほどの魔獣は完全に伸びきり、ぴくりとも動かない。


「ふう……どうやら被害は最小限に収まったみたいで、何よりです」


 胸を撫で下ろすように息を吐き、額に落ちかかっていた前髪を、そっと指で払った。


「……ここに、ご主人様の姿は無いですね。他の部屋にいるのでしょうか?」


 トレニアはドアを開け、廊下へ一歩踏み出し周囲に目を向けた、その瞬間。視界の数メートル先に、見覚えのある人物の姿が映り込んだ。その顔を認識した途端、思わず声が漏れる。


「ああっ!」


 高身長で細身の身体。金色で腰程まで伸びた長髪。紅い瞳。それらの特徴だけで誰か分かってしまう。


「デルフィニウム様じゃないですか!?」


 ――こうして、トレニアはロベリアと合流し、後の展開へと発展したのだった。

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