貿易商に傭兵上がりの元冒険者という経歴は必要か
俺の名前はグレイ。
元々傭兵上がりの冒険者だったが、数年前魔物の討伐の時に負った傷のせいで冒険者は引退。今は手広く商売をしているが、メインは貿易商のオーナーだ。
俺がマーヤと初めてあったのは今から約2年前。
経営する食堂で新しく人を雇ったと聞いて、見に行ったのが最初だ。
第一印象は背の低い地味な黒目黒髪の女。
だが見慣れた筈の制服が、マーヤが着ると妙に色っぽく見えて気になった。
それからちょくちょく店に行くと、ある日あいつが店の客に絡まれている所に出くわした。
自分より年下の女の粗相を庇って客に謝っている。
気丈に振る舞っているが、頭を下げた時に握りしめた手が白く、力が入ってるのがわかった。
恐いのか。そんなのお前が出しゃばらなくてもいいのによ。こういう時は男に頼るもんだろう。
次に見に行くと、店長がマーヤに勘定を任せている。
聞けば計算も早くて正確、なにより金をちょろまかしたり一切しないから信頼できる、とは店長の談。おう、店長、お前なかなか使えるじゃねえか。
暫く様子を見てからマーヤを貿易商の方に引っ張った。
これは良い拾いもんだったとわかるまで時間はかからなかった。
真面目で几帳面、仕事は早いし正確。金勘定にも明るい。何より周りの男に媚びないのがいい。うん、まあちっとは俺に頼れとは思ったがな。
こういう仕事をしているからか、俺の周りには女が多い。この街のありとあらゆる女が俺に仕事の世話を求めてやって来る。
マーヤの奴、何を勘違いしたかにやにやしながら俺を見て言う。
「うふふーお盛んですね。グレイさんを見てると私も頑張らなきゃって思いますー」
ふざけたこと抜かしやがって。俺は決めた女一筋だ。お前覚悟しとけよ、いつかその身にわからせてやる。
事務所に来た当初は下を向いてばかりで黙々と仕事をしていたマーヤ。
華奢な肩はいつも緊張したようにぴんと張りつめ、仕事が終わるとまるで逃げるようにそそくさと事務所を出て行く。
そんなマーヤが最近少しずつ変わってきた。
野暮な服を脱ぎ捨て、事務所の皆の前でも普通に喋るようになった。そしてまるで花が綻ぶように楽しそうに笑う。
そんな彼女の魅力に事務所の野郎共も漸く気が付きやがった。お前ら今頃気が付いたか。おせーんだよ。
同じ職場で毎日顔を合わせているのになかなか声がかけられない俺を見て、周りの奴らはらしくないと笑う。まあ確かにそうだな、この俺がまるでガキみてえだと我ながら思う。
そんなある日、昼休みに外に出ていたマーヤが髪形を変えて戻ってきた。
くそっ色っぽい髪形しやがって、外で男と会ってたのか。
「おい、マーヤ。お前昼休みにどこ行ってた。男のところか?」
「残念、不正解です。お友達のところに新しい服の相談に行ってました」
そう言って笑うマーヤはやけに嬉しそうだ。
だがあまりにも無防備に喜ぶその姿に俺は不安を感じる。こいつ、くだらねえ野郎に騙されてるんじゃねえだろうな!?
俺はにこにこ笑うマーヤの前に行くと両手で肩をしっかり掴んだ。
「・・・最近何かあったのか?困ってることがあるなら俺が相談にのるぞ」
そう聞くときょとんとした顔をする。おいおい、本当に大丈夫か。
「ええっ?何のことですか?特に何もありませんけど・・・?」
「最近服の趣味も変わったようだし、それにお前、寮も出たって聞いたぞ」
「ああ、そうなんです。ようやくお金が貯まったから念願の一人暮らしすることになったんですよー。うふふ」
その答えを聞いて俺は少し安心した。
そうか一人暮らしか!一人ってことはとりあえず今は変な野郎はついてないってことだよな。
「なんだ一人暮らしか。俺はてっきり・・・。そうか、そうなら早く俺に言えばよかったのによ。部屋なんかいくらでも俺が用意してやったぞ」
「嫌ですよ!そんなことグレイさんに頼んだら私がグレイさんの彼女達にあらぬ疑いを持たれます。その内誰もいない暗い場所で、後ろからぐさっと刺されたりしそうじゃないですか」
こいつ一体俺をなんだと思ってやがる。俺は思わず頭を抱えた。
「・・・なんだそれ、お前は一体俺のことを何だと・・・。まあいい、それよりお前せっかくだから引っ越し祝いでもしてやろう。何か欲しいもんはねえのか?それともどこかに飯でも食いに行くか?」
「うーん、欲しい物は人から買ってもらえるような物じゃないし、食事もグレイさんの彼女さん達に申し訳ないので特にいいです。お気持ちだけ受け取っておきますね」
人に頼らないところは相変わらずなんだな、マーヤ。
まあ毎日顔を合わすんだしこれからチャンスは幾らでもあるってことだ。
ただ一人暮らしって餌に寄ってくる野郎共は俺が何とかしてやらねえとな。こいつ鈍感だから、野郎共がどんな目でお前を見てるかなんて気が付きやしねえ。
「・・まったく鈍感にも程がある。もうそろそろきっちり捕まえとかねえと、これ以上放置しとくのは危ねえな。さてどうやって追い込むか・・・覚悟しとけよマーヤ」